世界の温室効果ガス排出量の約3分の1は、農業や食料生産システム(栽培、加工、輸送、廃棄)によるものだ。気候変動の影響を受けやすい農業と、地政学のリスクにさらされやすい食料生産システム(ウクライナ危機による影響など)。いま、生産者と消費者をつなぐ複雑なしくみの「脱炭素化」を目指した技術開発が進められている。カナダのゲルフ大学農業カレッジ(OAC)学部長レネ・ヴァン・アッカ―たちが『The Converesation』で、今後導入すべきとして、5つの技術を提唱している。
1.カーボンファーミング*1と環境再生型(リジェネラティブ)農業
*1 大気中のCO2を土壌に取り込み、土壌の質を向上させる農法。
食料と関連した温室効果ガスの大半は、その生産段階、つまり農地を耕す段階で排出されている*2。 つまり、農地を耕さない不耕起(ふこうき)栽培であれば、土壌中に炭素を蓄積できることになる。これまでの作業を少し変えるだけで、農地に炭素を吸収させられる。 たとえば、一次産品(小麦やトウモロコシなど)ばかりを育てるのではなく、数年おきにマメ科植物や飼料作物を植える。あるいは、土壌がむき出しになる秋にカバークロップ*3の種をまく等すると、有機物が蓄積され、土壌が炭素を吸収しやすくなる。気候変動を緩和できるだけでなく、土壌侵食の防止にもなる。
*2 すきや機械で耕すことで、土壌中の炭素が空気中の酸素に触れ、微生物によってCO2に変わる。
参照:Farming without disturbing soil could cut agriculture’s climate impact by 30% – new research
*3 作物を作らない期間に土壌侵食の防止目的で作付けされるイネ科やマメ科などの植物。
農業デジタル化(精密農業とも呼ばれる)の一環として、ビッグデータと人工知能を活用した新世代のスマート農業機器を使えば、炭素排出をセーブした食料生産が容易になる。農家は自分たちの農地が温室効果ガスをどれくらい吸収できたかが分かりやすくなり、環境へのプラスの影響を可視化できる。
2.バイオ肥料
これまでは、窒素肥料をつくるには大量の化石燃料が必要だった。さらに、肥料の最適な量・時期・場所の判断は難しく、肥料を過剰に撒いてしまったために温室効果ガスの排出や水質汚染を引き起こしているケースも多い。この問題解決を目指すのが新世代の「バイオ肥料」だ。作物と共存できるよう改良された微生物を使い、環境から栄養素を取り入れ、それを無駄なく作物に与えることができる。
3.精密発酵
人類は太古の昔から、微生物を利用して、砂糖やでんぷんを発酵食品(ビール、ワイン、パンなど)へと変えてきたが、今後は、微生物を使って特定の動物性たんぱく質を量産する「精密発酵」の技術が多くの食品に用いられるだろう。
精密発酵の技術は、すでに数十年前からインスリンやチーズ作りに使われてきた。米国では精密発酵による乳たんぱく質を使ったアイスクリームが認可され、市販されている*4。 今後、精密発酵による食品がスーパーの棚に並ぶのも時間の問題だ。
これまで廃棄されて温室効果ガスを発生させていた廃棄物(醸造工程で出る“使用済み穀物”、植物由来のたんぱく質から出るでんぷん等)に発酵微生物を与えれば、有機廃棄物から、環境負荷の少ない高付加価値の商品を製造できるようにもなるだろう。
*4 参照:BRAVE ROBOT
ある工程で発生する廃棄物が別工程の貴重な原料となる循環型の食品生産システムを展開できるかどうかが今後の鍵を握る。(Shutterstock)
4. 垂直農法
新鮮な果物や野菜を収穫してすぐに食べる美味しさは格別だ。しかし残念ながら、カナダ、米国北部、北欧で食べられる生鮮食品のほとんどは、米国南西部や南半球の大規模農場から運ばれて来ている。長距離の冷蔵輸送による二酸化炭素排出量は莫大で、運ばれてきた農産物の品質も決してベストではない。
そこで、エネルギー効率の良いLEDライトを使って、消費地の近くで年中作物を生産する「垂直農法」で、問題解決を目指す動きが進められている*5。生育環境を完全に制御することで、従来の農地よりも水の使用量や労働力を抑えられ、狭い土地で新鮮な果物や野菜を大量に育てられる。
垂直農法の取り組みが特に盛んなのは、北米やヨーロッパ、シンガポール、日本*6だ。エネルギー消費がどれくらい優れているかについては論議を呼んでいるものの、再生可能エネルギーを採り入れて、カーボンニュートラル(大気中の二酸化炭素量を増加させない)な生鮮食品を一年中食べられるようにする動きは確実に増えている。
*5 参照:Vertical Farming for the Future
*6 参照:植物工場研究会
垂直農法で栽培されているロメインレタス。 (Brandon Wade/AP Images for Eden Green)
5. バイオガス
家畜の排泄物も、水質汚染や温室効果ガス排出の原因となるため、その管理が大きな課題となっている。しかし、排泄物を嫌気性(酸素のない状態)消化装置で発酵させられれば、自然発生するメタンを環境にやさしいバイオガスに変えられる。
しっかりと設計すれば、都市部で発生した有機廃棄物を再生可能エネルギーに変えられるので、農業が持続可能なエネルギー社会の実現に貢献させられる。すでにカナダ・オンタリオ州の農場で実用化され、バイオガスが化石燃料に取って代わり、農家の収入増をもたらしている。
過去記事
最新技術の組み合わせで循環型のアグリフードビジネスへ
これらの新しい技術は、組み合わせることでさらに面白くなる。たとえば、畜産農場で回収したバイオガスを、(動物由来の原料を使用していない)アニマルフリーの乳製品工場での発酵に使う。また、植物性たんぱく質(エンドウなどマメ科植物から取れる)が、環境再生型農法を用いた農場で生産され、地元で加工されたなら、その工程で残ったでんぷんを精密発酵に使うこともできる。このような方法を大規模に展開できれば、農業の持続可能性を向上させられるだろう。
ある工程で発生する廃棄物が別工程の原料となる、そんな循環型のアグリフードビジネスを展開させられるかどうかが今後の鍵を握る。農地から食卓に届くまでの過程でどれだけの炭素量が発生しているかをトラッキングできれば、よりそのメリットが感じられるのではないか。
世界はいま、今世紀最大ともいえる課題に直面している。増加し続ける人口に栄養バランスの取れた食事を届け、気候変動の問題に取り組み、多くのいのちがつながる生態系を守っていかなければならない。カーボンニュートラルな循環型の食料システムを実現する技術は、ものすごい勢いで成熟段階に向かっている。今回紹介した5つの技術が一般的になるまでに数年もかからないだろうし、こうした技術を使えば、世界規模の脅威に耐えられる強靭な食料生産システムを構築していけるはずだ。
著者
Rene Van Acker
Professor and Dean of The Ontario Agricultural College, University of Guelph
Evan Fraser
Director of the Arrell Food Institute and Professor in the Dept. of Geography, Environment and Geomatics, University of Guelph
Lenore Newman
Canada Research Chair, Food Security and the Environment, University of The Fraser Valley
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年5月18日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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