ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、学校や大学などで講義をさせていただくことがあります。

今回の訪問先は同志社大学・今出川キャンパス。経済学部の「データで見る格差社会」の授業に、ビッグイシュー日本のスタッフと販売者の入島(いりしま)さんが訪問しました。
 


「データで見る格差社会」を担当する迫田さやか先生は、データを通じた経済格差や貧困問題の分析がご専門です。授業前のミーティングでは、「就職活動への不安を抱えている生徒が多くいるようです。先日もアラフォー世代の給与問題を取り上げたのですが、その際の反応の良さには非常に驚かされました」と語っていました。

そんな学生たちには「今回の出張講義も、自分ごととして聞いてもらえると嬉しいです」とのこと。生徒の将来を気遣う迫田先生の想いが込められた授業です。

将来に不安を抱える日本の若者たち
自己肯定感の薄さは貧困リスクも招く

この日の授業には外部の聴講者を含む計15名が参加。アルバイトやサークル活動に励む方も多い夕方の開催でしたが、集まった学生の皆さんの真剣な表情から講義への期待が伝わってきます。

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スライドと映像を交えたビッグイシューの活動紹介、若者世代への意識調査の国際比較データを例に、日本の若者の自己肯定感が国際的に低いことが説明されました。

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出張講義スライドより

このデータは日本の若者世代が他国と比べて劣っているというわけではなく、若者世代がそのように感じる何かが社会の側にあるのだと考えられます。
「(社会や未来に希望が持てるような講義にできるよう)今日はどんなことでも気兼ねなく質問してください」というスタッフの言葉とともに、販売者の入島さんへとバトンが渡されます。

恵まれた生活から一転、ホームレス状態に
初めて野宿した真夏の夜

裕福な家庭で不自由なく育った入島さんを心配した父親は、入島さんを自身の経営する清掃会社で働かせました。10年ほど勤めた矢先、癌により父親を失ったことで状況は一変します。他の従業員の豹変ぶりに追い立てられるような形で、入島さんは故郷を離れ単身大阪へと向かいます。

生活のため建設現場で働くも、責任者によるミスの押し付けや人間関係のストレスが重なり、次第に仕事場から距離を置くようになった入島さん。所持金も底をつき、たどり着いた公園で生活を始めます。野宿を初めて経験した日のことを、入島さんはこのように話しました。


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当時を思い出しながら語る入島さん

「お金はどんどん減っていくし、途方に暮れてたね。周りには他にも人がいたけど、その時は誰も信用できなかった。真夏だから蚊も多くて眠れなくて、もうなげやりな気持ちで。働いてた頃は自分がこんな状態になるなんて一度も考えなかったよ」

※入島さんの生い立ちはこちらのレポートにも詳しく書かれています
 ・『あの人かわいそうだな』と思うための授業ではなく、様々な立場の人の目線を身につけるための授業/関西大学社会学部の「人間開発論」にビッグイシューが出張講義

販売者として再スタートした入島さん 学生に「困った時、相談できる人を増やして」とアドバイス

その後ビッグイシューの事務所を訪問し販売者となった入島さん。子ども好きな一面もあり、販売中子どもたちとの触れ合いを楽しんでいるそう。ビッグイシューの販売を通じ、目の前を行き交う人との関わりが増え、時にはねぎらいの言葉をもらえるようになったのが嬉しいと話しました。

入島さんが販売時に心がけているのは、各号の表紙を見やすく並べること。今回の講義での雑誌紹介の際も、各号の表紙タイトルが重ならないよう工夫して並べていました。また、自身のインタビューが掲載された号を目立つように置いて、身元を明らかにするのも大切だと語ります。

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普段は近鉄生駒駅で販売をしている入島さん

入島さんのインタビュー掲載号はこちら

現在の目標を「アパートを借りて最低限の生活をしたい」と話す入島さん。学生に向けて様々な分野の知識を吸収する重要性を強調しました。最後は「行き詰まった時に相談できる相手を持つとよい。ぜひ若い間に多くの友人を作り、一人で抱え込まなくても済むような人生を過ごして欲しい」とエールを送ります。

学生たちから入島さんへの質問 販売にまつわることから休みの日の過ごし方まで

続いて入島さんへの質問タイムに移ります。スタッフから「なんでも聞いてくださいね」と声がかかると、次々と教室から手が挙がりました。

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Q:ビッグイシューの販売を通じて、変化はありましたか?

入島さん:販売者の立場になって分かったのは、路上ではどんな人とでも関わりを持てること。進んで声をかけて自分の存在を認めてもらえると、自然と関わりは増えていくよ。数でいうと多分、10分間で100人くらいには話しかけているかな。

Q:販売者としての収支の内訳は、実際どのようなものでしょうか?

入島さん:食費と宿泊代を引いて手元に残るのは多くて一日2千円くらいかな。できるだけ食費も抑えて、アパート暮らしのために少しずつ貯金をしています。

Q:休日や余暇の過ごし方について教えてください。

入島さん:雑誌の仕入れに行った後、銭湯でリフレッシュすることもあります。ネットカフェで泊まれるときは、映画を観たり。日本の古い映画が好きなんです。ビッグイシューに部活もあるので、もっといろんな人と交流したいな。(笑)

注:ビッグイシューでは販売者が趣味を通じて人とのつながりを持てるよう、クラブ活動のサポートを行っています。

ここで授業が終わった後、入島さんの元には数名の学生が集まり、フランクな会話がしばらく続きました。

授業後のアンケートでは、受講者の7割以上がホームレス当事者へのイメージが「良くなった」と回答。「街で見かけた際にはぜひ購入してみたい」との意見の他、ビッグイシューの取り組みを詳しく知りたいという声や販売者にもっと話を聞いてみたいというコメントも多く寄せられました。

――

講義終了後、迫田先生に今回の開催に至った経緯や感想を伺いました。また、先生の専門であるデータ分析の立場から、国内の格差社会の現状と今後の展望についてもお話を聞きました。


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迫田さやか先生


Q:今回の出張講義に至った経緯をお聞かせください。

迫田先生:
今回ビッグイシューに声をかけたのは、生徒側からの提案でした。私は学びの内容を彼らに委ねながら授業を進めているのですが、このクラスでは「社会的企業について学びたい」という声があったんですね。「じゃあどの企業に話を聞いてみたい?」と相談に乗っていく中で、ビッグイシューが候補に挙がりました。出張講義の存在を知っていたので、呼んでみましょうという話になり開催に至った次第です。

「学生が主体的に関心を持ち、自分を見つめるきっかけになればよいな」という想いもありました。社会に出るのを恐れているような子たちも多く、就活では銀行やメーカーなどの勤め先が人気なのですが、「自分」を知らないと理想の人生像は見えてこないと思います。


入島さん:
楽しくないけど安定しているのと、その逆だと、どちらがいいのかな。


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素朴な疑問をぶつける入島さん


迫田先生:そこもまた難しい問題なのですが、教師として選択肢を提示することはできるので、彼らには教員である私や大学という環境を積極的に使い倒して欲しいといつも思っています。

Q:実際に出張講義を開いてみて、生徒たちの様子はいかがでしたか。

迫田先生:
普段よりも彼らの素に近い表情を見せてくれたのが印象に残っています。特に生い立ちの話をされた際には複雑な背景に驚き、深く頷きながら耳を傾けていたのが印象的でした。遠くの誰かが困っているではなく、当事者性を感じていたのが良かったと思います。

これまでの授業では当事者の方から直接お話を聞くという機会はありませんでした。私たちが分析の材料として扱うデータの背後には、常に生身の人間の姿があるということがよく伝わったのではないかと思います。また、無知や無関心が生む偏見から逃れるためにも、格差や貧困の問題を身近なものとして再認識するきっかけになってくれたら嬉しいです。


統計には個人の人生が含まれている

迫田先生:
分析で扱う統計には、同一の対象を複数期間にわたって観察する「パネルデータ」という手法があります。調査対象が人間の場合は、誰かの人生を長期にわたって追いかけるようなものですね。
こうしたデータでは起きた結果の比較がしやすい反面、裏側にあるプロセスは見えにくくなります。入島さんのお話からも分かる通り、人生の転機はちょっとしたきっかけで訪れます。何事も結果が尊ばれる昨今ですが、こうした風潮は自己責任論を蔓延させ、生きづらい社会へとつながります。

統計データの推移から説明できるのは、事実全体の約3割程度でしょうか。残りの7割には、それぞれ異なる当事者独自のエピソードが隠れています。世間では「分かってたのになぜ」「本人の努力不足だ」といった厳しい意見も多く聞こえるようですが、「あの時こうしたかった」「こうせざるを得なかった」という当事者の声に寄り添える優しい社会であって欲しいと願います。

離婚率と貧困率から見える所得格差の実態

迫田先生:
かつては夫の収入が高いほど妻の就業率が下がっていたのですが、現在では共働きが格差拡大の機能を持っています。

この10年間の統計で、貧困率と離婚率の間には強い相関関係があるのが分かりました。離婚後にかかる負担はいまだ女性に集中するケースが多く課題となっています。母子家庭の貧困は日本社会の最大の問題といっても過言ではありませんが、離婚後に母子家庭が貧困に陥るのは女性だから起こり得る問題なのではなく、我が国の労働市場構造の問題が離婚母子家庭に濃縮されているためだといえます。実家との関係もこじれていると、住居借用時の保証人を見つけられないという問題もあり、些細なきっかけで危うい状況になりかねないリスクも同時に存在します。

こうした離婚の問題について、「離婚の経済学」(仮題)と称して新書を出版する予定です。その中ではハウジングファーストについても詳しく書いていますので、興味を持たれた方はぜひお手に取ってもらえたらと思います。

格差のない社会を目指して

迫田先生:
格差の均衡を図るには、経済や法の仕組みも変えていく必要があります。国内の非正規労働者の時給は、正規雇用者と比べても、また世界的に見てもかなり低い部類に入ります。最低でも1,000円以上は欲しいところです。特に今年は元号の変更に伴う10連休が控えていますが、これによる格差の顕在化が懸念されています。非正規の労働者にはその間働けなくなるばかりではなく、交通費や宿泊費の高騰で遠出もできずに辛い思いをされる方もいるでしょう。

厳しい状況ではありますが、ポジティブな面もあります。その一つは労働の売り手市場の活性化です。例えば、最近では年中無休24時間営業の店舗を見直す傾向にあります。働き手の不足による穴を埋めていけるのは、彼らの側に立ち適正な待遇を考えられる企業であるという風向きも生まれているので、そうした変化には期待を寄せています。

――

データの分析を通じて、背後に生きる人の姿を見つめる迫田先生。その眼差しには学生の将来や格差に苦しむ人々を想う優しさが溢れていました。

取材協力:小田嶋 裕太


格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 

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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。