児童性的虐待の被害者は何十年も苦しみ続ける。オリンピックメダリスト、パトリック・ショーベリの告白に学ぶべきこととは

若くから才能に恵まれた陸上競技選手パトリック・ショーベリ(56)は、1987年に男子走高跳の世界新記録を樹立。オリンピックで3度メダルを獲得、現在でも世界歴代3位の記録を持ち、ヨーロッパ最高記録2m42cmはいまだに破られていない。しかし現役引退後、彼は元コーチから性的虐待を受けていたことを告白した。スウェーデンのストリート誌『Faktum』によるインタビュー記事をお届けする。


※この記事は、虐待被害者の実体験告白が含まれます。

スウェーデンの陸上競技選手(男子走高跳)パトリック・ショーベリは、若干14歳にしてテレビ番組に出演した。「ヨーテボリのスロッツコーゲン陸上競技場では、未来の世界チャンピオンが専属コーチのマッサージを受けています。昨年、彼は自己ベストを 13 cm更新しました」番組司会者が解説する。しかしショーベリは視線を落としたまま、カメラを見ようとしない。「ここはすばらしいコミュニティです。いつも楽しく過ごしてます」と答えながらも、その声には覇気も抑揚もなかった。

実は当時、彼は陸上競技のナショナルチームのコーチ、ヴィリヨ・ノウシアイネンから3年にわたり性的虐待を受けていたのだ。その関係はこのテレビインタビュー後もさらに1年続いたという。

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コーチで継父でもあったヴィリヨ・ノウシアイネンは、数年にわたりショーベリに性的虐待をはたらいていた。
ノウシアイネンが他界し、他の被害者が虐待を公表してショーベリも告白に踏み切った。
このテーマで2冊の著書を出している。Credit: Mario Prhat, photojournalism, Göteborgs-Posten. 

ショーベリが10代の頃に性的虐待を受けていたという事実は、スウェーデンではもはやニュース性のあるネタではない。2011年に発表した著書『What You Did Not see(あなたが見なかったもの、未邦訳)』)』の中で虐待体験を公表してから10年近くが経ち、以来、数多くのインタビューや講演を通じて児童虐待防止を訴えてきた。しかし、このテーマを取り上げるのは、聴く側にとってもショーベリ本人にとってもつらいことだった。

寂しい子ども時代

ヨーテボリ市内のランベリの丘にあるキーラー公園でショーベリに話を聞いた。アネモネの白い花が咲き、海からの冷たい風が吹いている。ショーベリの愛犬ソトが私たちのあいだを走り回っている。本を出版した当時を振り返って、ショーベリは言う。「目がまわるほどの忙しさで、何もかも放り出したくなりました」

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愛犬ソト。1988年に2m43cmを跳び、ショーベリの世界記録を1cm破ったキューバの選手ハビエル・ソトマヨルにちなんで名付けられた。ソトマヨルは93年に2m45cmを跳び、現在も世界記録保持者。99年にドーピング検査で出場停止処分になったことがある。Credit: Mario Prhat, photojournalism, Göteborgs-Posten. 

「(この本の内容が)多くの人の興味を惹くだろうとは予想してました。でも本を書いたことで、自分の中でも消化しきれていなかったいろんな記憶が呼び起こされ、どんどん膨らみ、出版から4〜5年はいろんなことがありました。ほとんど家にいることがなくなり妻とは離婚、講演やテレビ出演は続けましたが、心の平静を保つためお酒と鎮痛剤に頼り……自己流の治療でした」

「セラピーも受けましたが、問題と向き合うのがめちゃくちゃつらかった。セラピーが終わると飲み屋に直行し、酒をしこたま買って帰り、一人ベランダで飲んでました。誰かと一緒にいるのが耐えられず、自分が哀れになり、常に酒を浴びてました。アルコール依存症や薬物依存症の人に囲まれて育ったけど、まさか自分もそうなるとはね……」

ショーベリは若い頃からよくメディアを賑わせ、パーティー好きで口も達者なトラブルメーカーというのが定評だった。1981年、16歳でスウェーデンの大会新記録を出し称賛を浴びたが、2006年にはヨーテボリ市のストラ劇場近くで元選手たちとコカイン使用の罪で逮捕。

メディアが伝える彼のイメージは、”尊敬を集める謙虚な精鋭アスリート”とはほど遠かった。しかし現在は、まじめで頑固、怒りっぽい人物で知られている。怒りの根源について「怒りがあったから生き延びられた」と認め、幼い頃から誰の助けもなく自分で生きていく必要があったと語る。幼い頃から鍵っ子で、靴ひもの結び方を教えてくれる人もいなかったと。

「私が抱えてきた問題はヴィリヨコーチのせいだと思われがちですが、実はそれよりも以前からはじまっていたのです。なぜ誰も気づかなかったんでしょうね」

両親はショーベリが幼い頃に離婚し、10歳で父親とは疎遠になった。「私たちのことなんてお構いなし。父の新しい家族にも全く歓迎されませんでした」。母親は仕事も勉強も他人の世話もしていたが、なぜか自分の息子にはおろそかだった。学校生活もうまくいかなかった。

著名コーチから“指導”という名の性的虐待

「小児性愛者のもとに届けられたんです」ショーベリは言う。「突然、誰かが僕の人生にやってきて、褒めて励まされしてるうちに何者かになっていった。レコードとか子どもが喜ぶプレゼントを持って近づいてくる。小児性愛者は子どもの扱いが実に上手いですから」

その後、コーチはショーベリの母親と恋愛関係に。コーチもひとつ屋根の下で生活することになり、ショーベリが10歳から14歳まで性的虐待行為が続いた。コーチとして高い評価を受けていたノウシアイネンは、”栄養ドリンク”と称して睡眠薬入りの飲み物をショーベリに飲ませ、深夜にショーベリの部屋に忍び込んできた。

朝、ショーベリは下半身に痛みを感じて目を覚ます。コーチがショーベリの陰毛を剃り、トレーニングの効果が出ているか確認するためと”精子検査”をされたのだ。筋肉の測定だとマッサージもしてきた。

合宿先や大会出場の遠征先でショーベリとコーチは相部屋だったが、誰も疑問を持つものはなかった。コーチが夜中にドアを開けたら気がつくように、部屋のドアの取っ手に服などをぶら下げたこともあったが、虐待行為は止まらなかった。現在の法律では「児童レイプ」に分類される行為だ。

ショーベリの母親は「何も疑っていなかった」と言う。本の出版後、スウェーデンの日刊紙『Dagens Nyheter』のオピニオン欄で、息子の虐待経験について「私は衝撃を受けましたが、ショーベリの告白は褒めてやりたいです」と書いている。「私はこの事実を把握すべきだったし、いかなる方法を取ろうともそんな関係を終わらせるべきでした。パトリックが世界のトップレベルに立てたのは事実ですが、ヴィリヨコーチがいなければ、もっと平穏な人生だったでしょう。コーチは病的な行為から抜け出せなくなった難ありの人間でした」

当時を振り返って誰に一番失望するかとショーベリに訊くと、「母親です」と返ってきた。「事態を防げたのは彼女だけでしたから」

性的虐待を受けていた事実は、長年、ショーベリだけの秘密だったので、恥と罪悪感は膨らんでいった。虐待の原因は自分にもあったのではないかとも感じている。というのも、コーチと母親が別れた後も、ショーベリはコーチとの生活を選んだのだ。はたから見ると不可解かもしれない。

「それにはいろんな理由があったのだろう」ショーベリは著書で述べている。「それだけ彼に依存していたんです。トップ選手になるにはコーチが必要、そう思い込んでいました。彼のおかげで2メートル飛べる選手になっていたし、“あんなコーチについてもらえるなんて贅沢だな”ともよく言われました。虐待には目をつぶろうと思っていたのでしょう」

高校1年になる頃には、コーチに就寝中に陰毛を剃られる体験を4度も味わっていた。もうたくさん、そう思ったショーベリは、今度やったら警察に届けますよと強く言うと、虐待は少しおさまった。ショーベリの体が少年から大人へと成長している時期でもあった。

被害者はショーベリだけではなかった。だが、彼らが虐待経験を語り出したのは、ノウシアイネンが99年に他界してからのこと。最初に口を開いたのはヤニク・トレガロ。ノウシアイネンの指導を受け、将来を嘱望されるジュニア選手となり、後年はコーチとなった。ノルウェーの高跳び選手クリスチャン・スカールも被害者の一人。他にも大勢の被害者がいるに違いない、とショーベリはみている。

ヨーテボリ市にある屋内競技場フリードロッテン・ハスの隣には、ノウシアイネンの名を冠した遊歩道があったが、虐待の事実が明るみになるや「アスリートの遊歩道(The Athletics Walkway)」と改名された。

「アルコール依存症は疾患」医療サポートを受け再起

コロナ禍で仕事はすべてキャンセルになっているそうだが、ショーベリは幸せそうだ。今は酒も飲んでいない。自分の生活をコントロールできていると満足げだ。自分を大切にする、健康を守る、先のことを考えられる、彼が長年やってこなかったことばかりだ。

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パトリック・ショーベリ。2019年10月以降は、アルコールも薬物も断っている。Credit: Mario Prhat, photojournalism, Göteborgs-Posten. 

なぜ更生施設に入ろうと思ったのかと訊くと、「自分で決めたわけでも、そんなに長期間入るつもりもありませんでした」と言った。「酒や薬物を断とうと自分で思ったわけではありません。私がコントロールできない状態にあると周りの人が気づき、友人らに引っ張っていかれたんです。今では感謝しています」

友人らの心配を当時は腹立たしく思ったのだろうか?「当然です」とショーベリ。「自分では全く(更生に)興味なかったんですから。荷造りも移動すらもまっぴらでした。何週間もぶっ通しで酒を飲んではどんちゃん騒ぎの日々を送ってましたから、施設に入った頃のことはほとんど覚えていません。寝て、食べて、医者や投薬担当の看護師と話したりですかね……自分のケアができる状態ではありませんでした」

更生施設に入ったばかりの頃は、吐き気、筋肉のけいれん、ひどいだるさと心身ともに不調だらけだった。だが医者の見立てどおり、薬を飲むと楽になり、そのうち症状が消えていった。「医療サポートがなかったら酒を断つことなどできなかったでしょう」と認める。「あの段階まで行ってしまうと、自分で断酒することなどできません。依存症は疾患です。依存症になりたい人などどこにもいません。ある一線があって、それを超えることが続くと、もう元には戻れないのです」

これまでの人生経験すべてが自身のメンタルに深刻な影響を与え、常に心に闇を抱えてきたという。「自分の健康を大切にしようなどと思ったことがありません。明日目が覚めなくたって全く平気、ずっとそう思ってました。相当、心が病んでたんでしょうね」

「今はもう酒など飲みたくありません。酒を飲むといろんな記憶が甦ってくるんです」

連日飲み明かしていた頃は、悪夢にうなされるので眠りにつくのが怖かったという。「眠るのが恐ろしくて睡魔と闘いました。眠りに落ちて悪夢に苦しみたくない、だからさらに酒を飲んで夜遊びに走るわけです。自分に無理をし過ぎると起こる現象らしいので、それがどんなか分かる人もいるんじゃないでしょうか」

人生の手綱を取り戻した今も続く怒りと挫折感

もう今は大丈夫だと言う。体調も良く、また依存症に陥る心配はないと感じている。酒を飲みたくなることはあるし、パンデミックで社会が危機的状況にある今などはなおさらだ。しかしその一方で、自分の人生をコントロールできている感覚に心から感謝していると言う。数年前、友人から「人生はあと20年ほどだな」と言われ、はじめて人生の終わりを意識し、この気づきがあったからこそ、自分の人生を再びコントロールしたいと思ったという。

“時間を無駄にしない。酒に手を出さない。自分の人生を創る” 新たな目標のもと次の20年を生きることを楽しみにしているショーベリがいる。これからは自分を大切にしながら進んでいきたいと言う。「今はもうお酒を飲みたくありません。その方が気分がいいから、理由はそれだけです。遊びほうけてた過去は消し去れませんが、後悔にさいなまれて死にたくありません」

「酒を断った今、やるべきことはたくさんあります。でも結局、人は人生に望むものをすべて手に入れられるわけじゃないとも考えるようになりました。家族とのこと、人間関係、すでにいろんなことがありました」

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白足袋を履いている愛犬ソト。「白の長い靴下はハビエル・ソトマヨルのトレードマークだったので、この犬を見て、名前は“ソト”にしようと思ったんです。ええ、彼は僕より高いジャンプを跳んだ選手です。」Credit: Mario Prhat, photojournalism, Göteborgs-Posten. 

以前、心理学者から「感情を言葉にしてみて」と言われたのですが、それができませんでした。あらゆる感情が怒りに結びつくのです。誰かに食ってかかってこられるとホッとするくらいです。生きるために闘ってきた、だから今の私があるのです」

本人が語るように、幼少期にかまってもらえず、問題児扱いされた悔しさから、大人を信頼できなくなった。そんな心の空白に入り込んだのがノウシアイネンコーチだった。ショーベリを大切に育てているように見せかけて、実は虐待行為をはたらいていたのだから。

今は幸せかと訊くと、「幸せだったことなど一度もありません」と返ってきた。「そんな感情は自分の中にありません。それが正直な思いです。辱められたときの挫折感が、他のあらゆる感情に勝ってしまうんです。これまでに味わった一番強い感情は挫折。恋をしそうになっても、愛される自信を持てないんです」

<オンライン編集部追記>
30年経ってから虐待された体験を公表できたショーベリ。彼の勇気あるアクションのおかげで、“自分も子ども時代に同じような被害に遭った”という声が多数寄せられるようになった。スポーツ界でも同様の被害体験を公表する選手が後に続いている。元トップアスリートとしての知名度をもって、虐待被害者が声を上げやすい環境づくりに貢献していきたいとショーベリは語る。

参照:As a world champion athlete, I can give a voice to other child abuse victims – Patrik Sjöberg(The Guardian)

By Sarah Britz
Translated from Swedish by Sara Jane Hayes

Courtesy of Faktum / INSP.ngo








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