あなたは最近、どんなアートに触れる機会があっただろうか。
世界のアート市場で目立たない日本のシェア
世界中のアート市場の規模は637億ドル(約6.75兆円)*。そのトップ3は米国:2.84兆円(42%)、中国:1.42兆円(21%)、英国:1.35兆円(20%)で、日本は2437億円(3.6%)に過ぎない。2017年時点のGDPは世界3位のはずだが、日本では流通する金額の割には、アート市場が奮っていないということである。
*出典:「The Art Market 2018」Art Basel and UBS
この数字を受けてか、文化庁では「GDP規模や富裕層の数からすると、日本はもっとアートが根付いていいはず」と考えたようで、2018年4月に「アート市場の活性化に向けて」という資料を発表している。詳細は資料を参照頂きたいが、この資料ではこれから目指すべき方向性として
優れた美術品がミュージアムに集まる仕組みを構築し、美術品の二次流通の促進、アートコレクター数の増、日本美術の国際的な価値向上を図るとともに、国内に残すべき作品についての方策を検討し、アート市場活性化と文化財防衛を両立させ、インバウンドの益々の増に繋げる。
と書かれている。箱やインフラを用意するのももちろん重要なのだが、「美術品が美術館に集まる」「アートコレクターが増える」「国際的に日本美術の価値が認められる」という状態は、ひろく国民がアートに親しむ「文化的」な状態というよりは、一部の富裕層がアートを売買する状態、に過ぎないのではないか。もしその状態のみを目指そうとしているというのであれば、文化的に貧困と言わざるを得ない。
アートを評価できる文化なくして、アートは奮わない
市民が日常的にアートに触れ、アートを楽しみ、自らもアートを作り出せる素養、それを互いに評価し合える土壌があって初めて、より優れたアートに触れたい、アートを学びたいという気持ちが高まる。その結果としてアート市場が活性化するのが本来ではないのだろうか。あるアート系財団の理事長の持論「経済は文化のしもべ」というやつだ。
しかし一般市民が日常的にアートに触れ、楽しみ、作り出す機会をサポートするような施策は上記の文化庁の資料には見受けられない。
©photo-ac
例えばアート市場4位(シェア7%、日本の2倍弱)のフランスでは、「音楽の先生はプロのジャズミュージシャン。授業では未就学児とジャズセッションをする」というような機会も見受けられる。子ども本人が楽しく心震える体験をし、それが大人も楽しめるものなのであれば、大人も一緒に子どもと楽しめる時間が増え、さらにカッコいい音楽を聴いたり、演奏したりしてみたいと思うであろうことは想像に難くない。先生も教員の仕事で安定収入を得ていればプロミュージシャンとして活動を長く続けることができる。
「だから何だっていうんだ、海外の教育ばかりありがたがりやがって」という反論が聞こえてきそうだが、広く誰でも受けることができるアートの授業において、第一線で活躍した経験がある教師から教育を受けるほうが、生徒が授業で学ぶ音楽や美術を「生きたアート」「生きていけるアート」と結びつけられるようになるのは当然ではないだろうか。そうすればアートを「特別な才能を持った一握りのアーティストが、余裕のある人向けに制作したもの」と捉えるような人は少数派になるだろう。
「踊る暇があるなら働け」とダンサーに非難が集まる国で
ビッグイシューの販売者も参加する、ホームレス経験者・当事者による「新人Hソケリッサ!」というダンスグループがある。2018年の7月、その紹介記事がYahoo!ニュースに掲載されたとき寄せられたコメントは「踊る暇があれば働け」「ホームレスのくせに」といった論調が大半であった。
新人Hソケリッサ!のメンバー
つまりこれは、「アートは余裕のある人のためのもの」と捉えられているということだろう。鼻歌を歌うように、絵を描くように、ダンスをする権利は誰にでも当たり前にある。表現は、基本的人権だ。誰に迷惑をかけているわけでもない。それなのに、ダンサーである彼らはこれが仕事であっても「踊る暇があれば働け」と言われてしまう。アートを仕事として認める土壌はおろか「踊るくらい、好きにしたら?」と言える余裕すらない。それはすなわち、「特別な人しかアートをしてはならない」という空気であり、日本ではアートで生きていくには厳しいと感じさせるものだ。
日本では、「プロが認める才能があっても、お金がない」という理由で進学やその道で生きて行くことを諦めたり、楽器などの必要な道具が買えなかったりする学生や若者がそこら中にいる。教員がその才能に気づいて援助したいと思っても、その生徒のために毎回私財をはたいていては教員が暮らしていけない。「やる気があるならクラファンでやれ」「そんなことであきらめるようならそれまでの才能だ」と言う人もいるかもしれない。しかしそうやって「恵まれた条件に植えられた種」だけが発芽を許される環境に育つ国のアートや文化は、豊かだと言えるのだろうか。
そんな空気のなかで、箱やインフラの増強だけに力を入れるうちは、文化庁が望むような規模でアート市場が活性化するのは難しいと言わざるを得ない。
1月15日発売の『ビッグイシュー日本版』351号特集は、「アートで食べていく!」。
そこで、2019年1月15日発売の『ビッグイシュー日本版』351号では「アートで食べていくために必要なこと」を考える。
いたみありささんは、ニューヨークで日本人アーティストが食べていける手助けをするギャラリーを運営し、現在はギャラリーを持たないアーティストチーム「JCAT」で世界をキャラバンしている。
そんないたみさんに日本人が「アートで食べていくには?」をインタビュー。
また、「檻之汰鷲」(おりのたわし/石渡のりおさん、ちふみさん)は40歳を前に会社を退職、夫婦でアーティストとして生きていくと決意。世界各地のアーティスト・イン・レジデンスに滞在して作品を制作。今は北茨城の村で「生活芸術」をテーマに作品を作る。2人のアーティストの、「アートに囲まれた生活」を取材。
アートに興味のある方はぜひご覧いただきたい。
『ビッグイシュー日本版』351号ではそのほかにも、
・スペシャルインタビュー:映画「ボヘミアン・ラプソディ」主演 ラミ・マレック
・リレーインタビュー。私の分岐点:女優 宮地 真緒さん
・国際:難民問題は「人間の価値に対する戦争」/『ヒューマン・フロー 大地漂流』監督
現代美術家 アイ・ウェイウェイ
・ホームレス人生相談 × 枝元なほみの悩みに効く料理:「苦しまずに仕事をするための心がけはある?」に販売者と枝元さんが回答
など、盛りだくさんです。ぜひ、路上にてお買い求めください。
https://www.bigissue.jp/backnumber/351/
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・地方の映画館が生き残るには?-地域コミュニティにおける文化継承と事業承継:豊岡劇場
『ビッグイシュー日本版』アート関連特集
135号:社会とアート
https://www.bigissue.jp/backnumber/135/
233号:ふしぎ、ときめく、日本の美術
https://www.bigissue.jp/backnumber/233/
272号:”いま”を縫う― 仕事、逸品が生まれる場
https://www.bigissue.jp/backnumber/272/
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