阪神・淡路大震災を経験した167人に、ボランティアスタッフとともにアンケートを実施。寄せられた回答をもとに『地震イツモノート』をまとめた渥美公秀さん(大阪大学大学院教授)が語る、ライフスタイルとしての防災。
※この記事は、 2013年3月に発売された『ビッグイシュー日本版』210号特集より転載しています。
いつものライフスタイル。少しだけ視点を変えて
防災は肩肘をはらず、楽しく──。渥美公秀さんはそんな防災を提案する。「いつ大地震が起こるかわからない時代ですから、地震に備えるのは大切なことですし必要なことです。でも、誰もがそれぞれに、仕事や子育て、介護など、ほかに重要なことを担っていて、日々の生活の中でつねに防災を一番に考えるというのは難しいのではないでしょうか」
毎日、防災のことを特別に意識するのは難しい。また、地震の瞬間や直後は思うように行動できないことも多々ある。だからこそ、それぞれの「いつも」のライフスタイルの中で、「いつも」していることを少しだけ視点を変えて見直してみる。渥美さんが委員を務める「地震イツモプロジェクト」は、そういった観点からの防災の知恵と工夫を発信している。
たとえば、家の中。家具はたとえ倒れたとしても通路をふさがない配置になっているだろうか。懐中電灯や履物は手近なところに置いてあるだろうか。数日分の食料や水を備蓄しているだろうか。
「飲料を買う時は箱買いにするとか、ぶら下がったタイプの照明器具は落ちてくるので固定式のものにするとか、普段の生活の中でそういったことを気にかけておくだけでも違ってくると思います」
95年1月17日、渥美さんは当時自宅のあった兵庫県西宮市で阪神・淡路大震災に遭う。直後から近くの避難所でボランティアとして活動し、地域のネットワークの底力を見た。
「混乱した避難所で、人々を束ね、テキパキと活動している人がいました。さぞかし防災に取り組んでこられた方なんだろうと思っていたら、『ちゃうがな、地域の野球チームの監督やがな』と。そういう視点で見てみると、それまで地域で活発に活動してきた人たちがいろんな面で力を発揮していたんですね。地域のお祭りを運営していた人、花壇を花いっぱいにしようという活動をしていた人、人権問題に取り組んできた人たちのネットワーク……。いわゆる防災訓練に出ている人だけでなく、そういった日頃の活動、日々の人づき合いがいざという時に役立つのだと、ハッとさせられました」
人間関係を深めることが防災。震災経験者167人にアンケート
「地震イツモプロジェクト」は、阪神淡路大震災を経験した167人にアンケートを実施。閉じ込められた時には笛が役立ったなどの具体的な体験談、ガラスの飛散を防ぐフィルムを窓や姿見に貼っておくなどの防災のアイディアを『地震イツモノート』という1冊にまとめた。短く読みやすい文章と、アートディレクター・寄藤文平氏のシンプルで明快なイラストで構成されるその本には、地域の人間関係の構築も重要な防災であることが記されている。
「いつも挨拶をしていたこと、それが最大の防災でした──。ある人のその記述が印象的でした。いつも近所の人に挨拶をしていたら、いざという時に『あそこに住んでいるあの人は大丈夫やろか』と気にしてもらえたということなんです。人間関係を深めることは、命にかかわる防災だといえます」
阪神淡路大震災では、倒壊した家屋の下敷きになった人のうち約80パーセントが、近隣住民の手によって救出されたともいわれる。
「近所づき合い、囲碁サークル、犬の散歩……何でもいいんです。そこで出会った人に目を向け、そこでの知り合いを大切にしていく。そういったことも防災につながるんだとわかると、肩肘はらずに防災を考えることができるのではないでしょうか」
防災と銘打ったイベントや訓練には敷居を高く感じ、参加しにくいという人もいる。
「お祭りやスポーツ大会などに、クイズやゲームの形式で防災の知識を潜り込ませる方法もあります。また、子どもたちにまちを楽しく探検しながら防災拠点を知ってもらうプログラムもおすすめです。企画の準備に携わる大人も防災について学べますし、地域に知り合いも増えます。声高に防災を唱えるのではなく、このような『防災と言わない防災』なら、多くの人が楽しみながら参加できるのではないでしょうか。そしてそれが、『自分の身は自分で守る』ではなく、『自分たちの身は自分たちで守る』という支え合う社会につながっていくように思います」
(松岡理絵)
あつみ・ともひで Photo:中西真誠 1961年、大阪府生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科教授。NPO法人日本災害救援ボランティアネットワーク理事長。日本グループ・ダイナミックス学会常任理事。著書に『ボランティアの知』(大阪大学出版会)、編著に『防災・減災の人間科学』(新曜社)、『災害ボランティア論入門』(弘文堂)などがある。 |
※この記事は、 2013年3月に発売された『ビッグイシュー日本版』210号特集より転載しています。
ビッグイシュー・オンラインの災害・防災関連記事
・水俣市の「もやいなおし」の取り組み(関西大学社会学部教授の草郷孝好さんの講義より)
積極的に市民対話を重視する行政への転換、環境・経済・地域社会の結びつきを大切にするための政策や取り組みについて触れています。
・ドキュメンタリー映画『不都合な真実2』 が公開:世界各地で異常気象が起こる2017年の今、アル・ゴアが地球温暖化について伝えたいこと
『ビッグイシュー日本版』「防災」「災害」関連バックナンバー
THE BIG ISSUE JAPAN456号
「抗震力」究極の地震対策
https://www.bigissue.jp/backnumber/456/
ビッグイシューは最新号・バックナンバーを全国の路上で販売しています。販売場所はこちら
バックナンバー3冊以上で通信販売もご利用いただけます。