一面的なものって退屈なんだ
「アメリカ人はギャングを魅力的に描くことに成功したけど、イギリスでは、この番組が登場するまで成功したことはなかったんじゃないかな」
ここ数年のキリアンの活躍には目覚ましいものがある。クリストファー・ノーランの『バットマン』三部作すべてを通して悪役のスケアクロウを演じ、脚光を浴びたことは記憶に新しい。ハリウッドから次々と仕事の話は来たものの、38歳の彼は、当面イギリスで活動する道を選んだ。
「僕はえらの張った典型的な男前のヒーローに興味がないんだ」とマーフィは言う。
英国国立劇場で『Ballyturk』の舞台を終えたばかりの彼は、現在、BBCのテレビドラマ『Peaky Blinders』のシーズン2の撮影に入っている。
「一面的なものって退屈なんだ。昔ある人がこんなことを言ってたよ。『もし君がケチな人物を演じるなら、その人の寛容さを演じるんだ』ってね。とても興味深い言葉だった」
アイルランドの出身である彼は現在も北ロンドンで暮らしているが、今まで俳優としてリスクを冒すことを恐れたことはない。
彼が大ブレイクしたのは2002年のことで、ダニー・ボイル監督が、ゾンビの登場する終末ホラー映画『28日後…』で彼を抜てきしたのだ。以降活動の幅を広げ、舞台やハリウッドの娯楽大作(『パニック・フライト』、『インセプション』)、知名度の低いインディー映画の名作(『麦の穂をゆらす風』、『プルートで朝食を』)に出演してきた。そして現在はテレビの仕事に専念している。
BBCの新番組シリーズ『Peaky Blinders』は、『堕天使のパスポート』の脚本家であるスティーヴン・ナイトが手がけ、ギャングのボスであるトーマス・シェルビー役にマーフィが抜てきされた。
舞台となるのは1920年代のイングランドのバーミンガム。シェルビー率いるギャング一家は「Peaky Blinders(※ハンチング帽をかぶり、相手を盲目にさせる者たちという意)」と呼ばれ、ハンチング帽のつばにカミソリの刃を隠し、競馬場でゆすりを行う貧しいチンピラから、はてはバーミンガムの裏社会を仕切る人物までを次々に切りつけ、戦いを繰り広げ、巧妙に勢力を広げていった。そして次なる進出の場として、ロンドンに目をつけていた。
アンチヒーロー、僕たちはその不完全さに反応する
ビッグイシューは、番組の撮影拠点であるストックポートにて、シーズン2の最終回の撮影の合間を縫いながら、マーフィに話を聞いた。
彼は1920年代の粋なヴィンテージの衣装を身にまとっている。ピンストライプスーツにピカピカに磨かれた黒いブーツ、そして『華麗なるギャッツビー』風のキラリと光る宝石類を首や手首、指にも着けていた。シーズン1の第1話で馬に乗っていた粗削りのシェルビーとは大違いだ。
「ドラマが進むにつれて、ギャングの世界観が広がったんだ」と彼は説明した。
「この番組が何よりユニークなのは、アメリカ人らしさではなく、イギリス人らしさを前面に描いているところだ。アメリカ人はギャングを魅力的に描くことに成功したけど、イギリスではこの番組が登場するまで成功したことはなかったんじゃないかな」
シーズン2ではトム・ハーディにサム・ニール、そしてヘレン・マックロリーといったスターたちも加わった。各エピソードに100万ポンド(※約1億8600万円)もかけたという気合の入った番組はアメリカでも話題になり、遂にアメリカの大手テレビ局で放送されることが決定した。
そして、「Peaky Blinders」が影響を受けた「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」や「ブレイキング・バッド」と同じく、予測不可能で危険だが憎めないシェルビーのアンチヒーローさが好評を得ている。
今回初めてのテレビ番組の主役を引き受けるに当たり、ヒーローらしくない要素に惹かれたのだろうか?、彼はこう答えた。
「劇場であっても、文学であっても、映画であっても、素晴らしいキャラクターのヒーローたちは100%完全無欠ではなく、いつだってアンチヒーローなんだ。なぜなら僕たちはその不完全さに反応するからね。彼らは厳しい決断もするし、時に誤ったことも、そして正しいことも行う。僕たちはみんな負の側面をもっている。僕はその二面性が好きなんだ」。
「シェルビーはみんなに同意を得られないことをやらなきゃならないこともあるし、必ずしも賛同してもらえないことを冷徹な態度で行うこともある。それでも僕たちは彼に心を動かされる。彼には自分なりのモラルというものがあるし、人も愛するし、そして弱い面も持ちあわせている。だから僕にとっては、本当に最高の役柄なんだ」
イギリスドラマ史上、最強レベルの女性たち
(photo from Flickr)
今回新たに加わったトム・ハーディは、シェルビーたちのギャングの宿敵で、ロンドンのギャングのボスであるアルフィー・ソロモンズ役を演じている。
マーフィとの共演は『インセプション』と『ダークナイト ライジング』以来だ。マーフィは彼のことをこう語っている。
「素晴らしい男で、いい仲間だよ。優秀な俳優と共演する時には、自分自身も成長しなきゃならない。僕ら互いに刺激し合いながら、楽しく一緒に働けていると思う」
またスタッフ陣は、男たちの流血シーンだけでなく、この番組はイギリスのテレビ番組の中でも最強レベルの女性キャラクターが出ていると自負している。
ヘレン・マックロリーが扮するシェルビーの叔母ポリーは、ギャングの女リーダーとして活躍。マックロリーは『ハリー・ポッター』のナルシッサ・マルフォイ役でも知られる。
脚本のスティーヴン・ナイトによると、このポリーと、シャーロット・ライリーが演じるシェルビーの恋のお相手メイ・カールトンの2人は、番組の主要登場人物だと言う。
更にマックロリーは、この番組が「べクデルテスト(※)」に合格したと教えてくれた。そして彼女は、こう付け加えた。「スティーヴンは私が今まで演じてきた中でも、指折りの本当に素晴らしい役を作ってくれたわ」。
※「べクデルテスト」
映画における女性の扱われ方を測定し、物語が性差別的かどうかをチェックするテスト。少なくとも女性が2人以上いて、互いに会話して、しかもその話題は男に関係していないこと。パスするのは意外に難しく、そして映画業界において重要な役割を持つ。
「砲弾ショック」。第一次大戦開戦から100年がたって語られる従軍帰還者のトラウマ
番組では全シリーズを通し、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、あるいは「砲弾ショック(※)」と呼ばれていたテーマを見ることができる。ここに登場するほぼすべての男性は塹壕戦から戻り、精神的なダメージを受けている。「第一世界大戦の開戦からちょうど100年が経つこともあり、私たちの中で重要なテーマとして取り入れたの」とプロデューサーのローリー・ボルグは語った。
※「戦争神経症」、「砲弾神経症」とも呼ばれ、当時は神経症ではなく、神経細胞が物理的な損傷を受けたことによる障害だと考えられていた。ここ数年、爆発の衝撃波が脳に微細なダメージを与えている可能性が、再び指摘され、研究が進んでいる。
「今のようにカウンセリングなどない時代だったから、彼らはそのまま社会へ放り出されたんだ」とマーフィは話す。
「多くの人は自分で何とかするしかなかった。また彼らが帰還したことで社会は劇的に変化せざるを得なかった。なぜなら彼らはボロボロになった状態で動員を解除され、多くの人が今でいうところのPTSDに苦しんでいたからね。このことや第一次世界大戦、また男性たちの戦中・戦後の体験についていろいろ読んだから、状況は理解していたよ」
ポリー役のマックロリーは現在46歳だが、彼女の一家には、まさにこの記憶が伝わっていると言う。
「私の曽祖父は塹壕戦から戻り、砲弾ショックにかかったの。車いすに乗っていたけど、当時は別に珍しくないことだった。顔半分を損傷した人や、足を失った男性たちが普通に路上を歩いていた。すべて自分たちの身近で起きたことなのに、私たちはいつの間にかそのことを忘れてしまっている。これは今日でも抱える問題だからこそ、番組の中で取り上げることが重要だったの」
Written By Andrew Burns
(THE BIG ISSUE UK (c)www.street-papers.org )
Photos: Courtesy of the BBC
翻訳:長島咲織、オンライン編集部