スポーツイベントの誘致は地元の財源にメリットなし!?大規模赤字を招く可能性のあるワールドカップ

2018年6月14日から7月15日にかけてロシアで開催された「FIFAワールドカップ」が大いに盛り上がったのは記憶に新しい。しかし、大規模スポーツイベントの開催は、地元経済や住人たちにとって必ずしも喜ばしいものではないようだ。


 8年後、2026年のサッカーW杯はアメリカ、カナダ、メキシコの共同開催が決まっている。全米の各都市は開催地になって大勢のサッカーファンを迎えようと躍起になっているが、同じ街に暮らす助けを必要としているはずの人々には、どんなインパクトが待ち受けているのだろうか。

シアトルのメイン広場「パイオニア・スクエア」の一角、「オクシデンタルパーク」に設置された簡易テントに、サッカーファンや通行人が続々と集まってくる。彼らが見ているのはFIFAワールドカップの「アルゼンチン VS クロアチア」戦。決勝トーナメント進出をかけた予選リーグ第2戦をじっくり鑑賞できるよう、近くの飲食店が屋外にショップを出し、コーヒーや軽食を販売している。結果はアルゼンチンが格下のクロアチアに0ー3で破れた。

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オクシデンタルパークで「アルゼンチン VS クロアチア」戦を観戦する男性

今年のワールドカップはアメリカでは早朝や午後の観戦となったため、昼休みか録画して楽しむ人が多かった。近くにホームレス用シェルターが集まるこの公園で無料パブリックビューイングが設けられたことで、テレビのない人や、バーやカフェに入る金銭的余裕のない人たちも観戦することができた。

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6月21日木曜の朝、大画面でW杯を観戦する3人の男性

2026年ワールドカップの共催国となったアメリカ

しかし、2026年のFIFAワールドカップは話が違ってくるかもしれない。アメリカ・カナダ・メキシコの3ヶ国共催になったのだから。ここシアトル市(ワシントン州キング郡)も開催地に選ばれるよう「営業活動」を始めている。

この動きは、シアトルをホームタウンとするプロサッカークラブ「シアトル・サウンダーズFC」の大ファンや、ビール飲みながらプロバスケットボールチーム「シアトル・スーパーソニックス」のオクラホマシティ移転(2008年)を未だに嘆いているような「スポーツ好き」には朗報かもしれない。だが歴史を振り返れば、打撃を被るのは「地元の財源」と「貧しい人々」なのだ。

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W杯観戦に集まるサッカーファンたち

シアトル市のジェニー・ダーカン市長とキング郡のダウ・コンスタンティン長官は記者会見で、地域経済にもたらすプラスの影響をアピールした。経済開発局がその発表内容をツイッターに流したが、明らかにそこに皮肉の色は見られなかった。

シアトルは超一流のサッカーファンと世界最高レベルの施設を持つ国際都市です。W杯開催は都市、ファン、地域経済にとって非常に大きなチャンスです。2026年、この「エメラルドシティ」に世界中のチームとお客様をお迎えしたいと思います。(シアトル市長ダーカン氏)

これはシアトルにとって良いことなのか? 恐らくイエスだ。

サッカーファンにとっては? それは 間違いない。

では経済にとっては? 答えはきっとノーだ。少なくとも、開催都市にメリットはない。

ホームレスの人々にとっては? これは8年以内に危機が解決されない限り(もちろんそうあってほしいが、かなり厳しい)、短期的にも長期的にも打撃を受けることになるだろう。

巨額の資金を投入してもメリット薄

巨大スポーツイベントは「ロイヤル・ウェディング」に似たところがある。大規模で金のかかるパーティ、それを一目見ようと世界中から集まる人々。そうした莫大な費用は税金で賄われる。インフラ整備、警備、公衆衛生、清掃、スタジアム設備の改修も必要となり、その大半は地元自治体が負担する。

自治体としてはできるだけ多くの観客を集め、地域にお金を落としてもらいたいと考える。それもこれも、このようなイベント開催は負担にはならず、むしろメリットばかりだという招致委員会の楽観的見立てに焚き付けられてのこと。その証拠はほとんどないというのに。

メリーランド大学ボルチモア・カウンティ校の経済学教授で北米スポーツ経済学会会長を務めるデニス・コーツは、2010年に米国が2018年度または2022年度のW杯招致に動いた時に警告を示そうと試みた。『World Cup Economics: What Americans Need To Know About A World Cup Bid(W杯の経済学:W杯招致についてアメリカ人が知っておくべきこと)』と題された論文では、先行研究をもとに大規模スポーツイベントの「負の側面」を提示。「莫大な費用がかかり、開催地域の財政状況を様変わりさせることがデータからも示されている」とした。

メール取材に応じた彼は、8年経った今も自身の分析は変わらないと言った。違うのは3カ国共催になり、それによって観客数と彼らの消費が三分割されるだけだと。

前回アメリカが開催国となった「1994 FIFAワールドカップ」の招致活動では、事務局はアメリカ経済に40億ドルの経済効果をもたらすと主張した。しかし、経済学者が事後検証したところ、40億ドルの経済効果はおろか、開催都市の赤字は合計92億6,000万ドルに及んでいたのだ。

招致委員会の試算と実際の差は、開催1都市あたり7億1,200万ドル。採算が取れないどころか、「低所得者向け住宅の供給」「ホームレス危機の解決」など喫緊の課題を抱える都市にとってはあまりに痛い支出だ。

アトランタオリンピックの裏で行われたホームレス一掃作戦

ホームレスの人々にすれば「家に住める」夢が先延ばしされるだけじゃない。自分の暮らす街で「好ましくない人物」となり、ゴミのように周辺に追いやられかねないのだから。訪れる人たちに、「目に見える貧困」のない清潔な街で心置きなく楽しんでいただけるように。

1996年夏季オリンピックの開催地となったアトランタでは、世界中からお客様を迎える一方、ホームレスの人々を街の裏通りへ押しやった。アトランタ市の「ホームレス問題対策本部」によると、オリンピック開催に先立つ1995年5月からの1年間で9,000人の逮捕者が出たとニューヨーク・タイムズ紙の記事にある。従来の4倍もの数だ。

さらにアトランタ市は、既存の法律を強化し、「物乞い」や「徘徊」など生き抜くための活動を犯罪とみなす新しい法律を可決した。この種の法令はワシントン州では一般的だが、座り込む・寝転がる等、普通に家のある人がやるなら何ら問題とならない行為をターゲットとしている。

2016年には、サンフランシスコのエド・リー元市長が「第50回スーパーボウル」開催中、特定エリアで寝ているホームレスの人々に他の場所へ移るようはっきりと命じた。試合が実際に開催されるのはサンタクララで、サンフランシスコは試合前イベントが行われただけなのにだ。

実質、スーパーボウルのパーティが開催されるエリアを一掃するよう命じたのです。

サンフランシスコのホームレス支援団体「Coalition on Homelessness」のエグゼクティブ・ディレクター、ジェニファー・フリーデンバックは言う。
市当局は、パーティ会場付近で路上生活してる人たちに、24時間営業の誰でも利用しやすいシェルター「ナビゲーション・センター」を用意した。シアトルに2017年にオープンしたシェルターのモデルとなった施設だ。

メインとなる通路や高速道路の出口ランプにたむろする人々をも追い払い、実際のサンフランシスコとは「異なるイメージ」をお客様たちに与えようとしました、とフリーデンバックは言う。

この結果、州間高速道路80号線の下、サウス・オブ・マーケット地区からミッション地区にかけての一帯に巨大なテント村がつくられた。ホームレスの違法化と一掃作戦は、事態を大いに揺るがせた、とフリーデンバックは語る。

しょっちゅう移動させられるため、働きたくても仕事口を失う人がたくさんいたのです。すでに不安定な生活を送っているところにさらなる追い打ち。仮住まいはあえなく壊され、心の傷も深まり…なんとも乱暴な行為でした。

世論も荒れた。少なくともリー元市長に対しては。

サンフランシスコ市当局が「ホームレス一掃」への反発を見通せていなかったのだとしたら、大勢の観光客を呼び込んだことにかかった経費に地元住民が怒り出すことも予期できていなかったのだろう。

『ハフィントンポスト』によれば、サンフランシスコ市の最終赤字は480万ドルに達したという。この事実が判明するやいなや、抗議行動が起こった。

歯止めなく富を誇示しながら、その同じ富の陰ではひどい貧困状態に置かれた人々がいる。パーティにお金をつぎ込みながら人権を侵害しているなど、とても耐えられるものではありませんでした。(フリーデンバック氏)

8年後に向けて計画的に

計画性と少しの自覚があれば、シアトル市は同じ轍を踏まずに済むだろう。税金以外の財源を見つける、大会主催者のFIFAにコストの一部負担を依頼するなど代替策はある。

ところが、資金面や税金の有効利用についての懸念がスポーツ分野に及ぶことはないようだ。

シアトルがW杯開催地に立候補する意向を発表したのは、シアトル市議会がこれまで低所得層向け住宅の供給やホームレス関連サービスの財源としていた「大企業への課税」を撤回した2日後のことだった。

これに負けじと、キング郡のコンスタンティン長官は、「シアトル・マリナーズ」のスタジアム維持費として、2043年までに税収から1億8,000万ドル(約198億円相当)の資金を提供すると提案した。マリナーズは潤沢な資金を持つ民間企業だというのに。

巨大スポーツイベントは世界中の人々の心を一つにし、(一部の人を除いて)嫌悪や外国人嫌いに染まることなく愛国精神を掻き立ててくれる貴重な機会である。しかし、地元自治体はしっかり目を見開いて取り組みをすすめ、最も弱い立場にある住人のための財源を残し、地域経済を最優先に考えるべきだと、歴史が教えてくれている。

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アルゼンチンがクロアチアに破れて残念がるアルゼンチンファンの男性

By Ashley Archibald
Courtesy of Real Change / INSP.ngo

ナビゲーションセンター

http://hsh.sfgov.org/services/emergencyshelter/navigation-centers/

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