避妊や中絶を阻止しようとする勢力が拡大中ーー米オレゴン州クリニックのいま

米連邦最高裁は2022年6月下旬、人工妊娠中絶を米国の憲法で保障された権利として認めない判決を言い渡した(ロー対ウェイド判決*の逆転)。これにより、各州は独自の州法で中絶を禁止できるようになり、中絶や避妊への監視プレッシャーが高まっている。


* 多くの州で違法とされていた人工妊娠中絶を、初めて憲法上の権利として認めた米最高裁の判決。中絶を禁止した当時のテキサス州法に対し、「憲法で保障されている女性の権利を侵害している」などとして違憲判決を下した本判決は、その後の中絶合法化の契機となった。

保守派勢力が強い州(テキサス、オクラホマ、アイダホなど)ではとりわけ、中絶の規制強化が進んでいる。ストリートペーパー『ストリートルーツ』が拠点を置く米オレゴン州は、現状、制限なしに中絶を受けられる数少ない州のひとつだが、医療従事者たちは、粉骨砕身の思いで州外から訪れる女性たちをサポートしている。

性と生殖に関する医療サービスを提供する非営利組織「全米家族計画連盟コロンビアウィラメット」のCEO代行を務めるケンジ・ノザキは言う。「中絶へのアクセスが危機的な状況になる。いま、私たちが一番恐れていたことが現実になろうとしています。2023年の夏までに26の州が中絶を禁止するとみられており、そうなると(生殖可能年齢になる)約3千600万人の女性と、これから妊娠するであろうさらに多くの人々が実質的な打撃を受けるでしょう」

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PHOTOS BY MELANIE HENSHAW

中絶を禁止・制限する州が増える中、中絶を受けたい女性たちは、より遠くまで行かなければならない。ポートランドで中絶処置を受けられるリリスクリニックの広報担当グレイソン・デンプシーは、「患者のおよそ25%は州外からで、10%は(中絶禁止法が最も厳しい)テキサス州からの患者です」と話す。ノザキも、他州の中絶を制限する法律が、すでにオレゴン州のクリニックに影響を及ぼしていると感じている。「生活拠点からますます遠い場所まで足を運ばねばならず、今後はもっと増えるでしょう」

オレゴン州東部のアクセス問題

制限なしに中絶を受けられるといえど、オレゴン州の東部に暮らす者にとってはあまり安心できる状況ではない。女性政策研究所によると、オレゴン州では女性の22%が中絶クリニックが存在しない郡エリアに暮らしている。カスケード山脈の東側に限ってみると、デューツ郡ベンド市にクリニックが一軒あるのみだ。しかも、このクリニックで受けられるのは妊娠満14週までの処置なので、その段階を過ぎた者(当クリニックを訪れる中絶希望者のおよそ7%)は州西部か州外に出向く必要がある。州外となると、ワシントン州のワラワラかアイダホ州ボイシーに行くことになっていたが、アイダホ州は中絶の違法化に動いている。ちなみに、CDC中絶監視システムのデータによると、米国では中絶処置の大半(92.7%)は妊娠13週までに行われ、14〜20週が6.2%、21週を過ぎるケースは1%以下だという。

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デンプシーが「中絶砂漠」と呼ぶ地域はオレゴン州東部に限らない。米国医師会の臨床誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション」の調査によると、中絶希望者の約90%が「距離が障壁となっている」と回答している。

“長距離移動は旅費がかさむだけでなく、仕事を休まねばならず、まわりに中絶を受けることを打ち明けないといけない、子どもの世話を頼まないといけないなど、さまざまな負担がのしかかる。中絶を受けるタイミングが遅れれば妊娠期間が長くなり、治療費用も高くなり、さらなる費用負担がのしかかる。”(調査報告書より)

アメリカ人の19%以上は、クリニックから50マイル(約80km)以上離れたところに暮らし、中絶処置を受けたい人の75%は経済的負担を感じている。

オレゴン州の週刊新聞マルヒュア・エンタープライズによると、全米家族計画連盟では、州東部にある人口1万1千人の町オンタリオにクリニックス開設の準備を進めているという。「州東部の人々がケアを受けられるよう、あらゆる選択肢を模索しています」とノザキ。中絶クリニックが都市部に集中し、地方部では選択肢が非常に限られるというのは、全米各地で見られる問題だ。

中絶アクセスに制限を設ける州が続々…

ほぼ50年間にわたり中絶権を保護してきた「ロー対ウェイド判決」が覆された事実は、1973年の判決以来、50年にわたり行われてきた、中絶反対派による強い働きかけが実を結んだかたちともいえよう。しかも、反対派の目標は判決の逆転だけではないとも危惧されている。「判決逆転に取り組んできた中絶反対派のアジェンダは、『よし、州レベルで中絶をコントロールできるようになった。これでOK!』とはならないと思います」とデンプシーは言う。「避妊薬の禁止、全国レベルでの中絶禁止といった行動に出てくると覚悟しておいた方がよいでしょう」。ノザキも同じような懸念を示す。「これは中絶反対運動の最終目標ではない、と彼ら自身も語っています。彼らの究極の目標は、連邦レベルで中絶禁止法案を通すことなのです」

緊急避妊薬や避妊への制約など、生殖の自由にさらなる制約がかかると懸念されている。近いうち、オクラホマ州のケビン・スティット知事は、「受精の瞬間から」中絶を禁止するという、米国で最も厳しい中絶法に署名するとも見られている。オレゴンの隣アイダホ州でも、緊急避妊薬や避妊へのアクセス制限など、生殖医療にさらなる制約を課すとみられており、そうなるとオレゴン州東部の人々にも影響してくるだろう。「女性や妊婦をコントロールしたい過激主義者たちがいて、彼らの意図はとても恐ろしいもの。何十年にも及ぶ働きかけにより、彼らには目標を達成する力があることを示したのですから」とデンプシーはこぼす。

「危機妊娠センター」がもたらす混乱

クリニックが存在する地域であっても、中絶希望者がケアを受けるには、ほかにもざまなバリヤが立ちはだかる。「危機妊娠センター(crisis pregnancy center)」とよばれる、中絶手術を受けないよう説得する非営利団体が存在するのだ。その多くは、宗教的または政治的な観点から運営されており、本来の医療施設ではないのに、“妊婦への支援サービス”を提供する医療施設を謳っている。

Google検索で“中絶(abortion)”と入力すると、「オプションズ360 ウイメンズ・クリニック」「プレグナンシー・リソース・センター」といった名前の団体が上位に表示される。だが、そこでは決して中絶処置は行われず、その代わりに、さまざまな方法で中絶を思いとどまらせようとする。都市部に集中する中絶クリニックと違い、危機妊娠センターは州の各地に存在し、地方では中絶クリニックの数を上回る。

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PHOTOS BY MELANIE HENSHAW
危機妊娠センター「オプションズ360 ウイメンズ・クリニック」は、グレンウッド・コミュニティ教会の付属団体。「中絶に代わる前向きな選択肢」を自称する。

「医療施設と思い込んで危機妊娠センターを訪れ、大きな落胆や腹立ちを覚え、トラウマ的な体験となったという話を患者さんから聞かされます」とデンプシーは言う。「(中絶するとの)自分の考えは決まっている患者さんでも、正しい情報を与えてくれる場所だと思って危機妊娠センターを訪れてしまうのです。そこで受け取った間違った情報を私たちが訂正しなければならないこともよくあります」

ベイカー市にある危機妊娠センターの一つ、ラカエル・プレグナンシーセンターのウェブサイトには、「妊娠サポートが必要なら、こちらまでご連絡を。思いやりにあふれた安全な環境で、プライバシーに配慮した支援サービスを無料でご提供します」とある。中絶に関する「事実」をお伝えすると謳い、「妊娠した?」と書かれたタブをクリックすると、7分のアニメ動画が流れ、胎児の体が引きちぎられる映像まで出てくる。またウェブサイトには、「中絶ピルを飲んだ後でも、プロテステロンを服用すれば、中絶効果を低減できると書かれているが、アメリカ産婦人科学会は、プロテステロンを服用しても中絶ピルの効能を低減できるとは科学的に証明されていないと訴える。そしてウェブサイトの一番下に小さな文字で、「ただし当センターでは中絶治療は行いません」と書かれている。ちなみに、この地域から最寄りの中絶クリニックまでは100マイル以上離れている。

ポートランドのクリニックの現状

ロー対ウェイド判決を逆転させるとの判断は、一般大衆には不評だった。超党派のシンクタンク「ピュー研究所」が1万500人の成人に調査したところ、米国民の61%が中絶アクセスを支持し、すべてまたはほとんどの場合において中絶を違法にすべきと回答したのは37%だった。

現在のところ、妊娠中絶を受けられるかどうかは州によって状況が異なる。ガットマッハー研究所によると、全国的には、中絶を受ける権利を支持している州に暮らす女性(13〜44歳)は38%に過ぎない。この数字には、ジェンダー・ノンコンフォーミング(社会的に求められるジェンダー規範に抗う人たち)やトランスジェンダーで中絶を希望する人たちは含まれていない。米国で2015〜2019年のすべての妊娠のうち、46%が「意図しない」もので、34%が意図しない妊娠で中絶に至っていた。

このとおり、米国における中絶の権利の先行きは不透明で、今後も論争は止まないだろう。妊娠中絶権擁護全国連盟(National Abortion Rights Action League)の活動家ミニ・ティマラジュは、次の声明を出した。「中絶ケアを受ける・提供することで、ますます多くの人たちが禁じられ、犯罪者とされる将来について、私たちは心構えをしなければならない。今はこれまで以上に、中絶ケアの提供者をサポートし、生殖の自由を求めて闘い、中絶権を守るために大胆な行動に出る擁護者を選んでいかなければならない」

ポートランドでも、中絶反対派の活動家が抗議の意を、時に暴力的なかたちで示してきた歴史がある。1992年には、現在は閉鎖したラブジョイ・クリニックに火が放たれた事件があった。「中絶反対派は確かに存在する」とデンプシーは警告する。リリスクリニックの前にも中絶反対派が集まり、スタッフがいやがらせを受けることがあるのだという。だが、リリスクリニックではすべての患者に治療を提供するとの使命を果たしていく、とデンプシーは断言する。「ここのスタッフたちは皆、中絶処置を必要とする人がきちんと処置を受けられるよう、情熱を持って取り組んでいます。その決意はこれからも揺るぎません」

By Melanie Henshaw
Courtesy of Street Roots / International Network of Street Papers

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