「ダンスとは“ダンサー”だけのものではない」と、身体と向き合いながらダンスの可能性を探る人たちがいる。
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2019年1月26日、豊岡市の特別養護老人ホームたじま荘にて、「高齢化社会におけるダンスの可能性」なるワークショップが開催された。老人ホームでダンス?と不思議に思う人もいるかもしれない。
主催は、城崎温泉にある舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス施設(※)、城崎国際アートセンター(KIAC)。KIACは、市民に舞台芸術をより身近なものとして感じてもらえるよう、参加型プログラムであるワークショップシリーズを2017年より定期的に開催している。
※アーティスト・イン・レジデンス・・・各種芸術制作を行う人物・団体を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながら作品制作を行わせる事業。日本には60以上あり、主に地方自治体がその担い手となって取り組むケースも多い。豊岡市もその一つ。
当日はアシスタントとして、一般社団法人ダンストーク代表の千代その子さんが参加。同団体は、年齢やダンス経験を問わずにだれでも参加できる城崎オープンダンスクラスをKIACにて開催するなど、但馬でコミュニティダンスの考えをベースにした活動を行っている。
当日は、たじま荘の施設利用者15名と一般参加者15名が集まり、第一部ではダンスワークショップ、第二部では意見交換会を行った。
心と身体が繋がる10秒間、自然をテーマにした「10秒ダンス」
アオキさんは最初の挨拶で、開口一番「やりたくないことはやらなくてもいいです。心と身体が繋がっていることが大切です」「わたしはさまざまな経験を重ねてきた身体から生まれる表現に興味があります。なので、今回はこうやって集まっていただけたことが、とても貴重な機会だと思っています」と話した。
そして、発表された第一部のダンスワークショップのテーマは「10秒ダンス」。
「これからやることは、自然をテーマにした10秒ダンスです」というアオキさんの言葉のあと、スクリーンには、豊岡の自然が数秒ずつ繋げられた映像が映し出された。それは、ゆっくりと流れる雲、波紋を映し出す川の水、ゆらゆらと揺れる葉っぱなど、いつも当たり前に周りにある風景の小さな動きを切り取ったもの。
映像と一緒に音楽家の歌島昌智さん(ウタさん)が琴や笛などさまざまな楽器をつかって演奏を合わせる。「映像の自然を表現するように身体を動かしてみましょう」というアオキさんの言葉を合図に、参加者はそれぞれ思い思いに身体を動かし始めた。
リズムにのって手を動かす人、隣の人の真似をしてみる人、頭を少しだけ揺らす人、じっと映像を見つめる人など、反応はそれぞれ。アオキさんは、「正解はないんですよ」「やりたいことをやってくださいね」と、すべてを包み込むようなあたたかい声かけをする。
©igaki photo studio
身体がほぐれてくると、アオキさんは、施設利用者と一般参加者がペアになって向かい合ってください、と指示を出す。
相手のためだけに踊り、相手の踊りだけを受け止める「ペアダンス」。近い距離で目を見つめながら踊ることに照れくさそうにしながらも、手に触れてみたり、同じ動きをしてみたり、言葉のない会話で感情を伝え合う。緊張ぎみだった参加者も、相手の動きや表情につられて身体や表情が緩んでくる。
さまざまな人生を経た身体が生み出す表現の可能性
第一部の終わりには、ひとりずつ「10秒ダンス」を発表。
それぞれ、ウタさんが持参した楽器の中で好きなものを選び、生演奏とともに約10秒間踊る。まわりでは他の参加者がその様子を見つめ、目の前には記録映像用のカメラが設置されている。普通の人なら緊張せざるを得ない状況で、参加者はそれぞれ自分なりのダンスを生み出した。
上半身全体を大きく使って表現する人、演奏に合わせて頭を少しだけ揺らす人、足を2・3回踏んでみる人、「うれしいな~!」と声を出しながら腕を振る人、じっとしていて最後に大きく息だけを吸う人。そこにはふたつとして同じダンスはなかった。
©igaki photo studio
「何に対しても引け目を感じない優しい時間」を生み出すために
そして第二部の意見交換会。アオキさんは「大きな動きだけがダンスではない。一見動いていないように見えても、ほんの少しの動きや表情の変化からも踊っていることが分かる」と話す。
それは、参加者の些細な動きやリズムに合わせて動く足、何かを訴えるようにカメラを見つめる目、戸惑いや緊張の表情などのことかもしれない。
それらの表現を励ますように、常に気持ちを汲み取りながら「とてもいいですよ」「その調子です」「素晴らしい」と、心地よく踊れるようなアオキさんの声かけは、「そのままでいること」が許される空間を生みだしていた。
「何に対しても引け目を感じない優しい時間だった」というひとりの参加者の感想に、多くの参加者が頷く。
たじま荘の上田あゆみ所長は、普段はあまり言葉を発さない人が音楽に合わせて表現をしていたのをみて、ダンスに対するイメージが変わった、「心が踊っているのが伝わってきました」というアオキさんの言葉に感銘を受けた、と話した。
アオキさんは「カメラを向けられたときの抵抗感や恥じらいなど、長年培ってきた身体にしみついた習慣にも意味があって、それは無理になくしてはいけない」と話す。
その言葉は、つい「こうすべき」と誘導してしまいがちな高齢者の関わりについての参加者への問いとなったかもしれない。
「表現には感覚的なものが大切で、思考が表現することを邪魔することもある。ある意味思考する力が減退していく高齢者だからこそ、本能から生まれる表現ができて、その表現は世の中にとって大切なものであると思う」と。
「高齢者がダンスをすること」は、高齢者のためだけではなく、社会にとって必要なものとしての可能性を秘めているのだ。
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取材協力:田中友里絵
写真:イガキフォトスタジオ
アオキ裕キ
ダンサー・振付家、兵庫県出身。
87年より東京にて平田あけみ氏よりジャズダンスを教わる。テーマパークダンサー、タレントのバックダンサー業などを経て05年、任意団体アオキカクを主宰。
生きることに向き合う身体から生まれる踊りを探求し、05年ビッグイシューの協力とともに路上生活経験者を集め、ダンスグループ「新人Hソケリッサ!」を開始。身体の歴史から生まれる形に価値を置き、「誰でも踊りはできる」を提言。言葉による振り付け等を行い、個人しか生み出せない身体の記憶を形成した踊りにより、自己肯定を生み出すなど、社会的弱者への社会復帰プログラム、又ダンス教育としてのアプローチとしても定評を得ている。
http://aokikaku.info/
新人Hソケリッサ!
メンバーはアオキ裕キ、そして路上生活者および元路上生活経験者で構成されており、ダンスを主とした肉体表現を行う。路上生活経験の記憶を持つ身体から何が生まれるのか、我々が人前に立ち踊ることで何が起こるのか?これらの視点を持ち、舞台公演や路上などでパフォーマンスを主体とした活動を行う。
http://sokerissa.net/