憲法改正などをめぐる国民投票が行われる際、有権者がより公平な情報に基づいて判断を下せるよう、欧州諸国では広告規制が行われている。しかし、日本の「国民投票法」には広告規制がほぼ存在せず、与党が圧倒的に有利な状況だという。本間龍さん(著述家)に問題点と改善策を聞いた。

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 Photo:浅野カズヤ

予想される“広告の氾濫”
意見広告、投票日の夜までOK!?

広告が社会に及ぼす影響について発信し続けてきた著述家の本間龍さんは、大手広告代理店・博報堂で18年間、営業を担当した経験をもつ。
広告の影響力について書くようになったきっかけは2011年の東日本大震災でした。電通や博報堂といった大手広告代理店は『原発は絶対安全だ』という神話をつくる片棒をかついできた。その力が報道や選挙にまで及んでいることを、広告業界を知る人間が明らかにしていかなければならないと考えたんです。
そんな本間さんが国民投票法の不備に気づいたのは2016年9月のこと。「国民投票のルール改善を考え求める会」を主宰するジャーナリストの今井一さんから、会合に誘われたのがきっかけだった。国民投票法の中身を知った本間さんは驚いた。

「投票運動中の広告規制がほぼ存在しないんです」

そもそも、日本における「国民投票法」は憲法改正に限定したもので、10年に施行された。憲法改正は衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成で発議され、60日以後180日以内に国民投票が行われる。投票年齢は満18歳以上(※)で、改正には投票総数の2分の1を超える賛成が必要だ。「僕の周りを見渡しても7、8割の人がこの仕組み自体を知らない。広告規制については、ほとんど知られていないのではないか」と本間さんは危惧する。

※ 投票日が2018年6月20日までの国民投票は、満20歳以上
具体的には、憲法改正に賛成または反対の投票をする(しない)よう呼びかける『国民投票運動広告』と、個人や企業・団体が意見を表明する『意見広告』の2種類があります。国民投票運動広告のテレビ・ラジオCMは投票日からさかのぼって14日前から禁止となりますが、規制されているのはそれだけで、その他の新聞や雑誌、インターネットへの広告は規制なし。意見広告についてはテレビもラジオも含めて、投票日の夜まで流していい。このまま国民投票が行われたら、今まで私たちが経験したことのないようなものすごい広告の氾濫が予想されます。
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欧州はCM均等配分の規制
日本は、 CM放映に規制なし。ゴールデンタイム放映も可能

さらに「資金や寄付金の上限規制もなく、詳細の報告義務もないため、いくらでもお金を集めることができてしまう」と本間さんは言う。「9条の縛りがなくなれば自衛隊も海外に派兵しやすくなるので、改憲派に海外の軍需産業から資金が提供される可能性だってある。選挙運動の手段や予算、時間まで細かく規定している公職選挙法に比べると、極めて自由度の高い設計になっています」

つまり、現行法のままだと「豊富な政党助成金に加えて、莫大な寄付金を集められる与党(改憲派)が広告宣伝戦を有利に展開できる」というわけだ。運動期間の制限もないため、「国会で発議されなくとも、今から広告を打つことも可能で、初めは新聞や雑誌のタイアップ記事からじわじわと始めて、発議と同時に一気にテレビCMを打つ」。これができるのも「国民投票のスケジュールを自在に管理できる与党の強み」だと本間さんは指摘する。

日本では、大手広告代理店にお金さえ払えばテレビCMの枠を押さえ、映像を制作し、セールスプロモーションまでやってくれる。海外ではすべてが分業化されているので、電通のような国内の売上が1兆、2兆という広告代理店は世界的に見ても非常に珍しい存在。このクラスの大手であれば、ゴールデンタイムのテレビCM枠も優先的に放映の2、3ヵ月前から押さえることができます。だからこそ、想定する国民投票の日から逆算してスケジュールを押さえられ、資金も豊富な改憲派が圧倒的に有利なんです。
 このような状況に対し、海外ではどんな広告規制が敷かれているのだろうか。
たとえば、過去60回以上の国民投票を実施したイタリアや英国、フランス、スペインでは、番組の途中に流れるテレビのスポットCMは禁止。その代わり、公的に均等配分される広報時間に両派が同じ分数でCMを流すことができます。(表参照)
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二十数回、国民投票のフランス
第三者機関を設置し賛成・反対両派の広報を監視

総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」(16年)によれば、ほぼすべての年代でテレビが「情報源の重要度」の首位を占めており、いまだ影響力の大きさをうかがわせる。
広告合戦が始まれば、フェイクニュースやフェイクCM、ヘイトCMが流れる危険性もある。全国放映される民放キー局のテレビCMに関しては審査部が厳しくチェックしますが、各都道府県には多数のローカル局が存在し、独自の広告を流しています。過去二十数回の国民投票を実施したフランスでは、賛成・反対両派の広報活動を監視する第三者機関が設置されていますが、日本にもローカル局までチェックする第三者機関が必要だと僕は思います。
「国民投票のルール改善を考え求める会」では日本民間放送連盟(民放連)にも再三、自主規制を求めてきたが、今のところ反応は薄い。莫大な広告収入はメディアにとっても特需となるからだ。であれば、国民投票法を改正するしかないと本間さんは考える。

国会で国民投票法の土台がそもそも公平ではないことを主張し、広告規制の重要性を市民に知らしめていく必要があります。同時に護憲派も『憲法改正を発議させないことが大前提』などという思考停止に陥らず、広告合戦になった場合に備えて、しっかりメディアプランを立てておくべきです。
本間さん自身は、市民が直接的に自分の意見を述べる機会である国民投票という手段を否定してはいない。
しかし、意見を考える段階で一方的な情報提供しか行われないとなると公平ではありません。広告があまりにも生活の隅々まで行き渡ってしまったせいで、私たちは自分が広告に動かされて物を買っていることすら意識できなくなっている。その延長線上で、こうした不公平な国民投票の広告合戦が展開されても、自分が何かに動かされていることにすら気づけないかもしれない。皮肉なことですが、マーケティング的にいえば非常に“完成された世界”に生きていることを私たちは自覚しなければなりません。
(香月真理子)


--プロフィール--
ほんま・りゅう
1962年、東京生まれ。博報堂で18年間、営業を担当。06年、同社退職。原発安全神話をつくった広告を調査し、原発推進派とメディアの癒着を追及。また、さまざまな角度から大手広告代理店の影響力の実態を発信。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書)、『電通巨大利権〜東京五輪で搾取される国民』(サイゾー)など。

(書籍情報)
メディアに操作される憲法改正国民投票

本間龍 岩波ブックレット/520円+税 (写真クレジット) 


※以上、2017.11.1発売の『ビッグイシュー日本版』322号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載


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