ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。始まった後継犬の追跡訓練と、ゾウを国立公園に移動させるオペレーションについてレポートが届いた。
※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする。
追跡犬ユニットで訓練開始の子犬
成長が楽しみな「トゥイグット」
新しく追跡犬ユニットで訓練を始めた、マリノア(※ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア。ベルギー原産の牧羊犬種)の子犬。カレンジン族のハンドラー(※犬の調教師)が「トゥイグット」と命名した。なんでもカレンジン語で「鼻の黒い犬」という意味らしい。前にいた「セロ」もマサイ語で「黒い犬」、そのままの命名が多い。
トゥイグットはナイロビ郊外のリムル地方のブリーダーから手に入れた。マリノアの子犬の追跡訓練は初めてだったので、どのような犬なのかあまり予測はできなかった。トゥイグットには追跡訓練で一番大切な〝物を探すこと〟(これは探知犬も同じ)への執着心が強かった。彼が特に好きなのがハンドラーを探し出すことだ。
トゥイグットは生後9週間になった時、大好きなハンドラーが隠れると、なんとか見つけようと一所懸命にあたりを探し続けた。鼻を使うことはまだできず、視力だけを頼りにハンドラーを探し続け、ハンドラーが見つかると大喜びしていた。いい傾向である。訓練をする価値がある子犬である。
訓練中の子犬のトゥイグットとベテランハンドラーのキプロノ
そこで、マサイマラ保護区のンギラーレ・レンジャー・ステーションでベテランハンドラーのキプロノ、唯一の女性ハンドラーであるジェニファー、若手の敏腕ハンドラーのセイヨによって訓練を受け始めた。ちなみに、トゥイグットは「アフリカゾウの涙」の支援者のみなさんからの寄付で追跡犬ユニットに入った子犬である。
ご褒美にビスケットを探すも
好物はビーフジャーキーだった
トゥイグットの訓練をスタートした最初の週、キプロノが「この子犬は、訓練後のご褒美のビスケットが好きじゃないが、どうしたらいいか」と問い合わせてきた。追跡訓練の最後に、犬は偽の密猟者となって隠れているハンドラーを見つけることができると、ご褒美にビスケットがもらえる。
一方、探知犬の場合は食べ物よりもボール遊びがご褒美である。どんな犬の訓練でも、何を報酬にすれば一番喜ぶかによって、ご褒美アイテムは変わってくる。キプロノにトゥイグットは一体何が好きなのかと聞いてみるが、ビスケットやボールにはあまり興味を示さず、唯一好きなのがハンドラーと遊ぶことだという。
しかし、ハンドラーと遊ぶよりもご褒美アイテムを喜んでくれれば、訓練は楽になる。そこで、ナイロビから取り寄せたいろいろな種類のビスケットを試すことにした。結局それら多くの中から彼が唯一好きになってくれたのは、犬用のビーフジャーキーだった。トゥイグットの好きなものがわかると、キプロノは「これでやっと訓練がスムーズにいく!」と大喜び。
早速ナイロビから大量のビーフジャーキーを購入して、訓練に力を入れ始めた。その結果、トゥイグットはどんどん上達していったのである。ヌーの大群がやってくる7月前には、人の背丈ほど伸びたマサイマラの草の茂みの中で懸命に追跡するようになった。その姿を見て将来が楽しみになった。
ヘリコプター、セスナ、四輪駆動
クレーン付きトラックが必要
6月に入って、ツァボ国立公園でケニア野生動物公社の獣医であるリモ先生と再会した。彼とはマサイマラで10年近く一緒に仕事をしていたことがあり、個人的にも仲のいい友達である。彼は3ヵ月ほど前にマサイマラからツァボに異動したため、久しぶりの再会だった。
ツァボに着くと、リモ先生の前任者もいたことから、3人で翌日のゾウのトランスロケーションに参加することになった。トランスロケーションとは、野生動物を麻酔で眠らせて違う公園に移動させるオペレーションのことである。
今回移動される雄ゾウは、ツァボ国立公園の夜間電気フェンスを自分の胸を使って倒し、公園の外にある農家の作物を台無しにしている個体だった。どうやら農家のスイカ、トウモロコシ、カボチャなどを食べているらしい。収穫前に何エーカーもの畑を台無しにされたら、農民もたまったものではない。村長がケニア野生動物公社に苦情を出し、このトランスロケーションが行われることになったそうだ。
トランスロケーションは、ヘリコプター、セスナ、数台の四輪駆動、そして巨大なクレーン付きのトラックが必要で、莫大なお金がかかるオペレーションである。まずセスナが前日と当日に国立公園の上を飛んで、移動する個体を探す。その間、ヘリコプターと車は近くで待機する。一度個体が確認されると野生動物獣医がヘリコプターに乗り込んで、上空から麻酔銃でゾウに麻酔薬を投与する。その後、車はヘリコプターが飛んでいるエリアまで即座に移動し、ヘリコプターは麻酔が効き始めたゾウをブッシュ(草むら)から道路のある場所まで誘導する。
巨大なクレーン付きのトラックなしでは成り立たないトランスロケーション
麻酔銃で眠らせ、トラックで輸送
巨大な国立公園の真ん中まで
この日は、最初の麻酔銃のダート(矢の形をした注射器)から、薬がゾウに投与されず、2本目のダートが放たれた。ダートが風で飛ばされて斜めに刺さったり、骨に刺さったりすると、その影響でダートの中の薬が投与されないのである。2本目のダートがゾウに撃ち込まれて15分以上も経過したが、一向にヘリコプターからゾウが倒れたという連絡は入ってこず、私たち地上チームは待機し続けた。
結局20分も経ったのち、麻酔が効き始めてゾウが倒れた。ゾウが倒れると即、首の回りに、今後に備えてゾウの移動パターンを把握するための無線コラー(首輪)が装着される。さらに、太い縄で両足を縛られてクレーンで移動トラックの上に乗せられる。私はその輸送トラックの上に、他の獣医たちと一緒に乗り込んだ。
2本目のダートでやっと麻酔薬が効き始めたゾウ
その後は、ツァボ西国立公園とツァボ東国立公園の真ん中を走っている高速道路を1時間移動。移動トラックの前後にはレンジャーのパトロールカーが走って、前後の一般車と距離を置くよう指示をして安全を保っている。麻酔が覚める前にゾウを移動しないといけないので、輸送はかなりのスピードである。
高速道路を猛スピードで走るゾウを載せたトラックに、長距離バスの乗客も驚く
猛スピードで走行していくトラックの上で眠るゾウを見て、バスの乗客は驚いた表情で窓から顔を出している。さらに高速を降りてから公園のゲートを通過し、その後さらに1時間かけて、ゾウを農家からほど遠い巨大な国立公園のど真ん中まで移動するのに成功した。しばらく公園内でおとなしくしてくれることを祈って、私たちは長い一日を終えて帰ったのである。
「アフリカゾウの涙」寄付のお願い
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、必ずメールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)
寄付振込先
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ
https://www.taelephants.org/futuresupport/index.html
たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務する。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
https://www.taelephants.org/
関連記事
滝田さんの連載の中でも人気の野生のキリンとのエピソードはこちら
「
▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。