第三者委員会も作らず、闇討ちのように始まった。福島第一原発・ALPS処理汚染水の海洋放出

東京電力は2023年8月24日13時、福島第一原発のALPS(多核種除去設備)処理汚染水の海洋放出を開始した。「関係者の理解なしにいかなる処分も行わず、ALPSで処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留する」という漁業者との約束を反故にしての放出。全漁連や福島県漁連は依然として反対の中、漁業者や地元・福島県の人々からは、怒りと落胆、不安の声が相次いだ。

放出日は前々日に閣議決定
福島県民へは事後報告

 海洋放出への動きは8月18日の日米韓首脳会議以降、一気に進んだ。岸田文雄首相、西村康稔経済産業大臣が21日に全国漁業団体協同組合連合会(全漁連)や福島県漁業団体協同組合連合会(福島県漁連)の代表と次々に面談。翌22日午前に放出を閣議決定した。その午後には東京電力が海洋放出を発表し、関係者の求めにもかかわらず直前まで示していなかった23年度中の放出計画を公表した。

 23日には県民と弁護団が海洋放出差し止め訴訟を提起する記者会見を開き、海洋放出時刻が迫る24日午前には、福島第一原発近くで海洋放出に反対する市民グループや市民らがスタンディングをするなど、抗議の動きは続いた。


8月24日の放出3時間前、福島県大熊町・国道6号沿いで抗議の声を上げる県民たち(右手奥の木々の先に福島第一原発)

 東京電力による22日の記者会見の内容は主に次の通りだ。
①「一定の理解を得た」という政府の判断に従いALPS処理水を流す ②初めて23年度の放出計画を発表。トリチウム総量約5兆ベクレル・3万1200トンを4回に分けて海水で希釈して放出 ③トリチウムを含め69核種を測定、トリチウムは濃度を確認、それ以外は国の告示濃度・基準を下回るようにする ④少量ずつ海洋放出し、風評被害を起こさせない。風評被害には賠償で対応する──などだ。

 同様に、問題も明らかになった。
①東電自身からは「得られた理解」に対する評価・見解なし。「理解と合意」の点で政府・東電と県民に齟齬 ②汚染水が増える源の地下水低減策は示されず ②放出計画は、福島県廃炉監視安全委や県技術検討会を含め福島県民へは事後報告で提言の機会もない ③海洋放出のコスト増(当初約34億円→約1200億円)。風評対策・賠償を入れればさらに高額に④放出期間は長期化。放射能を測定すれば流していいのかという議論が尽くされたとは限らない(県民からは第三者による汚染水・処理水の監視委員会を求める声も)。

約束を守らなかった政府と東電
放出を「日常風景」にしたくない

「汚染水を海に流すな。国や東電は約束を守れ」。シュプレヒコールが響く。放水予定時間まであと3時間に迫った24日午前10時前、福島県大熊町の福島第一原発に入る国道6号線の交差点に15人ほどの横断幕を持った人々、取材の報道陣が集まった。大型ダンプの騒音の中、シュプレヒコールは続く。

 いわき市植田町の斎藤春光さん(71歳)は横断幕を手に、「(理解を得るまで流さないという)約束を守らない嘘つきの政府と東電が何を言っても信用する人はいない。しかも風評被害を認定するのが東電。市民の力で、この問題を国際的に訴えていきたい。この状況、汚染水の放出を『日常風景』にしないよう、みんなで工夫を凝らしてやっていくしかない」。

「漁業を守れ。未来を守れ。子どもたちを守れ」。抗議の声が響いた。

 11時15分過ぎ。いわき市で東電の小早川智明社長と、福島県漁業団体連合会の漁業者代表との非公開での会談が始まった。出席者らによると、小早川社長は海洋放出開始への理解を求め、4人の漁業者は「最後まで責任を持って対応してほしい」と要望した。欠席した県漁連・野崎哲会長は「漁業者・国民の理解を得られない海洋放出に反対であることはいささかも変わるものではない」と従来同様の反対の姿勢を示しつつ、「科学的な安全と社会的な安心は異なり、科学的に安全だからと言って風評被害はなくなるわけではない」とし、岸田首相による約束 〝漁業者に寄り添い、必要な対策をとり続けることを全責任を持って対応する〟の履行を求めた。

 出席した今野智光県漁連副会長(64歳)は「怒りの部分もあるし、落胆の部分もあるし、とうとう始まったか、と」と心情を語る。小早川社長には、「風評被害対策をしっかりやってもらいたい。シラス、タコなどの在庫管理で、資金面が心配」という仲買人の声を伝え、長期的な監視体制と、次世代の漁業関係者の会合等への参加も要望した。

福島県漁連副会長の今野智光さん

原告100人以上を目指す
差し止め訴訟、民主主義取り戻すため

 放出前日の23日午後、ALPS処理汚染水の海洋放出差し止め訴訟の提起について、原告と弁護団が記者会見をした。


「汚染水差し止め訴訟」での原告団会見

 被告は国と東電で、国に対しては海洋放出の運用実施計画認可や使用前検査合格処分の取り消し行政訴訟、東電に対しては民事訴訟を9月8日に起こす。原告は被害を受ける漁民・県民らで100人以上の原告団を目指す。この日までに19人の弁護士が弁護団に名乗りをあげた。広田次男、河合弘之、海渡雄一の各弁護士は「不要不急の海洋放出だ。国・東電による原告・被害者への二重の加害、二重の権利侵害だ。原告は切実な思いで立ち上がった」と述べた。

 原告の「これ以上海を汚すな! 市民会議」共同代表の織田千代さん(68歳、いわき市)は「3・11と同じだなと感じる。事故前の海の幸への喜びと誇りを持っていた暮らしを忘れることはできない。漁業者も反対している中での放出で、(国が言う)『海洋放出が復興に欠かせない、理解は深まってきた』というのは勝手な理論。私たちの声は無視されてきた」などと放出反対を訴えた。

「岸田首相が全漁連の坂本会長と会った8月21日には、流す時期は明言しなかったのに、その直後に24日と閣議決定した。闇討ちのように急ぐのは、『安全性が担保されていないのでは』と不安に思う世論の広がりを抑えようとしているのではないか」。そう話すのは、「生業を返せ!訴訟」原告団長の中島孝さん(67歳)。福島県相馬市で刺身、惣菜、生鮮食料品などを扱う中島ストアを営む。行商で起業した先代の頃から、漁民や漁業関係者とのつき合いは深く、長い。「第三者委員会のような外部組織が(処理汚染水を)測って確認するという仕組みも作らないで流すのはありえない。生業訴訟の中でも、国は原告の私たちを『科学的知見を理解しようとしない非科学の立場に立っている』と罵倒、原発事故を一切反省しようとしないどころか、都合の悪いことを早く忘れろと言わんばかりの態度だった。国民の声を踏みにじるという国家権力の本質をさらけ出しているのが原発事故以降の状況だ。沖縄、水俣、広島・長崎の道筋を学び、見直して、民主主義を取り戻す闘いであり、決してあきらめてはいけない」と話す。


相馬市で生鮮食品店を営む中島孝さん

 海洋放出で「原発事故後の復興が進んだ」とされて本質的な被害回復や救済が進むどころか、「海洋汚染」の問題で、被害の拡大や、意見の違い・損害補償の違いも含めた分断が拡大することを筆者は懸念する。一番不利益を被る立場で問題点を指摘する国民・県民の不安と、国・東電への不信は、払拭されるどころかより強まっていることを取材を通じて痛感した。(文と写真 藍原寛子)

(文と写真 藍原寛子)

あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
https://www.facebook.com/hirokoaihara 

*2023年9月15日発売の『ビッグイシュー日本版』463号より「ふくしまから」を転載しました。