約400万人がヒ素が含まれている水で暮らしている…「いのちの源」である水をめぐる環境抗争が社会ムーブメントに

 水を守るべく、背景の異なる数百万もの人々が立ち上がる動きが広がっている。スローガンは「Water is Life(水は生命)」。「水に生かされ、関心が水を生む」を意味するスペイン語の標語が書かれたポスター、壁画、TシャツがSNSで拡散されている。自分たちの身を危険にさらしながら、大企業や政府に立ち向かう彼らの活動を追った。


今日、私たちが口にする水は、恐竜が闊歩していた時代からこの地球上に存在してきたもの。しかし、国連が安全な水を得る権利を「基本的人権」として認めたのは2010年とつい最近のこと。毎年350万もの人々が、水が原因の病気で命を落としているというのに。

地球は約70%が水に覆われているものの、そのほとんどは海水で、飲み水として使えるのはほんの2.5%。しかも、そのほとんどは氷河や雪原にあるため、現実的に利用できるのはその1%。つまり、地球上に存在する水の0.007%で世界人口68億人の生活を支えているのだ。実際のところ、6人に1人が飲み水にアクセスできないでいる。

地球上には6つの大きな帯水層(地下水が蓄えられている地層)がある。2つは飲料水へのアクセスが最も困難なアフリカ大陸に、その他は南米大陸にある。アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの地下にある「グアラニ帯水層」には、45,000立方キロメートルの水が眠っている。2010年に発見された「アルテル・ド・チャオ帯水層」は、ブラジルの3つの州(パラー州、アマパー州、アマゾナス州)の地下に位置し、世界の全人口に100回以上給水できるほどの水、約87,000立方キロメートルを蓄えているとされる。

(アルゼンチン周辺地図)

一方で、水処理施設や飲用に適した水が不足しているため、世界では約2千万人が危険にさらされている。中南米では10ヶ国以上が、水のヒ素汚染問題に直面している。医療研究NGO「アルゼンチン・コクランセンター」発行の『統合環境の科学』によると、最も危険度が高い国はアルゼンチン、チリ、メキシコ。アルゼンチンでは、約400万人がヒ素汚染された水で暮らしている。

天然化学物質であるヒ素は、目に見えない上に無味無臭。最近、アルゼンチンの全国紙ラ・ナシオンに掲載された記事には次のように説明されている。

・この国では10人に1人がヒ素汚染された水で暮らしている。

・汚染された水を長期間摂取することで、貧血やがんを引き起こす。皮膚疾患、遺伝性疾患、妊婦の場合は死産や流産のリスクも高まる。

・水インフラ整備への投資不足が状況を悪化させている。

・地下水の大半はアルゼンチン北東部、チャコパンペアナ平原とクヨ地域に集中している。

・ブエノスアイレス州では、給水施設や井戸から採取した水10サンプルのうち9サンプルが安全基準にひっかかった。

同記事の中で、「アトミック・コンポーネントセンター(Atomic Components Centres)」のマルタ・リッテル博士は次のように述べる。

400万人が汚染のリスクにある。政府にすれば公にしたくないのでしょうが、これは回避できる問題です。国民はきちんとこの事実を知り、政府は経済的なテクノロジーの研究を強化するなどの対策を講じるべきですが、何の計画もないのが現状です。強い政治的意思が必要です。

飲み水、炊事、入浴、つまり生き抜くために、アメリカ大陸のいたるところで、きれいな水の安定供給を渇望する声が上がっている。

Water is Life! アートを通じた抗議活動サポート

この世界の神聖なる法則は、互いを敬うこと。それをやめてしまっては、この世界はバランスを失います。

カナダ先住民族「メティス」指導者の娘でアーティストのクリスティ・ベルコートは言う。数多くの受賞歴を持ち、世界的デザイナー「ヴァレンティノ」のコレクションに採用されたこともある彼女は、アート作品を通じて、スー族による米国ノースダコタ州スタンディングロックの石油パイプライン建設抗議活動を支援している。

HBA_water resistance_2

米国政府との合意にもとづきスー族の管轄地とされているところに石油パイプラインを通し、毎日50万バーレルの原油をノースダコタ州からイリノイ州まで輸送する計画だ。これに対し、2016年初め、スー族が抗議活動を始めた。同年11月、ベルコートは青年グループ「オナマン・コレクティブ」と共にポスターデザインを手がけ、「Water is Life!」のメッセージをネット上で拡散させた。翌月には環境NGO「350.org」との協業でポスター1,000枚をスー族のもとへ届け、支援の意を示した。
スー族が掲げたスローガンは「The World is Watching(世界は見てる)」。闘いの象徴として聖火を灯し、そのまわりを囲み、祈り、歌い、ドラムを打ち鳴らした。SNS上で拡散されたその動画に、セレブから帰還兵まで老いも若きもが心を揺さぶられ、パイプライン建設中止を訴えた。



200ものアメリカ先住民族、国外の活動家らの支持を得たこの抗議活動は5ヶ月以上に及び、近年で最大規模となった。多くの都市でデモを展開し、ダコタからワシントンまでを走り抜けるイベントも開催した。警察や軍はこれを弾圧、これまでに500人が逮捕され、うち10人の裁判が2016年12月に実施された。しかし、これらの努力が実を結び、パイプライン建設計画は中断された。(※1)
※1: 2016年9月、オバマ米大統領(当時)がミズーリ川の下にパイプを通すというこの計画の中断を決定し、環境への影響を評価するアセスメントが行われる予定だったが、2017年に発足したトランプ政権が大統領令を発令し、工事は再開、アセスメントは中止となっている。

ベルコートは言う。

私たちの活動が目指すのは、大地と水の魂を次の世代に伝えること。水と歩み、水を守ることで強くなるのです。次世代のため、すべての種の子孫のため、活動するのです。決して諦めません。水の力は私たちの生命そのものですから。

雨しずくの一粒一粒に、女性の胎内に、雲や河に、すべての小川の流れに、木々の葉脈に、大海原に、そして喜びや悲しみに流す涙に…水の魂が存在します。我々は地球という脈打ち呼吸する生命体の中で生きています。この精神を破壊してはなりません。私たちは立ち上がり、水への思いを歌にのせ、この美しい世界の隅々まで響き渡らせるのです。

HBA_water resistance_3

世界で広がる環境抗争、成果を上げたのは17%

世界的に抗議運動の数が増えていると指摘するのは「エンバイロンメント・ジャスティス・アトラス(Environment Justice Atlas)」。現在、1,937件の争議が登録されており、うち300以上が南米で起きているという。

環境問題での対立が増加しているのは、上流および中流階級の人々による物質とエネルギーへの需要が高まっていることが原因です。

そう指摘するのは、欧州で環境正義(※2)を目指すプロジェクト「EJOLT」のディレクター、ホアン・マルティネス・アリエルだ。
※2:環境資源の便益や環境破壊の被害の公平な分配や、適正な意思決定手続きなどを求める理念。環境的公正。環境面の平等。 〔アメリカでは特にマイノリティーや低所得層の人権の観点からこの語が用いられる〕出典・三省堂大辞林

環境抗争で最も影響が及ぶのは先住民などの貧困層ですが、彼らは政治的な力を持たないため、環境正義や医療システムにアクセスできないのです。

彼らが分析した環境抗争のうち、裁判で勝訴したもの、開発事業中止に至ったもの、地域社会に環境資源が返還されたものは17%に過ぎない。

Netflixドキュメンタリー映画「湖の娘」で描かれる採金企業との闘い

ドキュメンタリー映画「湖の娘:アンデスの水を守る」(エルネスト・カベリョス監督)は、1992年から金の採掘が行われているペルーのカハマルカ州で環境運動リーダーを務める32歳の農家の娘ネリダが主人公だ。彼女が生まれ育った村で始まった「コンガ計画」は、2つの湖を干拓し、湖底の下、地下4,200メートルに眠る金を採掘しようというものだ。

生まれ育った村で家畜や農業に携わっていたかったネリダだが、搾取企業からコミュニティを守るため、都会に出て法律を学ぶことを決意する。彼女が「母」と呼ぶ湖が、鉱山開発によって壊されそうになり…ネリダは水の精に語りかける。

母なる湖よ、あなたが胎内に抱く金を奪おうとする輩がいる。銀行に保管するためだけに…食べることも飲むこともできない金のために血が流されている。偉大な権力者になるのに金が欲しいのなら、蓄えだけでうまくやればいいのに。

鉱山開発企業は、カハマルカ州エリアへの連絡道路を封鎖し、人工貯水池をつくった。これが天然の湖と同じ役割を果たす、というのが企業側の言い分だが、これ以上の水質汚染に耐えかねる農家たちは信用せず、対決姿勢をとる。水は彼らの農作物や家畜に欠かせないものだからだ。

この50億ドル規模の「コンガ計画」への抗議活動で、これまでに5人が死亡、負傷者、拷問を受けた者、逮捕者も数多く発生している。問題は、2008年の世界的経済危機以降、金の市場価格が上昇し続け、「もうかる投資」として注目されていることだ。人口の約8割が牧畜と農業に従事するこのカハマルカ州では、土地の半分近くが鉱山開発企業に奪われてしまった。

ドキュメンタリー映画「湖の娘」(Netflix)
https://www.netflix.com/jp/title/80160815

「バリック王国」の打倒を目指す

アルゼンチンでは2016年12月、「ユニオン・オブ・シチズンズ・アセンブリー(UAC: Union of Citizens’ Assemblies)」が27回目の全国大会を開催し、300の団体代表者が各地域における社会環境問題への取り組みと成果を発表した。

議題のひとつは世界最大の産金会社「バリック・ゴールド」(カナダ)について。同社はサンフアン州ハチェルを流れる5つの河川をシアン化物を含む大量の水で汚染。さらにカタマルカ州バホ・ラ・アルンブレラ鉱山での露天採堀では20年に渡り高毒性物質を蓄積させ、都市部の土壌汚染や沿岸部の森林破壊も引き起こしてきた。いずれも、水に関連する問題だ。

UACが果たした功績のひとつは、法律7722条の適用により、メンドーサ州の水を守り抜いたことだ。ラ・リオハでは現在も採掘業が禁止され、カタマルカ州アグア・リカ鉱山を含む新規事業も停止された。水保全に取り組んできた者たちの、たゆまぬ努力の賜物だ。

サンフアン州では12月17日、初の若者主体の抗議集会が開かれ、その一環として、ハチェル川水源地を汚染してきたベラデロ鉱山の入り口を封鎖した。警察は抗議者を懲戒処分とし、36人が逮捕された。

サンフアン州には「全国氷河リスト」にも名を連ねる4つの氷河(Altar, Pascua Lama、Los Azules、Pachon)があり、氷河保護法によって守られるべきなのだが、現実には、40もの採掘プロジェクトが開業認可を求めて政府に圧力をかけている。

「食の主権を求める旅」プロジェクトの発起人として国内各地を訪れ、弁護士の環境保護ネットワークメンバーでもあるマルコス・フィラルディ弁護士は次のように説明する。

警察が抗議者を逮捕するのは、サンフアン州が「バリック王国」だから。州政府はバリック・ゴールド社の言いなりなのです。若者たちの立ち退きや逮捕を指揮した安全保障大臣グスタボ・ファリニャは、8年間、バリック・ゴールド社の警備部門代表を務めていた人物ですから。

バリック・ゴールド社は強引な手法で、沈黙、共犯、社会的承認を手に入れようとしています。社会、教育、スポーツ団体に出資することで、社会生活の隅々まで汚染しようとしています。ハチェル川を汚染している企業が、責任を問われることなく事業を継続させ、生活と水を守るべく鉱山封鎖に集結した若者たちが、懲戒、逮捕、裁判沙汰となったのですから、本末転倒です。

水は私たちの源。生きていく上で無くてはならないもの。憲法にも基本的権利として保障されています。あらゆる力と知恵を結集して水を守らねばなりません。食の主権を確保する上でも、安全で上質な水が利用できることが大前提です。水の主権なくしては、食の主権もありえません。

青年、アーティスト…水を守る活動が社会を巻き込むムーブメントに

大学で観光と森林保護を専攻したウスパリャタ在住の青年フェデリコ・ソリアは、メンドーサ川源流地域の保護区域指定を実現させた中心メンバーのひとりだ。彼は、法律7722条の適用を喜びながらも、水域を国立公園とするプロジェクトは一時中断していると指摘。「このプロジェクトは来年まで延期されました」。「3月以降、再び政府への働きかけを再開させ、水源付近での採掘を中止させ、メンドーサ川源流を守り抜くことが絶対です」と語る。

大規模な石油採掘が行われているチュブ州では、夏場になると厳しい給水制限がかかり、人々の生活の影響を及ぼしている。同州のコモドーロ・リバダビアでは、5年前に市民が立ち上がり、水の保全を訴えた。

アーティスト集団による水保全活動も展開されており、音楽祭を5度開催し、アルバムも製作した。メンバーのひとり、アルフレド・カリッソは言う。

この問題が社会を巻き込むムーブメントにつながったことは必然の結果。自分たちの子どもにどんな未来を残せるだろうと多くの人が不安を募らせています。彼らが声を上げ、大きなうねりを起こし、政府や水質汚染企業に圧力をかける。自分たちの権利を守るには、行動を起こすしかありません。

都市が石油依存体質となり、経済の多様性が失われたことにも原因がある。今すべきは、再生可能エネルギーの利用や水の安定供給を実現させ、「持続可能な都市づくり」だ。

水には制限をかけるのに、石油の供給コントロールはされない。政府は石油がもたらす経済的恩恵にばかり目が行き、社会や環境へのインパクトを考慮できていない。

文:パブロ・A・ボバディッヤ
スペイン語→英語翻訳:ルイーザ・デビン
翻訳監修:西川由紀子

Hecho en Bs. As.のご厚意により/INSP.ngo

「水」に関する関連記事

水は誰のもの?水は”私有“できない—日本と世界の水事情(1/2)

雨水活用、トイレ用水への再利用、肉食を減らす…水の浪費問題の解決策とは(2/2)

”水“赤字国、日本。沖大幹さんが語る、バーチャルウォーター(間接水)から見える世界(1/2)

日本のバーチャルウォーターの輸入量、年間640億トン。(2/2)

水道「民営化」から「再公営化」へ。パリ、市民参加で45億円のコスト削減、ウェールズ、非営利法人による運営

雨季は洪水、乾季は干ばつ…57本の河川がありながら、集水域の9割が国外にあるバングラデシュ。国境を越えた水問題の解決を主張

THE BIG ISSUE JAPAN関連バックナンバー

THE BIG ISSUE JAPAN242号
特集:おいしい水― 水道を考えた


https://www.bigissue.jp/backnumber/242/

ビッグイシューは最新号・バックナンバーを全国の路上で販売しています。販売場所はこちら
バックナンバー3冊以上で通信販売もご利用いただけます。









ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

募集概要はこちら