2018年8月に開催された「INSPサミット2018(国際ストリートペーパー総会)」の最終日、住宅問題と社会政策が専門のスザンヌ・フィッツパトリック教授(エジンバラのヘリオット・ワット大学「I-SPHERE」所属)が基調講演を行った。テーマは、ホームレス問題を語る際によく耳にする言い回し「誰だってホームレス状態になる可能性がある」は必ずしも真実でないとする自らの研究結果について。

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「(自分は大丈夫と思っていようといまいと)ホームレス状態は誰でもなりうるもの」とはよく言われてきたこと。しかし、この主張を裏付ける根拠は不十分である、というのがフィッツパトリック教授の主張だ。それにしては、よく耳にするフレーズである。

1時間のプレゼン後、会場からの質問にも答えた教授は、一人の人間がホームレス状態に陥る可能性に大きな影響を及ぼす特定要因があるのだと結論づけた。
わずかな違いを言っているのではありません。もっと根本的な差異です。つまり、ホームレス状態になる可能性が限りなくゼロに近い人たちがいる一方で、ものすごく高い人たちが存在するということです。

講演後、INSP事務局にはこの内容を各ストリート誌に掲載させてほしいとの依頼が多く寄せられたため、フィッツパトリック教授が改めてINSPニュースサービス向けに要点を解説してくれた。

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貧困やホームレス状態に陥る人々を「違う世界の人」と見てしまわないよう、リベラルな人たちや慈善団体は「誰にでも起こり得る」という言い回しを多用。ホームレス問題に特化しても、同情的な政治家、学者、その他の人たちは「ホームレス問題はさまざまな原因によって生じるもの」「非常に複雑な問題」と口にしてきた。

善意からとはいえそんな言い方をしていては、ホームレス状態はかなり「偶発的なできごと」で、その原因は分からず予測すらできない、という印象を与えてしまう。しかし、本当にホームレス状態は誰にでも起こり得ることなのだろうか? メディアで言われるように、私たちはちょっとしたはずみでホームレス化する可能性があるのだろうか? この多くの人を巻き込んだ表現を用いることで、もっと深く構造的で、政治的意思があれば特定もしくは予防できるかもしれない原因から目をそらすことになっていないだろうか。

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英国のホームレス化の最大要因は子ども時代の貧困

フィッツパトリック教授は共同研究者のグレン・ブラムリーと共に、UK国内で実施されたホームレス経験に関する三つの聞き取り調査(*1)を分析し、論文「Homelessness in the UK: who is most at risk? 」を発表した(*)。

*1 スコットランドで実施された『Scottish Household Survey』、UK全体を対象とした『Poverty and Social Exclusion Survey』、1970年生まれを比較した『British Cohort Study』。
* 住宅問題の学術論文誌『Housing Studies』に掲載。



この研究では、貧困、とりわけ「子ども時代の貧困」が若者がホームレス状態に陥る最大要因であるとしている。重度の薬物常用者であるなど健康面や、その他の支援ニーズもリスクにはなるが、貧困に比べるとその影響力は小さいのだと。社会的支援ネットワークも大きな助けになるが、やはりホームレス問題との関連性でいうと物質的貧困ほどではない。居住場所も大きな意味を持ち、家賃が高く安価な住宅を見つけにくい都市圏ほどホームレス状態になる可能性は高くなるが、個人および家庭レベルの要素の方が大きな影響力を持つとしている。

実際に、社会システムの中で不利な条件下に置かれている人たちがホームレス化する可能性は非常に高く、それが「デフォルト」なのかと思ってしまうほどだ。反対に、その対極に属する人々がホームレス化する可能性はゼロに近い。身を護ってくれる諸要因が働くからだ。

このリスク分布図の両端に位置する人たちを抜き出すと、
①白人男性:
イングランド南部の中流家庭で生まれ、比較的裕福な子ども時代を過ごす。
21才で大学を卒業。26才時点で両親と同居、独身、子ども無し。

②混血女性:
ひとり親家庭で貧しい子ども時代を過ごす。
16才で学校教育を離れ、26才時点で賃貸物件に暮らす。失業を数回経験。配偶者はいないが子ども有り。
それぞれが30才時点でホームレス状態に陥る可能性は①が0.6%、②が71.2%だった。
よって、「誰もがホームレス状態になる可能性がある」という見方は、現実に即していないのだ。
なかには、この表現の真偽など重要ではない、一般の人々にホームレス問題に関心を持ってもらい、資金集めの助けになるのだからと言う人もいるかもしれない(この点については最近、社会問題と学際的研究を結びつける組織「Frameworks Institute for Crisis」が疑問を呈しているが)。しかし、こうした誤った通説を繰り返し聞かされるうち、もっと実態を知るべき人たちがその通説を信じるようになる時こそ危険である。

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2013年1月、ホームレス問題についてダウニング・ストリート(英国首相の住まい前)での抗議
Credit: Flickr / David Holt

ホームレス問題は阻止できるもの

「私たち誰にでも起こりうること」とは、これまでにも数え切れないほど政府高官ならびにホームレス支援関係者が口にしてきた表現ではあるが、そろそろこの間違いを明らかにすべきではないだろうか。そうすれば、ホームレス問題は本来「予防できるもの」であり「避けられないもの」ではないのだと考えることができ、本当に効果のある長期対策を考えていけるのではないだろうか。

この調査はあくまで英国の観点から述べたものだが、フィッツパトリック教授が講演で語ったように、ヨーロッパの他の地域でも似た状況だろう。この調査の発表後、英国政府が結果を引き合いに出すなど注目されているが、その理由は基礎調査のデータの豊富さにある。また、民族的マイノリティはホームレス状態になりやすいという説については、米国ですでに明らかになっていると付け加えた。とりわけ大きなリスクにあるのはアフリカ系アメリカ人で、英国の黒人の数はアメリカよりはるかに少ないが、ホームレス状態になるリスクではほぼ同じだった。

少し観点を変えてみると、この誤った通説が繰り返されることは「憂鬱な」事実をほのめかしてもいる。つまり、「自分の身にも起こる可能性がある」と想像した場合にしかホームレス問題を真剣に考えることができない、ということなのだから。このモラル的にどうかと思える考え方をバックアップするために、この通説を繰り返しているようにも思える。

人々は、社会正義とは言わないまでも、シンプルな思いやりの心すらもなくしてしまったのだろうか。私たちはそんな風に認める段階まできてしまったのだろうか。「構造的不平等」の存在を否定することで、自分たちを型にはめようとはしていないか。
フィッツパトリック教授はこう締めくくった。

はっきりと申し上げましょう。あなたが中産階級であるなら、ホームレス状態になる可能性はほぼありません。しかし、この問題に関心を持ち続け、解決への尽力を止めてはいけません。経済大国であるこの英国において、人々のホームレス化は「阻止できるもの」であるにも関わらず、現実にはその数は増え続けているのですから。

Courtesy of the Institute for Social Policy, Housing, Environment and Real Estate at Heriot-Watt University / INSP.ngo
By Professor Suzanne Fitzpatrick 
Edited by Tony Inglis
「 INSPサミット2018」で基調講演をするスザンヌ・フィッツパトリック教授の写真Credit: Jack Donaghy

基調講演の動画


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276号:特集「子ども食堂」
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