イタリア出身の写真家ロレンツォ・ミッティガは、カリブ海に浮かぶボネール島沖でサンゴが育つ現場をカメラで捉えた。育成中の稚サンゴに付いた藻を除去する作業や、めったに見られない産卵の瞬間――。その様子は、まるで“海底ガーデニング”のようだ。
以下は2021-12-15 発売の『ビッグイシュー日本版』421号からの転載です
6月8日、世界海洋デーの日に、写真家ロレンツォ・ミッティガはダイビング器材一式を身に着け、サンゴの“クリーニング・パーティ”に参加した。ここはベネズエラの北にあるカリブ海の小さな島、ボネール島沖(オランダ領)。この海では稚サンゴをグラスファイバーの木にくくりつけて育てており、約100人のボランティア・ダイバーが稚サンゴに付いた藻を約1時間かけて清掃する作業に臨んだ。
世界海洋デーの日、深さ6~8mでサンゴの“クリーニング”を行うダイバーたち Photos: Lorenzo Mittiga
この高さ約3mの奇妙な物体が潮にたゆたう様子を初めて見た時のことを、ミッティガは鮮明に覚えている。「なんだこりゃ?って思いました。まるでクリスマスツリーみたいでしたね」。
このグラスファイバーの物体はじつは、“苗床”の役割をしている。枝からぶら下がる釣糸に100〜150個の稚サンゴを付けて、海底に潜む外敵の手が届かない位置でサンゴの成長を待つのだ。
クリスマスツリーのような“苗床” Photos: Lorenzo Mittiga
“苗床ツリー”で育ったサンゴを竹のフレームに移植し、さらなる成長を待つ Photos: Lorenzo Mittiga
今回の藻の除去は、綿密に計画された「サンゴ育成」プロジェクトの出だしにすぎない。このボネール島全体は海洋保護区であるものの、海水温の上昇、病気の発生、沿岸地域の開発と汚染により、サンゴの生息域は劇的に縮小している。この“苗床ツリー”は、島のサンゴ再生を目的とする非営利団体「Reef Renewal Foundation Bonaire」が開発した育成方法の一つで、カリブ海の他の地域にも展開できるモデルケースとされている。
稚サンゴに付いた藻を除去する作業 Photos: Lorenzo Mittiga
“苗床”に稚サンゴを付けるダイバー Photos: Lorenzo Mittiga
同団体はここで稚サンゴを6〜8ヵ月ほど育てたのち、別の繁殖場所へ運び、竹のフレームに移植する。数年経つと竹は外され、サンゴ同士が融合し、シカツノサンゴらしいトゲの生えたドーム状へと成長するのだ。手間も時間もかかる育成方法だが、同団体の科学者は2024年までに10万のサンゴ個体を植えることを目標にしている。
ミッティガはもう一つ、神秘的で貴重なショーにも立ち会った。それは月が明るく照らすカリブ海の夜、この広大な海で起こるサンゴの産卵の瞬間だ。
サンゴが、卵子と精子が一緒に入ったカプセルを一斉に放出するのは年にわずか1時間だけだという(※)。「バンドル」と呼ばれるこのカプセルは、弾けると卵子と精子が水中に飛び出し、別の群体由来のものと接触した時に受精する。しかし、サンゴの数が少なくなるにつれ、その偶然の遭遇の可能性は低くなる。
※ ほとんどのサンゴは1年に1回、満月前後に産卵する。また、サンゴはイソギンチャクやクラゲの仲間で、刺胞動物(腔腸動物)に分類される。
同プロジェクトでは、科学者が海に潜ってカプセルを試験管に採取し、サンゴの仲人よろしく試験管を振って受精させる。そして、海中にまた放出する。
サンゴが産卵し、卵子と精子が入った白いカプセル(バンドル)が舞う海中。試験管に集め、受精を促す科学者ダイバー Photos: Lorenzo Mittiga
「私は本当に恵まれていると思います。だって、この地球の中でも巨大な生命体の繁殖に立ち会える人なんて、ほんの一握りなんですから」とミッティガ。彼は真っ暗な海に潜ったまま、ひたすらその時を待つ。絶対にタイミングを逃してはならない。カプセルが海中に放出される瞬間はまとまった雲のように見えるが、そのわずか10秒後には散り散りになってしまうのだから。
やがてサンゴの周りに小魚が集まり出した――産卵が迫っているサインだ。突如カメラのフラッシュが海の神秘を照らし出した。つむじ風に粉雪が巻き上がるかのように、何千もの白い粒が漆黒の海に立ち上っている。
「考えてみてください、サンゴの存続も成長もこのちっぽけな“宇宙船”次第なんです」とミッティガは言う。「大海を孤独に漂う卵の未来は、すべて運命に委ねられているんです」(Greg Foyster, The Big Issue Australia/編集部)
損傷したサンゴ礁の中からまだ生きている稚サンゴを見つけ、適切な場所に移植する Photos: Lorenzo Mittiga
Lorenzo Mittiga
1969年、イタリア・ローマ生まれ、5歳でダイビングを始める。オランダ領ボネール島を拠点に海底や海洋生物を撮影する写真家・映像作家。数々のアンバサダーを務め、本作は2021年Ocean Geographic フォト・ジャーナリスト部門で大賞を受賞。
lorenzomittiga.com