ウクライナ戦争の終わりが見えない。戦禍を逃れて中欧諸国に流入する避難民、高騰するエネルギー価格への不満など、ヨーロッパ内の緊張は高まる一方だ。ウクライナが砲撃にさらされるのを目の当たりにし、ヨーロッパ諸国の人々は民間防衛(武力紛争等の緊急事態に備えて、一般の市民が行う非軍事的な防衛行動)の至らなさを思い知らされてもいる。カナダ・ヨーク大学の災害危機管理学准教授ジャックL・ロズディルスキーが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
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ウクライナの首都キーウに425基の核シェルターを新設中
ロシアが核兵器を使用する口実を探し求めているのは、昨今の状況からも明らかだ。2022年11月、CIA長官はロシア対外諜報庁長官との会談で、ウクライナで核兵器を使用しないよう警告した。しかしウクライナの首都キーウでは、核戦争に備え425基のシェルター設営が進められている*1。欧州では、コロナ禍で自宅待機を余儀なくされるよりも、シェルター避難生活の方が不安だとこぼす人もいる。
*1 参照:Kyiv says it is preparing 425 shelters in case of a Russian nuclear attack
「核戦争に対する民間防衛」を研究テーマとしている筆者は、教員交流で滞在していたチェコ共和国の首都プラハで、放射性降下物シェルター(いわゆる核シェルター)がどれほど普及しているかについて実地調査した。その結果、冷戦時代の名残である防空壕が、現在でも市民を核戦争から守るために使用可能な状態にあることが分かった。
チェコの市民防衛インフラ
1989年のビロード革命により誕生したチェコ共和国だが、20世紀の大半は「チェコスロバキア」としてソビエト連邦の影響下にあった。東西冷戦下では外敵から国を守ることが責務とされ、軍事主義のイデオロギーと相まって、地下壕を建設する大規模な土木事業が進められた。
市民防衛の発展を支えたのは、防空壕の建設だけではない。国防についてのモラル、体力増強、市民防衛訓練に焦点を置いた学校教育も重要視された。1989年に「鉄のカーテン」が消滅すると、チェコ共和国の市民は共産主義をはねつけて議会制民主主義を選んだが、共産主義時代の市民防衛インフラは、ほぼそのまま残っている。
プラハ市全体で768基のシェルター、約15万人を収容可能
2019年時点で、プラハ(人口約130万人)には768基の常設シェルターがあり、およそ15万人の収容能力があるとされている。地方自治体にはシェルターを提供する法的義務があり、丘の中腹に掘られたもの、地下鉄の奥深くのトンネル内に設けられたもの、建物の地下にあるものなど、さまざまな形態がある。
ヴラノフ、チェコ共和国 – 軍事要塞 – 第二次世界大戦からの抜け穴を持つチェコスロバキアの要塞/iStockphoto
筆者が訪れたベゾヴカシェルター(プラハ市ジシュコフ地区)は、パルカーシュカ公園内にあり、落書きだらけの鉄筋の扉を開けて入るものだった*。1950年代半ばに建設され、2千人以上を収容できる。現在は、観光やナイトライフのスポットになっているが、シェルターの一部は一般公開され、冷戦時代の暮らしを紹介するツアーも行われている*2。核兵器による「アルマゲドン(最終戦争)」が起きたらどんな暮らしが強いられるかを紹介するジオラマやゴム製のガスマスクを着けた子どものマネキンなどもある。
*2 写真はこちらを参照。
フォリマンカ防空壕(プラハ2区)も訪れた。この地下壕は1962年に建てられ、近隣住民のための公的シェルターで、迷路のような地下室を125メートルの回廊がつなぎ、全体の広さは1,332㎡にも及ぶ。発電機、水道、換気システムが設置され、現在でも1,300人を72時間かくまうことができる。プラハのサービス管理局が運営し、一般開放されてガイドなしの見学ができる週末もある。
時代遅れの機材
地下壕は、ポスト共産主義国の「美的感覚」を体現してもいた。廃墟と化しつつある迷路のようなトンネルの中で時代遅れの機材に囲まれていると、まるでディストピアの地底の荒野にいるように感じられた。しかし長年の間に、斬新なクリエイティブなかたちで再利用されるシェルターも出てきている。美術館、観光スポット、脱出ゲームの会場、ナイトライフやライブの場、クリエイティブなアート展示、倉庫などと、新しい用途で転用される事例が増えているのだ。
確かにプラハには、大勢の住民がシェルターを利用できる状態にある。しかし、核シェルターの準備ができていれば、核戦争がもたらす恐怖が和らぐわけではない。たとえプーチン大統領が核兵器使用という凶行に及んだとして、そんな人道的緊急事態に適切に対応できる国および国際機関はないだろう。世界の大半では、自国民を守る妥当な手立てすら講じられていないのだから。
By Jack L. Rozdilsky
Courtesy of The Conversation / International Network of Street Papers
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