豊かな森林資源を活用した取り組みで、環境モデル都市にも認定されている岡山県英田郡西粟倉村。1966年に建設されて47年間運転、間近に改修工事を控えた西粟倉村小水力発電所を訪ねた。


西粟倉村のICO構想取材を受け、ビッグイシュー日本版 218号(2013-07-01 )特集「小水力発電。自然エネルギーの突破口」より記事転載。(状況や肩書は当時のもの)。西粟倉村の行政が、2018年現在、ICO構想に取り組んでいくことになる土壌を感じる記事です。  

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手掘りのトンネル1・8㎞、落差68・9mで、47年間運転

 岡山県の北東の端、中国山地の南麓に位置する西粟倉村は、面積の95パーセントを森林が占める山里。その緑豊かな光景は、日本の原風景を見るような懐かしさがあるが、上山隆浩さん(西粟倉村・産業観光課長)の案内で訪れた西粟倉発電所もまた、川のせせらぎが心地よい、のどかな風景の中にあった。

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山裾にひっそりとたたずむ改修前の西粟倉村水力発電所

 水力発電所というと、ダムのような施設を真っ先に思い浮かべる。だが、村の中心を流れる吉野川と大海里川の2ヵ所に設けられた発電所の取水口は、水田の灌漑施設を思わせる井堰(※1)と用水路があるだけのさりげなさで、子どもの格好の遊び場となりそうな川辺の景色には郷愁すら感じる。ダムが力づくで川を堰き止めるものだとすれば、小水力発電は川から水を〝お裾分け〟してもらっている――そんな印象がある。
※1 水を他に引いたり、流量を調節するため、川水を堰き止める所

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吉野川取水井口

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吉野川取水堰

 取水口で土砂を沈殿させ、ごみなどが取り除かれた川の水は、用水路を経て、山の中を貫くトンネルに導かれる。「ここで取水した水は、この手掘りのトンネル水路に流れ込み、約1・8キロメートル先にある山手のヘッドタンクに貯水されます。そこから落差68・9メートルの導水管に一気に水を落として水車を回し、電気をつくっているんです」と上山さんは話す。

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この落差68.9mの導水管(内径77cm)を通って水が一気に落とされる

 トンネルの中は高さ1メートル程度で、背をかがめて年に1回は坑内を点検するという。ヘッドタンクまで運ばれた水は、山の傾斜40度の急斜面にある内径77センチメートルの太いパイプの中を下り落ちる。発電出力は280kWで、村の必要電力の20~25%をまかなえる量に相当するが、その全量を中国電力に売電している。発電量は年間約226万kW時で、稼働率92%、売電収入は1414万円程度になるという。

 この水力発電所が建設されたのは1966年。農山村電気事業促進法が成立し、村の電力不足の解消を目的として造られた。当初はJA西粟倉村が運営していたが、JA美作と合併し、04年に村に譲渡された。

 しかし、開発から40数年が経過する中で、3年前には水圧管や発電設備等の老朽化に伴い、基礎部分はそのままに建屋全部の改修問題が浮上。当初は国の補助金を活用した改修を検討していたが、昨年、政府による再生可能エネルギーの固定価格全量買取制度(FIT)がスタートしたことを受けて、村は数億円に上る改修費用を村単独で負担する決断をした。

補助金を使うと、売電事業の黒字分は返還しないといけないのですが、FITの制度に乗ってしまえば、事業利益が村のお金として使えるようになる。
FITによって売電料は以前の約5倍になるので、そこで得た利益を財源にして、太陽光発電やマイクロ水力発電(出力100kw以下)、木質バイオマス(※2)など地域資源を活かした新たなエネルギー開発を行う。村にとって、小水力発電は再生可能エネルギー普及の起爆剤としての意味合いがあるんです。
※2 山林地の残材や製材時の破材などの木材による再生可能な有機性資源

村内のIターン60人。先進的な取り組みに共感した20~30代

 西粟倉村の取り組みは再生可能エネルギーの普及にとどまらない。村の面積の大半を占める森林を再生するため、約50年生にまで育った山林を役場が一括管理して、樹齢100年の森林づくりを目指す「百年の森林構想」を08年から始めているのだ。これは、間伐材を利用した家具づくりなど西粟倉産材の直販、さらには地域資源を活かして都市と連携する地域商社の設立などと併せて、すでに大きな広がりを見せている。

 これらの取り組みは、長く放置されてきた山林の再生と、エネルギー供給を含めた森林資源の開発により村の再生を目指す試みといえる。その最初のきっかけとなったのは「04年の決断」だったと上山さんは言う。

全国で市町村の合併が相次いだ平成の大合併の時期、西粟倉村は美作市への合併協議から離脱して、自立の道を選択したんです。県の端っこにある、人口わずか1600人の村が単独で生きていくには、どうしたらいいのか。

議論の末に出た答えが、『百年の森林構想』であり、限りある自然の恵みを分かちあう〝上質な田舎〟の実現というビジョンでした。それをベースに、間伐材の有効利用や小水力発電所の改修など、今までバラバラに存在していた村の課題を温室効果ガスの大幅削減に取り組む『低炭素な村づくり』というかたちにまとめることで、魅力的な地域の未来も見えてきた。それまで環境事業というのは、地域のために投資はしても、利益を生むようなものではないとの認識があった。でも、特に村の視察や交流体験ツアーなど産業観光への波及効果が大きく、実は環境もビジネスとして成り立つとわかったんです。
 また、百年の森林事業を中心に新たな雇用が生まれる中で、村外からの移住者も増えた。現在、村内のIターン者は60人。その多くは村の先進的な取り組みに共感した20~30代の若い世代。村の出生率も上がっているという。

「村としては、空き家を活用した低家賃の住宅提供や子育て環境の整備にも力を入れているので、たとえ移住して給料が下がったとしても、実際の生活水準は都会とあまり変わらないということがある。若い人が増えたことで、村に活気が出て、今まで見かけたことのないフットサルやチアリーディングのようなものも目にするようになった」と笑う。

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上山隆浩さん

〝低炭素化に取り組む村〟のPR。防災計画の一環

 現在、西粟倉村では、再生可能エネルギーによる自給率100パーセントを目標にした地域づくりがすでに進められている。まず、各家庭における再生可能エネルギー設備の設置を支援する補助金制度を今年から前倒しでスタート。住宅用太陽光発電設備や小型風力発電設備、小水力発電設備など、二酸化炭素の排出削減に貢献する設備に対して、年間合計400~500万円の支援を実施していく予定だ。同時に、公用車の電気自動車の増車や電気自動車向けの急速充電器の整備を行うなど、低炭素社会に相応しい新しいライフスタイルづくりが村民と協働で進められている。

 そして、来年度からは、比較的設置が容易なマイクロ水力発電施設を村内に整備していく。現段階では、国定公園の特別保護地区である「若杉天然林」の登山口付近や、観光客の往来が多い「道の駅・あわくらんど」の公園内での設置が検討されているという。

「いずれの施設も発電出力10kW以下の小規模なものですが、特に道の駅の設置は多くの人に〝低炭素化に取り組む村〟ということを知ってもらうPR効果を期待しています。ただ、これは防災計画の一環でもあり、災害時には小水力やマイクロ水力の発電で電気自動車を動かし、避難場所の受電設備に電気を供給するなど、総合的な地域づくりの中で再生可能エネルギーの果たす役割を位置づけているんです」

 また、その後は、村内での太陽光発電パネルの設置と森林残材を利用した木質バイオマスの開発も進める。こうした取り組みにより、化石燃料に頼らない低炭素なモデルコミュニティを構築していくという。

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西粟倉村・小水力発電の発電設備

 小水力発電から始まった西粟倉村のエネルギー生産は、約半世紀の時を経て受け継がれ、今また森林資源を最大限に活用したエネルギー供給地として発展しようとしている。  
(稗田和博)
Photos:中西真誠

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