アニメやマンガのキャラになりきるコスプレを通じて、肌の色にとらわれない表現を訴える一人の女性がいる。ティフ・フォン・バッツィにとってコスプレは単なる趣味ではなく、社会の意識を変えようとする試みだ。さまざまな表現上で、人種の平等を訴えるファン集団の動きも注目される。
下記は 2022-03-01 発売の『ビッグイシュー日本版』426号からの転載です。
いわゆる“ハーフ”だから持てる2つの視点
イベントでの差別はつらい
青いストライプのレオタード、背中にポリエチレンフォーム製の大きな羽、頭にとんがった角――という姿で出で立つのは、コスプレイヤーのティフ・フォン・バッツィ(Tif von Batsy)だ。「目立つ格好をしたかったんです。でも、よく見かけるようなコスチュームは嫌でした」と彼女は言う。このコスプレは日本のアニメ『FAIRY TAIL』のキャラ「ミラジェーン」が魔人化した「ハルファス」だ。 「コスチュームについて質問されるのが好き。あまり知られていないキャラのコスプレをすることもよくありますね」
夫・娘とともにコスプレをするティフ・フォン・バッツィ(中央) Photos: Adrian Michael
フォン・バッツィが目を引くのは、コスチュームだけではない。コスプレイヤー界では数少ない“ハーフ”で、アフリカ系米国人の父とオーストリア人の母を持つ。自らを黒人であり白人だと考えているが、他者からは黒人としか見られないという。「『黒人の女の子』とか『普通の黒人』『黒人なのにちゃんとした英語を話す』なんて言われたこともあります」
コスプレ仲間や見知らぬ人から投げかけられる、人種についての心ない言葉や批判に我慢せざるをえないことは多々あるが、“ハーフ”だからこそ2つの視点に立てるのがおもしろいと考えている。
「人種で差別されるだろうなとわかっていてイベントに行くのはつらいです。視線を感じるだけの場合もあるけど、たいていは、そうとはわからない些細なやり方か、露骨かのどちらかです」。記憶に残っているのは、プリンセスのコスプレでパーティーに派遣される仕事をしていた時のことで「君はディズニープリンセスの(肌色の濃い)ジャスミンかティアナ、妖精イリデッサしかできない」と言われた。しかし、そんなふうに決めつけられたくないと話す。
こうした姿勢はコスプレ界のあちこちで見られるという。フォン・バッツィが扮するのはハッピーで明るく共感の生まれやすいキャラばかりだが、肌色の異なるキャラを演じていると不快感をあらわにする人もいるという。黒人以外に扮するのはおかしい、とでもいうように。
「私にしてみれば、そのキャラに親しみがあるからコスプレをするのであって、肌色なんてどうでもいい。実際の肌色や人種を真似る必要はないと思っています。コスプレ界は、黒人が好きなキャラに扮する自由を受け入れなくてはなりません。わざわざ肌を白く塗ってもいないし、白人キャラをばかにしているわけじゃない。どうしたら人種主義的な態度がなくなるんでしょうか」
「黒人の男性を含め、非白人の人たちもコスプレにぜひ挑戦してほしいし、現役で活躍する人は黒人コスプレイヤーを温かく迎えてほしい。アニメのキャラでも肌色の濃い人を増やして、非白人キャラが珍しくなくなればいいですね」
多様性を受け入れるファン集団
誰でも素敵に見えると知って
米国で非白人のコスプレイヤーが少ないのは、アニメの登場人物は概して肌が白く、青い目で金髪ばかりという事情もある。それに対し、黒人キャラは頭が悪くておどけているという印象で、濃い肌色に分厚い唇など典型的な描かれ方をすることが多い。ジム・クロウ法(※1)がはびこった時代によく登場した黒人サンボ(※2)を思い起こさせる。
※1)公共施設などで黒人を隔離する政策やそれを正当化した法律の総称。1964年の公民権法により禁止された。
※2)1899年に英国で出版された絵本の主人公で、のちに黒人のステレオタイプ的描写が論争となった。邦訳は『ちびくろサンボ』。
「私たちはただ平等を望んでいるだけなのに」とフォン・バッツィは言う。「(肌の色によって)役柄が決まっていると考える人もいるけれど、それはそうでなくてはならないと本人が思っているから。新しいこと、違うことに挑戦して、自分の居場所から思い切って飛び出す人がもっと必要です」
ファンダム(ファン集団)が多様性の受け入れへと動いているのを受け、業界も徐々に変化しつつあるようだ。近年では「スパイダーマン」シリーズで初の黒人キャラ、マイルズ・モラレスが登場。ディズニーも『リトル・マーメイド』実写版のアリエル役に黒人俳優を起用した。また、アニメの世界でも、スタジオが役柄と同人種の声優を積極的に採用するケースが増えている。
「コミックヒーローが黒人に変わるのを大半の人はとても嫌がります」とフォン・バッツィ。「でも、登場キャラは多様であってほしいですね。そして制作側は(多様性を担保するために非白人を採用しよう、という)建前だけでなく、本人の才能を基準に採用しなくてはならないと思います」
フォン・バッツィは10代の頃からアニメのイベントやコミコン(ファンが交流するコミックの祭典)の常連だった。きっかけは、母親とコスチュームのデザインを始めたこと。「昔から大のアニメファンで、ディズニーやマンガのキャラに扮するのが大好きだったんです」と振り返る。
今は自分自身だけでなく他の人のためにも、コスプレをして違う人間になる姿を見せることが大事だと考えている。「コスプレはひとつのエンパワーメントだと思っています。私は前向きなのが好き。みんなも『どうしてこうしてはいけないの?』と聞いてほしいし、コスプレをすれば、どんな人でも素敵に見えるんだって知ってほしい。もっと励ましの声を届けたいんです」
こうして、コスプレに目的を見いだしたフォン・バッツィ。「自分がしたいコスプレに、自信を持ってください。やってはいけないことをあれこれ指図されてしまうことがあるので、覚悟を決めなくてはなりませんが。自分にとって一番意味のあるコスプレを、思う存分楽しんでほしいです」
(Adrian Michael, Denver VOICE/INSP)