またもや規制改革によって、漁業権を企業に開放しようとする動きが進んでいる。伊勢志摩の漁村で生まれ育った鈴木宣弘さん(東京大学教授)に、漁村の共同体の役割と漁業権開放の問題点などについて聞いた。
※以下は2018-07-01 発売の『ビッグイシュー日本版』338号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載

海を守ってきた漁村の共同管理
東北でのショック・ドクトリンで崩壊

 農業経済学を専門とする研究者の鈴木宣弘さんは、三重県・伊勢志摩の英虞湾の奥で半農半漁を営む家の一人息子として育った。

「実家は真珠やカキ、ノリ、ウナギの養殖をしていて、子どもの頃からアコヤガイの貝掃除を手伝い、冬場には冷たい海に入ってノリを摘み、袋詰めして出荷する作業を手伝いました。小遣い稼ぎに、カーバイドの灯りを持ってウナギの稚魚をすくいに行ったこともあります」

 浜で暮らし漁業をなりわいとしてきた人々は昔から、海の恵みによって生計を立てるだけでなく、漁に出る時期や割り当てを話し合ったり、浜掃除をしたりして、浜の共用資源(コモンズ)を守ってきた。目先の自己利益の追求に走れば、資源が枯渇し共倒れする「コモンズの悲劇」が起きるとわかっていたので、漁村全体で資源の共同管理を徹底してきたのだ。

「戦後、こうした仕組みを制度的に認めようということで、漁業法に基づいて設けられたのが漁業権です」と鈴木さんは話す。漁業権とは、都道府県知事が昔からそこで漁業をなりわいとしてきた漁家の集合体としての漁協に優先的に付与するもので、「貝や海藻、魚類などの養殖を営む区画漁業権」と「貝や海藻などを獲る共同漁業権」、「大型の定置網漁を営む定置漁業権」の3つがある(イカ釣りやカツオの一本釣りなどの「許可漁業」は別、下図参照)。

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「漁場にはさまざまな形態の漁業が共存しています。別の漁業に迷惑をかけることや獲りすぎ、過密養殖を防ぐために、漁協で話し合って共同管理の年間計画をつくり、年度の途中に何度も見直すことで、きめ細かい調整をしてきました」

 ところが今、漁協や家族経営による漁業経営は非効率だとして、漁業権を既得権とみなし、一般企業にも開放しようという規制改革が具体化し始めた。「漁業権を開放しなくても、マグロ養殖などの分野では既に企業が漁協の組合員になり、一漁家と同じ立場で応分の負担をし、参入しているケースも多いのに、漁協を優先してきた優先順位を廃止することや定置・区画漁業権を個別付与する政府方針が6月1日に決定されました。企業利益のために地元漁家から浜を取り上げ、生活基盤と地域コミュニティを壊し、資源管理を混乱・崩壊させるという恐るべき事態が現実になろうとしています」

 そして、その予兆ともいえる出来事が東日本大震災後の東北では既に起きていたと鈴木さんは言う。「13年、宮城県では漁協の優先権を無視して、被災漁業者と水産業者の合同会社に水産業復興特区を適用して、漁業権を付与。ところが、カキの成育状況を考えて県漁協などが決めた出荷解禁日より早く出荷したり、別の産地のカキを偽って販売するなどして地元ブランドに傷をつけ、漁村のコミュニティも壊しています。これこそまさに、人の不幸につけ込んだショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)の典型的なやり方。しかも、会社は約4000万円の赤字に転落しました(※)。この失敗にもかかわらず、卑劣な手口の全国展開が今進められようとしています」

浜を外国企業が買い占めたら!?
漁業権を入札制にしたい政府

 さらに、政府は「漁業権開放」に続いて、漁業権を入札で売買可能にすることも視野に入れているのではないかと鈴木さんはみている。

「漁業権を入札の対象とするという方向性は、既にTPP(環太平洋経済連携協定)でも打ち出されていて、海外の企業が沿岸部の海をコントロールすることを目的に買い占めて“浜のプライベートビーチ化”を進めてしまう可能性もあります。沿岸部の漁業権を中国に売ってしまい、沖まで漁に出なければならなくなった北朝鮮のようなことになりかねません」

 日本にとって海は国境でもある。実際、かつて漁業が盛んだった尖閣諸島には、かつお節などをつくる水産加工場があり、200人以上が住んでいたが、漁業の衰退が今の領土問題につながる要因にもなったと鈴木さんは言う。

「そうした事態を避けるため、たとえばスイスでは国境線の山間部で農家が農業を持続できるように所得のほぼ100%を税金で支えています。日本では2016年の農業所得の30・2%(06年には15・6%だったが米価下落で相対的に上昇)、漁業所得の18%(15年)しか補助金でまかなわれておらず、日本の農林水産業が補助金漬けというのは誤解です」

 また、沖合の許可漁業では、資源を持続的に再生産するための漁獲量を定める方法として、「生物学的許容漁獲量(ABC)」から「総漁獲可能量(TAC)」を算出し、漁業者に配分する「個別割当(IQ)制度」の導入が決まった。これについて、鈴木さんは「ABCを科学的にはじき出すこと自体が難しい上に、行政が違反者を取り締まるには膨大なコストもかかる。次には売買を可能にされ、買い占めが起こる」と指摘する。

「このことは、ノーベル経済学賞を受賞したオストロム教授が、コモンズを例にしたゲーム理論で証明済みです。資源を個々人が私有化して管理するのと、中央政府がコントロールするのと、共助システムが機能して役割を果たすのでは、共助システムにゆだねたほうが長期的・総合的に見て、資源管理コストも安く、漁村のコミュニティの持続にも有効だとしています」

関税撤廃で4200億円の生産減
10万人超が就業機会喪失の見込み
共助システムを経済に組み込む

 水産物の平均関税率は現在4・1%まで引き下げられ、輸入に押されている。「さらにTPPに端を発したTPPプラス(TPP以上の譲歩)による自由化ドミノで、関税がほぼ撤廃されれば、国産の水産物が輸入品に取って代わられます。農林水産省の試算によれば、4200億円もの生産額減少が見込まれ、10万9000人の就業機会が失われます」

 影響は、これだけにとどまらない。「輸入品が増え、安く買えるようにはなるかもしれませんが、そもそも米国の市民がTPPに反対した大きな理由の一つが“食の安全”でした。日本の輸入食品の検査率はわずか8%程度で、現状でも食中毒の原因菌や認められていない添加物が次々と検出されています。日本の林業は丸太の関税がゼロになって衰退を始めました。同様に、私たちが魚介類などの食の安全が脅かされていると気づいた頃には、沿岸部の漁業権は海外の企業が独占していて、国内で魚を獲ってくれていた人も養殖してくれていた人もいなくなっているかもしれません」と鈴木さんは懸念する。

「市場原理主義はそれぞれが自己利益を追求すればいいというけれど、それは平等な力で競争していることが前提です。実際には『今だけ、金だけ、自分だけ』の『3だけ主義』の強い者が現れて政権と結びつき、自分たちに有利なルールをつくってお金を集中させ、格差はますます拡大していくでしょう。共助システムを経済社会の中にしっかり組み込んで、その重要性を理論的に証明できる経済学を構築し直さなければなりません」 (香月真理子)

※ 2018年2月24日付 河北新報


(プロフィール)
すずき・のぶひろ
1958年、三重県生まれ。82年、東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学教授を経て、06年より東京大学教授。98〜10年(夏季)コーネル大学客員教授。専門は農業経済学。『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『牛乳が食卓から消える?』(筑波書房)、『筑波書房ブックレット 暮らしのなかの食と農59 亡国の漁業権開放』など、著書多数。

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Photo:浅野カズヤ


上記記事の掲載号
THE BIG ISSUE JAPAN338号
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https://www.bigissue.jp/backnumber/338/


サムネイル画像:(c)photo-ac/taotao7676






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