日本ではホームレスの人や、アルコールなどの依存症の人が「スポーツを楽しんでいる」というと、「そんな暇があるならさっさと働け」「その前に病気を治せ」などと言われがち。
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日本は「教育」、オランダは「福祉・保健」-「スポーツ」の捉え方の違い
日本では「スポーツ」の管轄は、「文部科学省」のスポーツ庁。一方オランダでは「健康・福祉・スポーツ省」という省庁があり、日本で「厚生労働省」にあたるところにスポーツ部門があります。
つまり日本人にとっては、スポーツは「教育」の意味合いが強いのですが、オランダ人にとっては、「福祉」や「保健」であるため、社会的な困難を抱える人がスポーツをするのは当然の権利なのです。
そのため、オランダでは社会的な困難を抱える人にスポーツのプログラムが用意され、そこに税金が使われていることに対しても、違和感なく受け止められています。
全人口のたった4%、されど4%が「スポーツができない」という社会の問題
さらにオランダは「全人口の4%」が社会的な困難があるためにスポーツにアクセスできていないことを社会問題として深刻に受け止めています。
オランダのライフ・ゴールズ・ファウンデーション(*)は、「この4%の人たちがスポーツにアクセスできるようになれば、社会的な困難がなくなっていくのではないか」と考えて活動していると言いますから、日本とオランダの「スポーツ」の受け止め方はずいぶん違うと言えるでしょう。
(*)2011年にオランダのユトレヒトに設立された非営利団体。
そこで、2019年3月、「オランダに学ぶ社会性スポーツの可能性~ライフ・ゴールズ・ファウンデーションの取り組みから~」というテーマの勉強会を開き、オランダの社会性スポーツの現場を視察した3人の登壇者が報告を行いました。
*社会性スポーツとは、ホームレス状態の人、不登校、シングルマザーなど社会的な困難を抱えた人たちをつなぐ、競技性や勝利至上主義ではないスポーツのこと。
社会的マイノリティ・弱者がスポーツにアクセスできる機会の提供
ライフ・ゴールズの活動は、ホームレスワールドカップ(*)に選手の派遣を行うほか、薬物やアルコールなどの依存症やホームレス状態の人、若年シングルマザーなど社会的な困難を抱えた人に対して、スポーツを通じて働きかける「ソーシャル・スポーツ・コーチ」を育成することにより、孤立している人々に社会参加の場の提供などをしています。
*ホームレスワールドカップとは、ホームレス状態の人のみが参加できるストリートサッカーの世界大会のこと。
「ライフ・ゴールズの目的は困難を抱える人たちに『パーソナル・ディベロップメント』を達成してもらうことにあると聞きました。この言葉は、視察中に団体の現地スタッフから何度も何度も繰り返された言葉で、『人間的、個人的な支援や発達』という意味です。
つまり、競技性のスポーツでは上手くなることを目的に教えますが、彼らは競技としての上手い・下手だけではなく、『パーソナル・ディベロップメント(人間的、個人的な支援や発達)』のためにスポーツという手段を使う、と明言していました」と、視察を終えたビッグイシュー基金の川上翔が話します。
ライフ・ゴールズが行っているさまざまなプログラムの中でも、特に力を入れているのが社会的な困難を抱えた人たちにスポーツを教える人を養成する「ソーシャル・スポーツ・コーチング」です。2018時点で350人以上がこのプログラムを受けて、現在そのうちの100人以上がオランダ国内の支部で活動しています。
プログラムは4日間に渡って行われ、講習費用は12万円。講習では、ソーシャル・スポーツ・コーチの役割や、求められる振る舞い、チームビルディング(*)の手法、参加者が参加するグループワークの運営方法などについて、事例や実技を交えながら学んでいきます。
「例えばチームビルディングの講習のときは、2000年に公開された映画『タイタンズを忘れない』を教材にしました。この映画はアメリカ国内で人種差別が大きな問題となっていた1970年代初頭に、ヴァージニア州の高校でアメリカ初の白人と黒人の人種混合によるフットボールチームの黒人コーチの実話を基にした話です。僕らは、映画での黒人コーチの振る舞いを観て、ただの『集まり』からどのように『結束の強いチーム』が形成されていくかを議論しながら、確認していくという作業を行いました」。
*チームビルディングとは、 チームの目的や目標の達成に向かって、各メンバーが主体的に能力や多様性を発揮しながら一丸となるチームを目指す取り組みのこと。
講習では、MBTIと呼ばれる心理学的類型論に基づいた性格診断テストも行っています。様々な項目に回答することで、コーチ自身が自分の性格を知り、その結果として「自分は、相手の話を引き出すのがうまいコーチだ」とか「自分はコミュニケーション力が高くて、どんどん発信していくのが得意なコーチだ」などと自己理解を深めて、当事者とどのように関わっていくべきかを学んでいきます。
ライフ・ゴールズはソーシャル・スポーツ・コーチ以外にも、困難を抱える当事者がフィールド外で参加する「ライフ・ゴールズ・セッション」、参加者やコーチがプログラムを評価する「ライフ・ゴールズ・モニター」などのプログラムを提供しています。
写真:ライフ・ゴールズ・ファウンデーションより提供
また年4回行われる「ライフ・ゴールズ・フェスティバル」では、薬物やアルコールなどの依存症やホームレス状態の人、若くて頼る人のいないシングルマザーなど社会的な困難を持つ人が交流するサッカー大会が行われています。大会では、勝敗にこだわらず楽しむこと、社会的に孤立している人々が社会での居場所を見つけることが大きな目的になっています。
大会はオランダの各都市で行われ、各支部がホストとなって当事者も運営に加わり、ワークショップや料理会も実施されています。サッカーだけではなく、大会プラスαのプログラムを用意することで、社会性スポーツというものが活性化されている良い例ではないでしょうか。
「人との繋がりがなくなってしまった方たちが、繋がりを取り戻し、楽しく過ごせる時間を増やしたい」
NPO法人ビックイシュー基金でプログラムコーディネーターをつとめる長谷川知広(イベント当時)は、「私たちビッグイシュー基金では、ホームレスの方を対象に、サッカーのクラブ活動を行っています。その目的は、人との繋がりがなくなってしまった方たちが、サッカーを通じて人としての繋がりを取り戻し、過去を後悔したり未来を心配したりするのではなく、体を動かすことで楽しく過ごせる時間をつくれれば、という思いから活動しています。
ホームレスサッカーが始まってから10年経ちますが、活動の輪はホームレスだけでなく、ひきこもり、うつ病の方々など、いわゆる社会的困難を抱えている人たちに徐々に広がってきています。
このような活動を行う中で、オランダでは勝つことだけを目的としない社会性スポーツ(*)の先駆的な取り組みがあることを知りました。日本でも、スポーツを通してマイノリティの方たちが社会との接点をつくる場にすることで、豊かな人生を送るためのノウハウを吸引したいと考えています」と話しました。
(石井綾子)
第二部:<学校の部活がないのに、国民の半分以上が毎週運動する国、オランダ /勉強会「オランダに学ぶ社会性スポーツの可能性」より>を読む(2019/10/28公開)