今日は「住まい」のお話です。路上で暮らす人が多くいる一方で、膨大な数の空き家が放置されているのはイギリスも日本も同じ。使わなくなった社員寮や、都市計画で数年後には取り壊される空き事務所などを眺めては、何とか活用する方向にいかないものかと悩みます。
少しずつではありますが、空き家活用に動き始めているイギリスの試みを、本日はご紹介します。王子たちも作業員として参加したこの取り組み、ぜひご一読ください。
元マンチェスター・ユナイテッドのスター選手が実行したホームレス対策
ご存知のとおり、英国の住宅事情はひどいものだ。しかし、国内三番目の都市マンチェスターで、元サッカー選手が市議会よりもずっと理にかなったホームレス対策をしてみせた。
2015年10月、マンチェスター・ユナイテッドのスターだったガリー・ネヴィルの寛大な行為が大衆の心をとらえたが、それは期せずして市議会のお歴々を恥じ入らせることになった。ネヴィルは、チームメートだったライアン・ギグスと共同購入した市中心部にある空きビルを、ホテルへと改装するまでの間、ホームレス男性30人が使うことを許可したのだ。
「ソック・エクスチェンジ」(空きビルが証券取引所(ストックエクスチェンジ)だったことに因む)と名乗る路上生活者の一団は、まさかネヴィルが自分たちの境遇に共感してくれると思ってもいなかった。ネヴィルの申し出は、改装工事が始まる1月22日までビル内での寝泊りを認めるというもので、恩恵を受けたひとりであるウェスリー・ホールはその話を聞いて「思わず泣きだした」という。「まったく驚いたよ。みんながネヴィルにならってくれるといいのに」。
市のホームレス対策は、テント村撤去と罰金刑
では、マンチェスター市のホームレス対策はどうだろう? ちょうど同じ週、当局はメトロポリタン大学の敷地内にあったテント村を行政執行により撤去させた。前月末には、市中心部でテント暮らしをする人々に罰金を科し、拘留する条例を制定している。
ベン・テイラー弁護士は条例違反で告訴された7名の無罪を勝ちとったが、そもそもこのような一件が法廷に持ち込まれたことに動揺を隠さない。「テントで暮らしていたというだけで刑務所に入れられる可能性があったわけですから、依頼人たちは愕然としていました。無罪にはなりましたが、条例は制定されたままです。悲しいことですが、今後も市当局がホームレスの人々を刑務所に収容しようと思えばそれができてしまうのです」。
「ホームレスシェルターの空きは減っており、市営住宅の数も十分ではありません。家賃が手頃な民間住宅は不足している上に、低所得者向けの住宅手当は削減されています。家を確保するのが困難なこの状況下で、ホームレスであることを犯罪にするなんてナンセンスです」。
まったく馬鹿げたことだが、路上生活者の一掃を企てているのはマンチェスターだけではない。最近では、オックスフォードとニューポートの市議会が公共空間保護命令制度を使って、路上で眠るホームレスの人々に罰金を科すことを決めた。
英国中にあふれる「空き家」という資源
今回のネヴィルの申し出は、この問題に別の解決法があることを示している。それは、受け身ではなく前向きな取組みであり、見て見ぬふりを決め込むのではなく、現実を見据えた対策だ。そこには、一定期間ではあっても、英国に豊富に存在する空き家という資源を活用しようという柔軟で合理的な意志がある。
英国中の都市には板で囲いをした空き家があふれるほどあり、こうした資源の無駄に不満が高まる一方だ。空き家活用に取り組むNGO、Empty Home Agencyによる最新の推計では、イングランドだけでも63万5千軒以上の空き家があり、そのうち20万軒以上が長期的(6か月以上)な空き家状態にある。
つまり、イングランドでは、家を持たない1世帯に対し10軒の空き家が存在することになる。<ガーディアン>紙がEUの不動産業者に調査したところ、ヨーロッパ全体で1100万超の空き家があり、これはヨーロッパのホームレス人口の2倍を超える数だ。
空き家活用は簡単なことではない。英国で放置されている空き家はとても住める状態にはないし、ホームレスの人々にも様々な事情があり、住む家がみつかったとしても多くの支援が必要だ。それにもちろん、使用されていない別荘や空き店舗、再開発待ちの公共ホールには所有権にまつわる複雑な問題もある。
それでもこの国には家がなくて困っている人々が多数おり、ありあまる空き家は新たな命を吹き込まれるのを待っている。ガリー・ネヴィルが示したのは、ちょっとした柔軟性と想像力さえあれば、困っている人々に住まいを提供する一歩を踏み出すのはそれほど難しいことではないということだ。
ブラックプールで行われているプロジェクトを見ても、ホームレスの人々がたとえシェルターから出てきたばかりでも、路上暮らしだった経歴があっても、チャンスを得れば空き家の再生・活用の一手となりうることがわかる。
警察官が立ち上げた空き家再生プロジェクト
ブラックプールでFriends, Jobs and Houses (FJH)を立ち上げたのはランカシャー警察のスティーブ・ホジキンスで、現在は警察からFJHに正式に出向している。FJHではこれまでに39名のホームレスや元受刑者、治療中の依存症患者をプロジェクトチームに受け入れ、職業訓練の一環として放置された住宅の改修作業を行っている。
初年度には、地元の開発業者と提携し7軒の改修を行った。その結果、プロジェクト参加者の何人かは自らが改修した住宅に移り住むことができた(他のメンバーは別に住むところを見つけた)。
FJHのメンバーの30%を占めるホームレス経験者は、住まいを維持し、生活を立て直すのに必ずしも長い時間がかかるわけではないことを証明した。「彼らはホステルや軒先、友人・知人の居間に寝泊りするような、どん底の暮らしを経験しましたが、完全に立ち直ってみせました」とホジキンスは語る。
「社会から見限られた人々にも素晴らしい能力が秘められているのを見てきました。私たちの仕事は、彼らのアイデンティティを変え、生まれ変わるお手伝いをすることです。つまり“ホームレス”、“元依存症患者”、“前科者”などのくくりではなく、配管工のジョーンズという個人になるのです」
ホームレスに職と住まいを。ウィリアム王子も参加した空き家改修プロジェクト。
心強い動きも各地で起きている。多くの市議会が空き家調査チームを発足させ、少なくとも空き家の特定をしようとしている。中央政府は2013年に補助金制度を開始し、地元コミュニティによる小規模改修プロジェクトを支援している。レスター市のAction on Empty Homesプロジェクトでは、すでに14軒の市営住宅が改修され、ホームレスシェルター退所者に手頃な家賃で提供されている。ロンドンでは、ビッグイシューグループのビッグイシューインベストがPHASESプロジェクトを支援している。ロンドン市内の空き家の改修作業を通じて、ホームレスの元兵士に建設業での就職機会を提供する試みだ。
す BBCのテレビ番組<DIY SOS>では、支援団体Civvy Streetの支援を受けながら生活を再建すべく苦労する兵役経験者のために、建築ボランティア達が(ウィリアム王子、ヘンリー王子も作業を少しお手伝い)荒れ果てたマンチェスター通りに建つ26軒の空き家を改修する様子を放映した。
司会のニック・ノウルズは本誌の取材に対し、これまでかかわった中でも「最も価値のある」番組だったと語った。「社会の裂け目に落ちってしまった人々にスポットライトをあて、そうした人々を助けようと労働者階級のヒーローたちが活躍するのを見るのは素晴らしい経験でした。あの番組はこの社会に欠けている部分を示してくれました。苦しむ人々に手を差し伸べることが必要なのです」。
他にできることはないだろうか? 民間シンクタンクのIPPR(公共政策研究所)は、別荘を使わずに放置している人々へ課税ができるよう、市議会がもっと権限を持つべきだと考えている。空き家にかかる資産税の上限額をなくし、もっと高い税金を課すべきというのがIPPRの提案だ。
コラムニストのサイモン・ジェンキンスは、使われていない教会を図書館や郵便局、WiFiカフェなどの機能を持ったコミュニティセンターとして再生すべきだと提言している。喜ばしいことに、イングランド国教会の先進的な教区では同様の試みが既に実行に移されている。
一部の自治体では、都市の変化に対応し規制を緩和して、空き家となった店舗や事務所を住居に改修することを認めている。適切な改修が行われるなら、いいアイデアと言えるだろう。
もっと色々なことをやってみよう。頭から「無理だ」と否定したり、ホームレスの人々に住まいを提供するのはまだ早いなどと言い訳している場合ではない。イギリスには空き家がふんだんに存在しており、鍵のかかる玄関と屋根のある暮らしを待ちのぞむ人々に向けて住まいを提供する絶好の機会なのだから。
記事:アダム・フォレスト
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