カナダでは住宅政策として、ホテルを買い上げ福祉住宅へと転用する動きがある。バンクーバーのストリートペーパー『Megaphone』によるレポート。
この記事は2020-05-01発売の『ビッグイシュー日本版』382号(SOLDOUT)からの転載です。
バルモラルホテルの外観。荒れた戦地に立つ塔のような姿だ
Photo: Paula Carlson
街から消えゆく手頃な住宅
劣悪な宿泊所に300人が入居
住みやすい街・住みたい街として世界から注目される一方で、北米で最も路上生活者が多い街の一つ、カナダ・バンクーバー。中流階級向けのマンションや店が増える陰で、低所得者向けの手頃な住宅は減り続け、路上で生活せざるを得ない人が増えている。こうした中、2019年11月にバンクーバー市は2棟の老朽化したホテルを各1ドルで収用することを決定した。今後、市の予算で改修が行われ、低所得者向けの福祉住宅となる。こうした目的でホテルの買い上げが行われるのは初の事例だ。
「これは歴史的な大勝利で本当にうれしい。手頃な価格の住宅が増えることを望んできましたが、困難な状況が続いていたので、市が後押ししてくれたのは驚きでした」。こう話すのは「ダウンタウン・イーストサイド簡易宿泊所協同組合(SRO-C)」のスタッフ、ウェンディ・ペダーセンだ。市議会や行政が動いた背景には、彼女のように長らく住宅問題に取り組んできた活動家たちの奮闘がある。
30年以上ハウジング支援の活動家を続けているウェンディ・ペダーセン
Photo: Paula Carlson
路上生活者が多く住むダウンタウン・イーストサイド地区では、低所得者向けの住宅として行政や支援団体による福祉住宅が整備されてきたが、それを補う受け皿になっているのが賃貸型の簡易宿泊所(SRO =Single Room Occupancy)だ。
オーナーがいるものの、実際の運営は支援団体などが請け負っているところも多い。一室平均30㎡ほどの広さで簡易な家具がついていて、台所や風呂・トイレは共用。平均家賃は年々上がり続け、月額約600カナダドル(約5万円)が相場だ(※)。今回収用された2つのホテル、バルモラルとリージェントホテルも簡易宿泊所として運営されていて300人以上が入居していたが、ネズミが出没したりカビが生えているような、崩壊しかけた“家”だった。
閉鎖されたリージェントホテルの入り口
Photo: Christopher Cheung
※ バンクーバー市のあるブリティッシュ・コロンビア州の生活保護支給額は、単身者で最大760カナダドル(約6万円)。
1年で低家賃住宅500室消滅
長年修理もせず放置のホテル
「(両ホテルを所有する)サホタ家はこれらの建物を30~40年間修理もせず放置していた。それに市はこの間、一体何をしていたのか? これは完全な怠慢だ」とハウジング支援の活動家サム・ダルマパーラは指摘する。2015年に市は、簡易宿泊所の改修費を公的に負担する条例を制定していたが、「十分な修理予算がないとばかり言っていた」とダルマパーラ。衛生面や安全面の適合基準に違反した環境のまま、住人たちは他に行く当てもなかった。
しかし17年6月、市議会は倒壊の恐れがあるとしてバルモラルの閉鎖を決定。翌年の6月にはリージェントホテルにも閉鎖を命じた。当初、市は強制退去させられた人たちを3つの公民館に避難させること以外は考えていなかったが、ペダーセンやダルマパーラと住人たちは定住できる部屋と補償金が用意されないかぎり立ち退きを拒否すると訴え、14日間、退去日まで座り込みを続けた。その結果、市はこれらの要求を受け入れ、住人は路上に出ずに済んだ。
2017年6月、バルモラルホテルの強制退去日に荷物を持ち出す住人
Photo: Michael Wheatley / Alamy Stock Photo
だが、これは一時的な解決に過ぎないと二人は見ている。「これらの住人が別の簡易宿泊所に移ったら、他のホームレス状態の人たちに充てられる部屋が減るだけです」とダルマパーラは言う。両ホテルの周辺エリアには何十年にもわたり約300人の低所得者が住んでいるだけでなく、各部屋の契約者の友人・知人が部屋に紛れ込んで一緒に住んでいたり、古びた建物の廊下に毎晩身を寄せているのは約1000人にのぼると推測している。
ダウンタウン・イーストサイドの地域調査によると、17年には(家賃の上昇なども含め)低家賃の住宅が計500部屋も消えた。一方、18年には公的予算により福祉住宅が77室増えたが、この中には仮設住宅も含まれている。「減った部屋数の穴埋めとして仮設住宅が作られますが、この対策も一時的なものです」とペダーセン。「必要なのは、仮設ではない形で手頃な価格の住宅を増やすこと」。だから今回のような、福祉住宅に改修するためのホテル収用は“歴史的勝利”だったという。
家賃増加率の上限を定める
「空室規制」の導入を目指す
家を求めている人の数に対し、手頃な価格の部屋は圧倒的に足りていない。貸し手が有利となっている状況で、適切に維持管理が行われていない簡易宿泊所は後を絶たない。「住人は、大家に向かって『修理してください!』とはなかなか言い出せません。大家の方が立場は上なので、そうした住人に対し立ち退きを要求したり、家賃を大きく引き上げることもできるからです。だから、腫れ物に触るような状況なのです」とペダーセンは語る。
バンクーバーで住宅問題の改善を訴えてきた議員、ジェーン・スワンソンは「“物件投資”“よい開発”などの言葉を見かけると心配になる」と言う。「もしこの物件が購入され、そこの住人が強制退去になったり家賃が上がったりしたら、路上生活者が増えてしまう。住宅価格の高騰は日々の脅威です。毎年1~2軒の簡易宿泊所が売りに出され、高収入を得られる賃貸物件に改装されて市場に出るのです」。華美なリノベーションを行い、月額家賃が1500カナダドル(約12万円)まで上昇したケースもあるという。
こうした問題を解決するため、スワンソン議員は「空室規制(Vacancy Control)」の導入に向けて奔走している。家賃増加率の上限を定めることで、住人が退去した後や退去させた後に家賃を大幅にアップさせることを禁じ、低家賃を維持させることが目的だ。また、住人や支援団体は立ち退きに怯えることなく、堂々と修理を頼むことができるようになると期待する。ペダーセンは「このまま何もしなかったら、路上生活者を増やしてしまい、結果的に州の財政的な負担が増えてしまうだけです」と言う。
バンクーバー市でホームレス状態にある人は前年より2%増え、少なくとも2223人は下らないとの調査結果が出ている(19年)。2019年12月、2つのホテルを収用されたサホタ家は州最高裁判所に対し、各ホテル1ドルの値札について不服を申し立てた。これにより福祉住宅へと変わる工事はいつ着手できるのか不透明となったが、今回の市の決定は確実な進歩と言えるだろう。
リージェントホテルの元住人で、市の収用決定に貢献した活動家の一人ジャック・ゲイツは今も前向きだ。「事が早く前進するよう、多くの団体や地域の人々と一緒に闘うつもりです。ここにはコミュニティの力がありますから」
(Simon Cheung & Jen St. Denis, Megaphone/INSP/編集部)
参照:CTV NEWS, Georgia Straight, 山本薫子「ジェントリフィケーションに抗する都市下層地域 ―居住保障と地域経済活性化の取り組みを中心に―」『日本都市社会学会年報』2016ほか
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