おそらく、人類は今後10年以内に火星に降り立つであろう。
たとえ地球に戻れるチャンスがあろうとも
彼女へのインタビュー終盤、私はこう質問した。
「火星で3年暮らした後、地球へ戻れるチャンスがあったらどうしますか?」
ローラーはオーストラリアのブリスベン在住、地元の学校で数学教師をしている。スカイプでインタビューに応じてくれた彼女は、仕事先から帰宅したところだった。後ろで子供たちの声やカササギの鳴き声がするなか、火星に人類の永住地を建設する宇宙飛行プロジェクト「マーズワン」(*1)への意気込みを語ってくれた。
選考委員の前で語ったように、彼女は他3名の乗組員たちとおこなうシェルター建設が落ち着いたら、地球に戻るつもりはない。そう、地球にいる家族や友人たちとは別れる覚悟なのだ。
地球にいる私の家族には必要なものがすべて揃っています。お互いの存在があり、資源に恵まれた住みやすく美しい惑星で生活できています。一方、火星にいる私は、日々を生き抜くために重要な役割を担うことになります。私がいなくなれば、他のメンバーは生き延びられません。そんな大きな違いがあるのです。
ですから質問に対するわたしの答えは「いいえ、地球には戻りません。メンバーに必要なだけの酸素を入手しなくてはなりませんから。」
人類の次なる進化は多惑星種になること
オランダの非営利団体が主催する「火星生活準備プログラム」は、この3年間で数回の選考を行い、20万人以上いた応募者は100名まで絞られた。ロ-ラーはそのひとりだ。最終的に男性2人、女性2人の合計4名を選出し、人類初の火星片道旅行に送り出し、永住地建設を進める計画だ。
次の選考をパスする24人は、10年間の有給訓練を受けることになる。あいにく、このプロセスは資金問題で中断しており、宇宙旅行ミッションはその遠大なる目的と同じく宙に浮いている。
学校の業務に追われ、次の選考に向けたトレーニングが思うようにできていないことを認めながらも、ローラーの「人類による火星植民地化」にかけるイデオロギー的信念は全く揺るがない。「楽観的ダーウィン主義」という表現がしっくりくる。
人類は種として進化し続けなければなりません。人類の次なる進化は多惑星種になること。私が志願するのは、そのミッションを実現するためです。
火星移住に志願する人たちの特徴とは
リサーチおよび記事執筆をすすめるなかで、「火星移住」というアイデアに関して人間は大きく2つのタイプに分けられると思うようになった。
「もちろん行きます!」というタイプと、「地球を永久に離れ、放射線が飛び交い、ゴビ砂漠が熱帯の楽園に思えるような不毛の地に住むなんて、そんな恐ろしいことありえない!」と考えるタイプと。
この分類はかなり単純化したものだが(というのも、私のソーシャルメディア上のフォーカスグループでは、かなりの者が「ネットフリックスが見られるなら火星行きを考えてもいい」と回答したから)、最初の入植者として未知の世界へ旅立つことに志願する人たちは非常に際立った考え方をするようだ。
壮大な冒険心、深遠なる科学的好奇心、そして重要なのは新植民地的ユートピア思想。つまり、人類は地球上では大失態をやらかしてしまったが、文化、生物、既存の社会構造など厄介なものがない火星でなら、もう一度やり直せるチャンスがあるのではという発想だ。
「人類初の火星採掘が成功すれば、火星探査機ローバーがこの3〜40年で行ったよりも多くのことが発見できるでしょう」明らかに興奮した様子でそう語るローラーを、前者の「もちろん行きます!」タイプに分類するのは控えめすぎるかもしれない。
「火星で何するつもりなの?」子供たちによく聞かれます。「科学よ」と答えると「うわー、カッコイイ!」と喜びます。でも実際のところは「サバイバル」ですけどね。
とローラーは笑う。
最初の目標は生き抜くことですが、それは科学でもあります。どうやって生き抜くのか。重力38%の世界では人間の身体に何が起こるのか。地質学的にはどんな発見があるのか。探査機よりも深く採掘できれば、地底から何が見つかるのか。もう、科学なんてレベルの話ではありません。進化だと捉えています。
火星では真に公正な社会が構築できる?!
またローラーに言わせると、火星は真に公正な社会として発展させられるという。
わたしが夢中になっているのは、「資源ベースの経済」と呼ぶものです。火星で展開すべきは「通貨経済」であってはなりません。なぜなら、わたしたちの世界(地球)における悪の大半は「通貨経済」が原因で起きているのですから。
火星の未来に起こりうる問題とローラーが見ているのは、最初の入植者たちが資源ベースの経済を構築したところに、全く異なる社会観を持つ人たちが加わった時にどうなるのかということだ。独裁者が来ることだってあり得る。この人類学的問題は、各グループが単独で数ヶ月間活動し、その後に次のグループが加わるというシミュレーションを長期的に行うことで解決できると彼女は期待する。
ローラーはこのアイデアに夢中だが、ちょっと皮肉な見方もしたくなる。というのも、これまでの植民地支配の歴史を通して、これとよく似たシナリオは既に展開されてきたが、大して上手くいかなかった。人類よりボノボ(コンゴに生息するチンパンジー属の類人猿)の方が火星でユートピア的進化を遂げられる可能性が高いのではと考えたくなる人もいるだろう。
火星移住を目指すさまざまな取り組み
プロジェクト「マーズワン」は資金難で行き詰まっているが、今後10〜20年の間に人類が火星に降り立つ日が訪れるだろう。
火星移住計画と言えば、「SpaceX」を創業した億万長者で、発明家、エンジニアリングの専門家でもあるイーロン・マスクだ。彼もまた、人類滅亡の危機を回避するには人類が「多惑星種」になることが必須だと考えており、早ければ2022年には人類の火星探査機を飛ばすと楽観的な見通しを立てている。
ナショナルジオグラフィックも今月、欧州宇宙機関、NASA、宇宙飛行士のバズ・オルドリンらと協力して、火星飛行計画についての討論イベントをオーストラリアで開催した。欧州、米国、そしてできれば豪州も加わったコレボレーションで、2030年までに宇宙飛行を実現すべく、より段階分けされた取り組みを進めている。
「火星ライブ (Mars Live)討論ツアー)を推進するNASAのジェイソン・クルーサンは、シドニー・モーニング・ヘラルド紙のビデオ・インタビューで次のように語った。
私たちはとても慎重に火星飛行を計画しています。大きな挑戦です。火星で、地球からの物資供給なしにどうやって生きていけるかがまだ分かっていません。まずはその方法を学び、物資供給に頼ることをやめなければなりません。
火星は表面的には魅力的に見えるが、人類の居住性については現実的にならなければならない、と指摘するのは欧州宇宙機関のマーク・マコックラン。
夕日、風景は地球とよく似ているので、故郷(地球)にいるかのように感じる点も多くある。だが、火星の大気は地球の1%しかなく、その大半は二酸化炭素だということを忘れてはいけません。重力は地球の3分の1、惑星を宇宙線から守ってくれる磁場もありません。
火星ミッションが全人類にもたらす大きな意義
今後解決すべき問題について2人の話は続く。二酸化炭素からの酸素生成、水の再利用、宇宙生産の開発、地球とコミュニケーションを取るためのシステム更新など。放射性粒子や、至近距離に存在する太陽から守ってくれる磁気シールドについては言うまでもない。
「それほど困難ならロボットを送り込めばよいのでは?」記者が尋ねると、2人の宇宙専門家はローラーとほぼ同じ考えを表した。
人はなぜ探検するのか。それは、生まれながらに好奇心があるからです。人間は自分たちが火星に立つ姿を見たいのです。大きくなってロボットになりたい人などいません。(クルーサン)
別の惑星に拠点を築くというミッションは宇宙旅行の唯一の理由ではありません。アポロ、ハッブル宇宙望遠鏡、ロゼッタ探査機など、これまでの宇宙ミッションは、地球上の人々に変革的な力をもたらしました。狭い世界を超え、人類をより広い視野で捉えるようになるのです。ですから、宇宙を探検することは人々をひとつにする手段なのです。(マコックラン)
母親として火星移住を目指す理由
これらはローラーにとっても明らかなことだ。「マーズワン」の候補者となっていることで、世界中の子供たちから大人になったら火星探検に出るのが夢ですというメッセージが届いている。さらに、ひとりの女性として、また2人の娘を持つ母として(ローラーが火星生活を始める頃には成人しているだろう)、メディアや世間から向けられる防御的で、時に憎しみのこもった価値観に辛抱強く対応してきた。
「子供を置いてまで旅立つ母親」といった類の見出しばかりつけられると、ある記事でコメントしたことがあります。私が父親だったら、単に「ブリスベンの男性、火星を目指す」くらいの見出しで、子どものことには触れられないでしょう。なのに、メディアが私につけたがる見出しはいつも「子供を置いてまで旅立つ母親」なのです。
つい先日も、彼女のフェイスブックページに否定的なコメントが書き込まれた。ある女性が、2人の子どもを置いてまで旅立つのは「身勝手で自分のことしか考えていない」と非難したのだ。それに対するローラーの返信がわかりやすい。メッセージに対するお礼を述べたあと、人類の進化における次段階として宇宙旅行がいかに重要であるかについて彼女の考えを披露したのだ。
火星永住計画は私が生きている間に実現するとは思っていません。でも、火星ミッションを行うことで、若い世代の学習者が科学の知識や宇宙の不思議に専心するきっかけになるでしょう。
多くのイノベーションが生まれ、それらは人類にプラスとなり、国家間をひとつに団結させるでしょう。私たちが生きるこの宇宙について理解を深めること、そこにどれだけ大きな価値があるかを分かっていただけますか。
有人飛行が成功する頃には、私の娘たちも大人になっているでしょう。「マーズワン」の計画は野心的ですから、実際にはふたりとも母親になっているかもしれません。私が娘たちに望むのは、進歩しつづける世界、難題への答えを探求し、克服する世界に生きることです。
「マーズワン」が直面している様々な制約を踏まえると、ローラーが火星に上陸する見込みは低い。でも、確信を持って言えるのは、火星移住を実現させるなら宇宙船に乗るべきは彼女のような人であるということだ。
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