肉や乳製品を食べるときに、その影響にまで真剣に思いを馳せる人はごく少数派だろう。しかし、世界規模で多大な影響があるとの警鐘が鳴らされ続けている。英アングリア・ラスキン大学心理学部で「種差別」(ヒト以外の生物に対する差別)について研究するサラ・グラディッジ(博士課程に在籍中)が『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
Diego Sans/Unsplash, CC BY-SA
人間の活動によって発生する温室効果ガスのおよそ14%は、肉、卵、牛乳の生産を目的とした家畜の飼育に伴うものだ。畜産業の中でも、とりわけ広大な牧草地を必要とする牛の飼育は、森林破壊の最大の要因となっている。この他にも、食肉産業はさまざまな環境への有害性と関連している。さらに、赤身肉や加工肉の過剰な摂取は大腸がんになるリスクを高めると指摘されている*1。
*1 参照:Red meat, processed meat and cancer
人間の“肉を食べたい欲”を満たすために、年間数十億もの動物の命が犠牲になっている。ぎゅうぎゅう詰めの状態で飼育される豚、牛、鶏は動きまわることができず、外傷を負いやすい。急速に成長させられる鶏は病気になりやすい。
「アニマルウェルフェア」に注目が集まるも、世界的に肉食は増加傾向
そんな背景から、昨今注目されているのが「アニマルウェルフェア(動物の福祉)」という概念だ。ただし、アニマルウェルフェアに関する法律は各国政府によって異なり、英国政府による基準は、英国動物虐待防止協会(RSPCA)などの非営利団体が定めるものよりも見劣りする。
肉は生き物であるとの認識が倫理観とぶつかることも。Moonborne/Shutterstock
アニマルウェルフェアへの問題意識から、ヴィーガン(完全菜食主義者)に転向する人も増えている。英国の菜食主義者の数は、2014年から2019年にかけて4倍に増加(約15万人→60万人)しているが、人口に占める割合はヴィーガンで約1.21%、ベジタリアンでも2%に過ぎない*2。それに世界的に見れば、発展途上国の人口増に伴い、肉の消費量は増加傾向にある。肉を食することのデメリットが広く認知されつつある一方で、なぜ人は肉食をやめないのだろうか。
*2 参照:Worldwide growth of veganism
ミート・パラドックス
動物を大切に思う気持ちがありながらも肉食を止めない認知と行動の矛盾を「ミート・パラドックス」という。このモラル的なジレンマにより、人は心理的な不快感を覚えることがある。この「ミート・パラドックス」という現象に関する73の論文を再評価した筆者たちの調査*3 からは、その引き金となるものがいくつか明らかになった。
*3 参照:A Structured Literature Review of the Meat Paradox
肉を食することは、動物との関わり方や捉え方に影響している。2010年に行われた調査*4では、被験者は牛肉を食べるときは、それらを「道徳的な関心対象」とはみなしにくいことが明らかとなった。肉食が好きな人ほど、食用として育てられた動物が持つ優れた性質についての情報を避ける傾向があることを示した研究もある*5。
*4 参照:The role of meat consumption in the denial of moral status and mind to meat animals
*5 参照:Unpalatable truths: Commitment to eating meat is associated with strategic ignorance of food-animal minds
肉を食することに違和感を抱いたことのある人は、肉食をあきらめることでジレンマを解消するか、モラルに目をつぶって肉食を続けるかの選択を迫られる。モラルの放棄(moral disengagement =「道徳不活性化」とも訳される)とは、自分の道徳観に基づいた行動を「しない」と選択することだ。筆者たちの調査からは、モラルに目をつぶるために人々が用いている工夫や言い回しがいくつか浮かび上がった。
まず、皿に盛られた肉は動物を殺したものであるとの認識を切り離そうとする。「ウシ」ではなく「ビーフ」と呼ぶなどして、動物を殺したものである事実をぼかそうとする。肉は健康維持に必要、社会的にはいたって普通のこと、肉食をあきらめるなんてもったいないなどと自分に言い聞かせ、肉食への罪悪感を軽減している。肉食をやめるのは容易でないために、こうした工夫や言い回しによって矛盾する感情を調整しているのだろう。
あなたの「モラル」を大切にするために
もしあなたが肉の消費量を減らしたいなら、心理学研究を踏まえたいくつかのアドバイスがある。
- 肉の消費量を減らすことが自分の価値観に合うことか検討する。
- 動物にも感情があるという前提に立つ。
- 食生活を変えるには時間がかかることを受け入れる。
他の人にも肉食を減らすよう勧めたいなら、以下の点に注意してほしい。
- いきなり肉食をとがめるのではなく、共通点を確認していくなど、共感ベースの対話を心がける。
- 「〜するべき」と上から言うのではなく、判断に必要な情報を適切に提供する。
- 食料としての「家畜」ではなく、他の動物と同じ「生き物」としてみなす視点を提供する。
著者
Sarah Gradidge
PhD Candidate in Psychology, Anglia Ruskin University
Magdalena Zawisza
Associate Professor/Reader in Gender and Advertising Psychology, Anglia Ruskin University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年2月11日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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