「自転車配達員」は決して“儲かる仕事” ではない、と気づき始めている人が増えている。オーストリア・ウィーン在住の配達員フリッツ(仮名、22)も例外ではない。料理宅配サービスを展開するリーフェランド社(Lieferando)のパートタイム従業員をしているが、今月はカフェで1杯のコーヒーを楽しむ余裕もないと言う。

フリッツは学生で熱心なサイクリスト、自転車宅配員によくあるパターンだ。
「好きな時間に働けます」という触れ込みに惹かれ、1年半前からこの仕事を始めた。ウィーン市内各地にピザやハンバーガーを配達する仕事を、週に10時間ほどやっている。賃金は時給11ユーロ(約1,300円)とチップ。仕事内容そのものに不満があるわけではない。ウィーンの冬の寒さは厳しいが、賃金はまずまず。好きな自転車に乗ってお金を稼げるならまあ悪くないと感じていた。

2020年1月1日、オーストリアの料理宅配サービス業界において、新たな労働協定が施行されることとなった。これにより、正社員の就労条件はかなり改善がもたらされることとなった。最低賃金、休暇、クリスマスボーナスの保障など。個人の自転車や携帯電話を業務に使う際は一時金が支給されることにもなった。

ただし、この恩恵を受けられるのは、ごく一部の正社員だけだ。オーストリアの料理宅配サービス業界において、正社員はあくまで少数派。大多数の配達員が “個人事業主扱い” なのだ。フリッツはじめ、約300人いる同僚たちはほとんど何も変わらない。彼らは従業員として“末端”の存在のままだ。

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制服はグリーンかオレンジ、二社が競合する料理宅配サービス市場

ウィーンの自転車配達員たちが直面している問題を理解するには、これまでの経緯を振り返る必要がある。

数年前まで、ウィーン市内にはいろんな色の制服を着た配達員の姿が見られた。だが2019年初めにウーバーイーツ(Uber Eats)がウィーン市場から撤退を決め、同年4月には、フードラ社(Foodora)とエムジャム社(Mjam)が合併してエムジャム・プラス社(Mjam Plus)が誕生。制服はピンクからグリーンになった。現在目にするのは、このエムジャム・プラス社のグリーンと、フリッツが働くリーフェランド社のオレンジのみだ。



配達員からすると、どちらの色を選ぶかで待遇が大きく違ってくる。フリッツは、オレンジの方が “かなりマシ”と見ている。

というのも、もう一方のエムジャム・プラス社では約1,200人いる従業員の9割方がフリーランス。雇用契約に当たるものを交わしているのは10人に1人だけ。労働者の大半は配達件数に応じて賃金が支払われ、注文の待ち時間は賃金が発生しない。もちろんフリーランスは雇用保険は受けられないし、解雇に対する保障もない。

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新たに施行された労働協定は、このようなフリーランスの配達員には適用されない。雇用者と被雇用者間で合意を取るという従来のやり方では、不安定な雇用条件で働く多くの者たちにとって、あまりに保証される範囲が狭い。これは、他の業界でも見られる傾向だが、特に宅配サービス業界で深刻なのだ。

労働者評議会の立ち上げと親会社からの訴訟

そこでフリッツは行動を起こすことにした。昨秋、同じ会社で働く5人の同志たちと労働者評議会*1を立ち上げたのだ。同僚たちと顔を合わせる機会はほぼないこの業界にあって容易なことではなかったが、なんとか形にした。

*1 現場従業員を代表する組織で労働条件などを話し合う。基本的には労働組合を補完するものだが、ヨーロッパ諸国では独立した組織として存在することも多い。

だがこれは、リーフェランド社の親会社テイクアウェイ・ドットコム社にとっては大変疎ましい展開。フリッツらを相手取って訴訟を起こしてきた。“子会社リーフェランド社の従業員に評議会を設置する権利などない、なぜならウィーン拠点は一つの部門に過ぎず、独立した会社ではない。さらには自転車を保管する倉庫を運営しているだけ”。難癖とも言える主張を展開している。

フリッツは唖然とした。彼がここウィーンで雇用契約を結んだのは、倉庫の運営会社などではなく、料理宅配サービスのリーフェランド社だったのだから。

訴訟に発展しつつも、フリッツら労働者評議会は確かな実績を上げている。チャットグループで連絡を取って定期的に会合を開催、今後のアクションについて話し合いを重ねている。すでに、約300人いる配達員の損害賠償保険の加入権を確保。自転車のタイヤをより高品質なものに変えること、ブレーキを取り替えること、より高品質なリュックも支給されることとなった。

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会社側がフリッツらに苛立っていることは、法廷以外の場でも明らかだ。

評議会設立の動きに最初から関わっていたメンバーの一人はすでに解雇された、とフリッツは言う。たった一度の無断欠勤だったが、手を焼いている会社側にとっては十分な解雇理由になったのだと。ラクな仕事と引き換えに評議会から離脱させられそうになっている従業員もいる、という話もしてくれた。

よくある労働者と雇用者の闘いではあるのだが、これまでの労働争議における論理とは根本的な条件が異なる。つまり、実際の雇用主は、労働者たちが働く現場から遠く離れたところにいて、独占的地位を謳歌。従業員たちが組織化することは認めず、難解な法的解釈を持ち出して、労働者に権利を与えようとしない。賃金労働者の立場から見て、「残された手段はひとつ、闘う覚悟だ」とフリッツ。

3月16日月曜日。フリッツと同僚たち、そして会社側は、ウィーンの労働社会裁判所で裁判に臨むことになっていた。しかし、新型コロナ感染拡大を受け、直前になって延期が決まった。新たな日程はまだ決まっていない(6月3日現在)。パートタイム従業員らが立ち上げた労働者評議会とリーフェランド社との争い、決着がつくのはまだしばらく先になりそうだ。

By Hannes Greß
Courtesy of Augustin / INSP.ngo



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