「抗菌薬・抗生物質」は人類の歴史に革命をもたらしてきたが、近年は「薬剤耐性」の問題が広がり、人間の健康だけでなく経済や社会への影響が懸念されている。薬学専門のサビハ・エサック教授が解説する。

「抗菌薬・抗生物質」が臨床に導入されたのは1930~40年代のこと。以来、人間や動物の細菌感染による罹患率ならびに死亡率を劇減させ、医療に大きな革命をもたらしてきた。「抗菌薬・抗生物質」によって数え切れないほど多くの命が救われ、大手術・臓器移植・早産児の治療・がんの化学療法などが可能となり、食の安全性をも向上させてきた。

foot-1689784_1280
SeppHによるPixabayからの画像 

しかし世界的には、感染症は未だ死因の上位にランクインしており、特に低・中所得国でその傾向は顕著だ。そして近年増えているのが、「抗菌薬・抗生物質」への耐性が高まることに起因する、いわゆる「薬剤耐性」の問題だ。


薬剤耐性がもたらす甚大な影響

この「薬剤耐性」の問題は先進国・発展途上国にかかわらず影響するため、世界経済をも脅かすと考えられている。

「薬剤耐性」が生じるのは、人間・動物・環境の健康を維持するためにと見境なく抗菌薬が使われ、細菌に「選択圧*1」がかかってきた直接的な結果である。問題封じ込めのためには、その仕組みをしっかり理解する必要がある。

*1 抗菌薬の投与により薬剤が効く菌が減少、耐性菌が増殖しやすくなる状態のこと。淘汰圧ともいう。

CONV_Antibiotics_1
by Steve Buissinne (Pixabay)


「薬剤耐性」が生じると、これまで感染症治療に効果があった抗生剤に細菌が反応しなくなる。これは人間でも動物でも同じ。「薬剤耐性」が増加すると、人間の場合は地域内で、動物の場合は群れの中で、感染症が蔓延するリスクが高まる。また病は重症化し、致死率も高まる。新たな治療法を見つけなければならないため治療費も高額化する。

この「薬剤耐性」の問題を複雑にするものに、細菌は複数の抗生剤クラスへの耐性をだんだん獲得していくということがある。また1つの細菌(または菌株)にも、耐性を獲得するメカニズムが複数ある。さらに、耐性遺伝子は無数の可動遺伝因子によって運ばれるため、細菌が、人・動物・環境の垣根を越えて行き来できてしまう、ということもある。

グローバル・アクション・プランにもとづいた国ごとの施策が求められている

近年、この問題への国際的な取り組みが強化されている。2016年9月、国連総会で「薬剤耐性」に関する宣言が署名され、世界保健総会での決議採択につながった。これを受け、加盟国は2015年に制定された「グローバル・アクション・プラン*2」に基づいた国別の行動計画を立案・実施していくことが求められている。

*2 世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)の協力により制定。

グローバル・アクション・プランの中心には、人・動物・環境を横断して学際的な協調を強化していこうという「ワンヘルス(One Health)」というアプローチが取り入れられており、下記5つの戦略的目標が定められている。

・薬剤耐性への認識と理解を向上させる
・監視や研究を通じて知識を深める
・感染予防・対策により感染症の発生件数を減らす
・抗菌薬の使用を最適化する
・薬剤耐性への対策に継続的な投資を行う
各国でこれに応じた取り組みがすすめられている。

【編集部注】日本での取り組みについてはこちら 薬剤耐性対策アクションプラン(概要)

人・動物・環境の相互作用

「薬剤耐性」の問題には、人・動物・環境の3つの領域が絡み合っているため、各領域の細菌が耐性を獲得するプロセスがどう影響し合うのかを考えることが大切だ。あわせて「耐性」を決める遺伝要因、それらの相互作用、感染経路を理解することも重要である。現状ではほとんど解明されておらず、徐々に知見が得られつつあるところだ。

medic-563423_1280
Darko StojanovicによるPixabayからの画像 


例えば、「家畜への抗菌薬使用」と「臨床での薬剤耐性」との関連性についてのエビデンスが出始めている。家畜に低用量の抗菌薬を長期間使用するような場合、細菌にとって耐性を与える遺伝子を定着しやすい環境をつくり出す。この耐性遺伝子が、人や汚染食品、環境を経由して、ヒト病原体に移動(または共生)する、など。

3つの領域のうち「環境」についての研究が一番遅れているが、最も蔓延しているのは環境由来の細菌であること、時間をかけて人や動物の病原体に入り込む耐性遺伝子の源となることを踏まえると、研究がすすむことが期待される。

こうした自然現象は、家畜や人間の排泄物からの耐性遺伝子が環境に流出することでさらに悪化する。さらには、抗菌薬の残留物、家畜による集約農業などによっても状況は悪化する。

「薬剤耐性」の問題に世界が目を向け始めている近年。人・動物・環境それぞれが耐性菌の宿主となる可能性があり、それらが領域を越えて広がるリスクがあることの認識も広まっている。薬剤耐性の性質、影響範囲、移動性などを解明する研究を進め、感染症の予防と封じ込めに向けて、しっかりとエビデンスに基づいた対策を講じていく必要がある。

By Sabiha Essack
(南アフリカ、クワズール・ナタール大学薬学部教授/薬剤耐性の専門家)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo


関連記事:生き物?物質?地球環境にも影響を与えている?…知られざる「ウイルス」の世界




*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

上記の記事は提携している国際ストリートペーパーの記事です。もっとたくさん翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて






過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。