前編を読む





公的住宅の建設を再開したヨーロッパやアジア。感度ゼロ? の日本




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稲葉 住宅が雇用の状況に振り回されるという問題は、リーマンショック、派遣切りが起こった時に、これは雇用・労働政策の問題だけではなく同時に住宅政策の問題でもあると、社会にアピールして、わかっていただいた部分もあると思います。

ただ、その後民主党政権になって、追い出し屋規制法案が国会に出されたり、住宅手当制度も本格運用されたのですが、住宅政策全体を転換するところまではなかなかいけていません。

追い出し屋規制法については、家賃1ヵ月遅れただけで追い出すというような居住権の侵害を規制する法案ができ、参議院は通りましたが、不動産業界が巻き返しのロビー活動を行い廃案になってしまった。さすがに、部屋のロックアウトや荷物の処分などの露骨な追い出しは減りました。が、法律自体の頓挫でいまだに被害はあり、ホームレス化を助長しています。

住宅手当制度も、離職者対象にハローワークに通って就職活動を続ける条件で6ヵ月間家賃分だけを補助。努力しても見つからない時、最大3ヵ月延長で合計9ヵ月家賃が得られます。ただ、特に住まいを失った人の利用では、アパートの敷金礼金などの部分は貸し付けで、最大40万円まで借りられますが、融資がこげついた影響もあり、今どんどん審査が厳しくなっています。

これらは生活保護の手前の第2のセーフティネットとして始まりましたが、使い勝手が悪いために、生活保護の受給者が減らずに増えてしまいました。それで今、生活保護を締めつける動きが出ています。




平山 雇用がぐらつき、追い出し屋規制や住宅手当などが出てきたのですが、社会的な住宅保障の基礎がないので、つぎはぎにしかならない。

これまでの日本の住宅政策の基本線は中間層に家を買ってもらうということでした。GDPが伸びていた時代に「たいていの人は家を買えるだろう」という前提の政策が展開し、今になってもそこから抜け切れない。公営住宅が全住宅のたったの4%、家賃補助もほとんどないという日本の状況は先進諸国の中できわめて特異です。

日本は90年代あたりから「市場重視が当たり前」「公的住宅の時代は終わった」というイデオロギーにとらわれてきました。イデオロギーとは、ある考えを、根拠の説明・証明を抜きに、「自然」「当然」「当たり前」とみなすことです。住まいの実態を分析し、解決に向けて合理的な政策を組む、ということにならない。

日本に流布しているのは「今から公的住宅を建てるはずがない」という言説です。

しかし、リーマンショック後の西欧諸国では社会住宅の建設が再開しました。持ち家率が8割以上のスペインのような国でさえ、社会住宅供給や家賃補助を開始しました。東アジアでは、韓国が公的住宅の大量建設に着手しました。中国はずっと持ち家重視でしたが、住宅バブルで若い人が家を買えなくなって、公的賃貸住宅を建て始めました。日本は内向きになって奇妙なイデオロギーに縛られたままです。世界の動向をもっと知るべきです。

住宅保障にはお金がかかるので、「財政危機の時代にお金のかかる話をするな」と言われます。しかし、お金をかけて何が得られるのかが大事です。非正規第一世代の人が高年化する。生涯未婚が大量化する。貧しい高齢者が増える。住宅喪失が大量に発生すれば、それへの対処に巨額のお金が必要になります。今から住宅保障を整え、近い将来に到来するとんでもない事態に備える方が、安くつきます。「住宅政策は割に合う」のです。




食い物にされる生活保護。市場を利用できていない日本の住宅政策



稲葉 私も高齢者のことが気になっています。去年の11月に新宿区の大久保で木造アパートの火災があり、5人が亡くなられました。普通の民間の賃貸アパートだったんですが、そこに住んでいた23人のうち19人が生活保護受給者でした。

その背景には、単身で身寄りのない低所得の高齢者への入居差別の問題があります。生活保護を受けていれば、東京の場合は5万3700円まで住宅扶助が出ますが、大家さんがそういう人には貸したがらない。もしアパートで亡くなられた場合、原状回復にかかる費用が100万円ぐらいかかることもあります。それを誰が負担するのか? 大家さんか、保証人か、入居していた人の身内なのか、その押しつけ合いが始まるんですね。

そういうところに一部の不動産屋が「福祉可」という物件を用意している。ほとんどが築何十年という木造の老朽化した物件なんですが、他に入れる物件がないので、結果的に老朽化した木造アパートに高齢の生活保護受給者が集まってしまう。

しかも、「福祉可」物件の多くはもともと4万~4万5千円で貸していたのを、生活保護の住宅扶助費の上限の、5万3700円までつり上げているところが多く、生活保護費も無駄遣いされています。入居者が自分で契約して入っているから自己責任と言われますが、社会の構造として劣悪な物件にしか入れないことになっている。






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平山 大阪でも似たような状況があります。「生活保護歓迎」という意味の看板がけっこう目につきますし、底辺の民間木造借家の家賃が住宅扶助の上限にすり寄っています。

多くの国では、家賃補助を受けるには、良質住宅への入居が条件になります。だから、家賃補助は借家の物的改善を促します。日本では、劣悪な住宅であっても、住宅扶助の上限額が出ます。政府は市場重視といいながら、市場競争のメカニズムを使わず、住宅扶助の制度は、劣悪住宅を淘汰するどころか温存する結果を招き、食い物にされています。

日本でも、公営住宅だけでなく、民間の賃貸住宅に公的支援を投入し、それを社会住宅として供給するという制度をつくるべきです。ヨーロッパ諸国では、社会住宅がだいたい2割ぐらいです。オランダは35%、イギリスは21%、フランスは18%。

重要なのは、社会住宅が2割あると、市場メカニズムが働き、民間借家の家賃も低くなるということです。社会住宅に「反市場」のイメージがあるとすれば、それは誤解で、社会住宅は「市場利用」のシステムです。

ヨーロッパの社会住宅が賃貸市場全体に影響力をもつのに比べ、日本の公営住宅は少なく、孤立していて、市場から完全に切り離されています。日本の住宅政策には市場利用のセンスが乏しい。公的住宅を増やすと民業圧迫と言われる。しかし、民間には、土地所有者に粗悪な賃貸住宅を建てさせるといった悪質なビジネスモデルもあります。そういうモデルは、市場競争によって淘汰すべきです。




後編に続く