世界44ヵ国に広がる「タネの銀行」。在来種の“おいしい未来”を市民ボランティアとともに再生

たとえ1つの農作物が病気や気候変動に襲われても、タネの多様性さえあれば、生きのびられる–。「タネの銀行」を世界中に広げてきた「シード・セイバーズ・ネットワーク」の思いとは?


  国連食糧農業機関の調査によれば、20世紀に失われた農作物の生物多様性は75%にのぼる。背景には、大量生産を可能にする「F1」品種(※1)の台頭で、伝統的な“在来種”が追いやられ、タネの多様性が極端に“単一化”してきた事情などがある。

※1 一世代に限り安定した収穫が得られる品種 

 そのような状況の中で、世界44ヵ国の市民と連携して農作物の在来種を保存する「タネの銀行」を各地に広げてきたのが、オーストラリアの「シード・セイバーズ・ネットワーク」だ。

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 話は、今からおよそ40年前にさかのぼる。同団体、現代表のミシェル・ファントンは、当時、オーストラリアのニューサウスウェールズ州にて、2エーカーの土地を開墾し始めていた。ほどなくして、パーマカルチャー(※2)の提唱者ビル・モリソンと出会い、影響を受けたミシェルの土地は「ミモザ」と名づけられ、果実、野菜、低木の数々……と豊かさを増していった。

※2 農業、建築などにおいて、持続可能な文化を探求する考え

 だが、80年代に入って、ある問題が発生した。

作物の大半が真菌性の病にやられてしまったんですね。途方に暮れましたが、それを助けてくれたのが、地元の農家でした。代々受け継いできたかぼちゃ・きゅうり・メロンや豆などの在来種を譲っていただきました。それは同時に、オーストラリア政府が『農作物の特許化』を進める法案を可決した時期でもあり、それによってタネの多様性が失われる可能性が危惧されていました。

 もし在来種の種類が減って、誰もが同じタネばかりを植えるようになれば、味わいの豊かさはもちろん、病気の流行や気候変動にも対応できなくなるのではないかー。「ミモザ」の大打撃と法案の可決が重なり、ついにミシェルは連れ合いのジュードとともに行動を起こした。1986年、「シード・セイバーズ・ネットワーク」の誕生だった。

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ジュードとミシェル

 今年2016年までの30年間で、オーストラリア全土で、1万5千人ほどの人々がこの活動にかかわり、700種類もの種子が集まった。「もう年老いて自分で育てることができないからと、貴重な家宝のようなタネを譲ってくださる農家の方々もいました。一時は、私たちの庭に130種類ものトマトが植わっていましたよ」とジュード。

 そうして受け継いだ種は「タネの銀行」にも貯蔵されるが、「シード・セイバーズ・ネットワーク」のおもしろいところは、「再生人」と呼ばれる200人ほどのボランティアが、各々の庭や畑で、その種を育てていることだ。

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世界の「種守人」と交流(アフガニスタン)

 「再生人のみなさんが、成長した作物からまた種子を取り、私たちに送り返してくれます。ご近所に種をおすそ分けされる方もいますね。こうしてタネを交換するネットワークがどんどん広がっていくというわけです。実践的ですし、何より収穫時には、みんなで和気あいあいと食卓を囲むことができるので、喜ばれますね」

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世界の「種守人」と交流(ソロモン諸島)

 今では世界44ヵ国に広がる「シード・セイバーズ・ネットワーク」の活動。ミシェルやジュードたちが知恵を分かち合った後、活動は基本的に現地の人々の手に任される。ソロモン諸島では「100種類以上のバナナ」「843種類におよぶタロイモ」が貯蔵されるなど、目覚ましい成果も生まれている。
 「西アフリカのガンビアを訪れた時のことです」とジュード。「日没時に、歌い、そして笑い声をあげながら、少年たちは山羊とともに、少女たちは水を汲んで戻ってきました。とても印象的な光景でしたね。農の現場を訪ね歩いて感じたことは、世界の奥地の、シャイで謙虚な人々によって、種の多様性が保全されているということです」

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世界の「種守人」と交流(フィリピン)

 40年の時を経て、ミシェルとジュードが種を植えた活動は、いま世界の各地で緩やかに連帯しながら芽吹いているわけだが、彼らに気負いはない。「多様性に富んだ、魅力的で、おいしい未来を、ただ共につくりあげていきたいだけなんです」 
(八鍬加容子)

▼seedsavers

※上記は『ビッグイシュー日本版』295号より転載

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