ホームレス問題は、社会のどこが包摂的でないかを教えてくれる/オンライン・スタディツアーにビッグイシューと販売者が登壇

ビッグイシュー日本では、企業の研修などで、ホームレス問題や取り組みへの理解を深める講義をさせていただくことがあります。

今回はマルイグループユニオン(※1)と株式会社Ridilover(以下リディラバ ※2)の企画による、社会課題の現場を体感するオンライン・スタディツアーに、ビッグイシュー日本がゲスト講師として参加。


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「ホームレスの実態から考える、インクルーシブな社会を実現するための道のり」と題し、ビッグイシュー日本・東京事務所長の佐野未来と、販売者のヤマノベさんが、社会課題解決への現場と当事者の声をお伝えしました。

※1:マルイグループユニオンは、株式会社丸井グループの企業内労働組合として、社員の社会課題への関心を高める取り組みを行っています。
※2:株式会社Ridiloverは、社会問題の解決に向け、「社会の無関心の打破」を理念とした事業を展開しています。https://ridilover.jp/

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左から、販売者・ヤマノベさん、佐野未来、清水一樹さん

「ホームレス問題」の構造とは

オンラインツアーでは、まずリディラバの清水さんが講師として「ホームレス問題の構造」を説明しました。

「ホームレス」とは家がない「状態」を指すことであり、人種や人格ではないこと。厚労省の調査で、ホームレス状態にある人は年々減ってきているが、これは野宿者、路上生活者のみを数えている結果であること。

また、例えばネットカフェで寝泊まりするなど、「家がない状態にある人」や、DVを受けている人、経済的問題で家に住み続けられない人など、「支援がなければ家をなくす可能性のある人」は日本ではまだ法的な定義でホームレス状態にあると認められていないことや、ホームレス状態になる理由は非常に多様であり、見えにくいことを説明。

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当日のスライドより

参加者のコメントから:
「定義の仕方によって、ホームレスへの印象や見方がすごく変わりそうですね」

さらに、ホームレス問題を考えるときのポイントを解説。
「お金・住居は有形の資産であり重要なのですが、より大切なのは、家族・友人、仕事、健康、自尊心などの無形の資産であり、たとえ有形の資産を失っても、無形の資産がある限りは即ホームレス状態になりにくいです。」

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「一度ホームレス状態に陥ると、抜け出すのは非常に困難です。」
なぜなら、住む家、住所・住民票、携帯電話、お金、仕事などのさまざまな資産は密接に関連しており、これらを失った場合、一気に回復するのは大変難しいからです。

参加者のコメントから:
「住民票がないという状況、これは想像するのが難しいです」

次に、ビッグイシューの活動について雑誌1冊450円のうち、販売者の取り分は半分以上の230円であること、自分の意志決定で行った販売の仕事と、得た収入、仕事で得た人間関係など、失った資産を積み上げていくこと、もう1回階段を登り直すための支援事業であるのだと紹介いただきました。

そして、「ホームレス問題」のまとめとして、清水さんは、今まで路上生活者という「見えるホームレス」しか認識できていなかった状態から、家はあるけど、困窮している生活状況にある人など、「見えづらい領域」にどれだけ想像力を持って意識を向けることができるかが重要であること、つまり、今見えている世界の先に問題の本質があり、それは社会全体、全員の問題であることが話されました。

参加者のコメントから:
「私たちが想像している以上にホームレス状態の方が多いのかもしれないですね」

「日本では100%失敗する」と言われた事業が、20年近く続いている理由

そして清水さんの司会でビッグイシュー日本・佐野が、参加者から寄せられた質問に答えていきます。

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――社会課題解決とビジネスの両立についてお聞きしたいです。路上だけで雑誌を売るというのは、日本でうまくいく感覚はありましたか?

佐野:当初、ホームレス支援に携わっている方々や雑誌出版にかかわっている方々には「日本では100%失敗する」と言われました。書店を通さない販売方法や、路上生活者への偏見、文化の違い、紙媒体であることなど、いろいろなご意見があったのですが、結局20年近く続けることができています。購読者の方が、ホームレス問題や社会課題の解決に目を向け、応援してくださった結果だと思います。

――雑誌の売上の半分以上が、ホームレス当事者=販売者の取り分となっていますが、この販売モデルで、収益化と困窮者支援の両立は可能ですか?

佐野:2003年の日本版創刊当時より、有限会社ビッグイシュー日本では、主に雑誌の制作と、路上生活者がすぐに始められる販売の仕事の提供を受け持ち、2007年からはNPO法人ビッグイシュー基金という組織を立ち上げ、販売者、生活困窮者の方への伴走支援を行っています。

行政や他の支援団体との連携、個々の困窮者の方への細やかな支援はNPOのほうがやりやすいです。当事者からお金をいただけない活動なので、たくさんの市民の方の寄付参加によって活動しています。長く続けてきて応援者も増えて、NPOの運営は安定してきました。一方で、有限会社のほうは販売者が減ることで販売部数が徐々に減り、コロナ禍前まで赤字が累積していました。

――コロナ禍で、雑誌の販売に影響がありましたか?

佐野:外出自粛の期間は路上販売の売り上げが激減し、経験したことのない世界的感染爆発という状況の中で販売者の収入や生活、命をどう守っていくかが課題でした。そこで「コロナ緊急3ヵ月通信販売」という定期購読制度をスタートしました。この通信販売が始まると、定期購読者数が一気に増えました。

その結果、毎月末に販売継続協力金として、数万円ずつ各販売者さんに分配してお渡しすることができ、路上販売での、落ちた売り上げ分の補填としていただくことができました。そのほかに夏と冬の販売応援グッズの配布や感染症対策などにも力をいれることができました。またありがたいことに、会社の累積赤字も大幅に減らすことができました。現在第10次の募集中です。

「販売者が増えたら、競争相手が増えることにならないですか?」販売者・ヤマノベさんに質問

ここからは販売者・ヤマノベさんに、参加者から寄せられた質問とともにお話を伺います。

――ヤマノベさんは、地下鉄・渋谷駅B7出口・エレベーターホール前で販売していらっしゃるんですよね。どういった経緯でビッグイシューの販売を始めたんですか?

ヤマノベさん:5年ほど前、炊き出しに並ぶため上野から新宿に歩いている途中で九段下の販売者と出会い、親切にいろいろと教えてくれました。ビッグイシューは今日からでも販売できることとか。それで事務所に電話して、次の日から販売できるように、スタッフの方がサポートしてくれて、という感じですね。

――年に数回か、ホームレス状態の方が襲撃されるニュースを見ますが、ヤマノベさんが以前、路上で寝ていたとき、危険性は感じましたか?

ヤマノベさん:襲撃されるリスクが高い場所はあると思います。私は、炊き出し会場で知り合った人たちと、どこが安全な場所か情報交換して、数人で固まって野宿していました。また当時、身の回りの貴重品は全部(駅などの)ロッカーに入れてから寝ていました。

――販売時間や、1日の販売冊数はどうですか?

ヤマノベさん:今は、渋谷駅に立って日が浅いので、数時間でもなるべく毎日立つようにしています。リニューアルしたばかりの都心の駅なので、まずは販売していることを認識してもらわないと、なかなか浸透しないと思うので。だから、日によって販売数はまだバラツキがあります。以前に中野駅で販売している頃は、ほぼ固定のお客さんでした。

――もし日本で販売者になりたい人がたくさん増えたら、縄張り争いのようなことは起きませんか?

ヤマノベさん:渋谷、池袋など大きな駅では、立っていても目立たないし、素通りされることも多いです。販売者が増えることは、相乗効果でむしろ良いことだと思います。「今日は東口に販売者がいないから、西口まで行こう」というお客さんはあまりいらっしゃらないので。

――なぜ、生活にお金のかかりそうな都会で、路上生活者が多いのでしょうか?

ヤマノベさん:東京や大阪の大きな町では、炊き出し(弁当配布)や、支援団体の無料の食料提供があることと、日払いの仕事がたくさんあることが理由だと思います。あとは、地方の駅や公共の場所で寝ていると、必ず通報されますが、都会だと誰からも関知されないからだと思います。

佐野:おっしゃるように、仕事があることが大きいと私も思います。地方で仕事がない、地方に戻っても定住してお金を稼げないということが、都会で路上生活者が増えることの原因にもなっているんじゃないかと。

――販売者さんと話をして、素敵な言葉をかけられて感激した参加者の方もいらっしゃるみたいです。販売時の決まりやマニュアルはありますか?

ヤマノベさん:マニュアルはないです。渋谷駅での販売では、最新号のほか、バックナンバーも並べているので、購入時には雑誌のバックナンバーの説明を丁寧にしたいと思って販売しています。最新号より、バックナンバーを買う方が多いです。

――販売者さんによって、販売しているバックナンバーの数や、販売場所の工夫もぜんぜん違うんですよね。それもすごく面白いです。

参加者の感想コメントから:
「1人1人のアイデンティティを受容しながら、ライフスタイルをサポートしていくのはまさにインクルーシブですね!」

ビッグイシューさんが向き合っていることは、単にホームレス支援という問題だけでなく、偏見や差別、多様な価値観を受け入れること。その日食べることもできない方などを想像すると、なぜフードロスがあるのか?という疑問など。四方八方にいろいろな問題に直面しますね。

自立とは?ゴールとはなにか?

――ビッグイシューの卒業の定義とかあるのでしょうか?「自立してアパートを借りたら卒業」みたいな…。

佐野:販売者が、ビッグイシューから次のお仕事に移行したら、卒業という形になります。しかし、時代が移り変わってきて、自立の定義が人それぞれ違う場合もあるのかなと思います。例えば、私たちスタッフがヤマノベさんの働き方や生活を見ていて、「ヤマノベさんは、まだ自立していない」とは、思えないんですよね。誰が見ても、自立した生活をされている。

ヤマノベさん:人によってゴールが違うと思うので、「ここまでやったから自立だ」という人もいれば、「まだだよ、もうちょっと上だよ」という人もいるだろうし。

――支援で言うと、何をもって「支援事業が達成された」と言えるのかなと思うこともあります。自立という言葉は大事ですが、一人ひとりに向き合えた事業だったのかどうか、そこを議論していくことも大事なのかなと感じます。

佐野:イギリスやオーストラリアのビッグイシューでは、5、6年前から「仕事の選択肢がほとんどない状態の人」ができる仕事を作る、という方向の支援に切り換わってきています。ホームレス状態ではないが、障害を持つ地方在住の方が、スーパーの前でビッグイシューを販売している、というのを聞いたこともあります。

――今日からできる仕事、選択肢がない方ができる仕事、確かにそれが必要ですね。佐野さんの姿勢は、どういうモチベーションから来ているのですか?

佐野:困っている人が目の前にいるからですかね。皆さんそれぞれ、抱えている問題や、適切な解決法は違っていたりします。

「困窮している人は、見えている場所や、路上にいるとは限らない」というお話が清水さんからありました。今はインクルーシブな社会じゃないから、そこからこぼれて、底のほうまで落ちてしまう人がいるんですよね。今では自分だっていつそうなるかわからないと思っています。誰にとっても、そうならない社会になってほしいなと願っています。

どこに課題があるか?販売者の経験から学ぶ

――最後に、参加者の皆さんへメッセージをお願いします。

佐野:販売者になって働く方たちは、(社会のセーフティネットから)こぼれ落ちてきた経験を持っている方たちで、どこに穴があって、どこからこぼれ落ちたか、社会のどこがインクルーシブではなかったかを教えてくれます。

私たちのもう一つの役目は、ビッグイシューの事業を通じて販売者や当事者から学んだことを発信して、市民に働きかけていくことだと思っています。NPOでは調査や政策提言なども行っていて、これはホームレス状態になるまで困窮する人が出る前に、手を打って防ぎたい、抑止したい、そのための社会の仕組みをみんなで考えたいという思いからです。

こぼれ落ちたときの当事者の精神的な傷やそこからの回復の道のりの長さ、ホームレス自立支援にかかる社会的コストなどを考えると、底に落ちる前のどこかでキャッチしてサポートしたほうが、結局は本人にとっても、社会にとってもダメージは少ない。ホームレス状態の方を減らすためには皆さんをはじめ、多くの方と協力し合って、社会の仕組みをよりインクルーシブにしていけたらと願っています。今日はありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

記事作成協力:都築義明
サムネイル:Myo Min Kyaw/Pixabay

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『ビッグイシュー日本版』販売者に会いにゆく:「ヤマノベさん」


オンラインツアー(2022年7月)出演者:
【司会・講師】清水一樹さん(株式会社Ridilover)
【ゲスト】佐野未来(有限会社ビッグイシュー日本 東京事務所 所長)、ビッグイシュー販売者・ヤマノベさん
【企画・主催】マルイグループユニオン・株式会社Ridilover