米国疾病予防管理センターは、すべての国民に公共の場ではマスクを着けることを推奨している。 全米各地の病院でも、来院者はマスクを着けて一人で来院するよう呼びかけている。しかし、「マスク着用」や「社会的距離の確保」は、耳の聞こえにくい人々にとっては大きな障壁となる。米国では聴力に問題がある人は、子どもで1000人に2〜3人、18才以上の成人で約15%との数字がある*1。
*1 参考:Quick Statistics About Hearing(NIDCD)日本では、自己申告による難聴者率(自分が難聴であると感じている人の割合)は11.3%、推計約1,430万人いるとされている(日本補聴器工業会 「Japan Track 2018調査報告」より)。
その大多数、とりわけ健康格差の影響下にある社会的弱者の人たちは、聴力検査を受けたこともなければ補聴器を使ったこともない。ヒスパニック・ラテン系成人の難聴者で補聴器を使えている人はわずか5%と推定されている*2。「ヒスパニック聴力支援協会(Hispanic Hearing Healthcare Access Coalition)」としては(筆者を含む聴覚・公衆衛生の専門家らで構成されている)、コロナ禍でも難聴者たちが取り残されないような対策を地域社会に強く求めている。
これまで以上に聞こえなくなってしまう諸事情
人の脳というのは、相手の唇の動きを読みとるなどの「視覚情報」を用いて会話を理解する仕組みになっている。マスクを着けると、この大事な視覚情報が読み取れなくなる。
また声がこもってしまうという音響的な問題もある*3。補聴器や人工内耳の上にさらにマスクを着けることが煩わしく、いっそ補聴器を外してしまう人もいるかもしれない。
*3 参考:How Do Medical Masks Degrade Speech Reception?
6フィート (約1.8m) 以上の対人距離を取ることが推奨されていることも、相手の発言を聞き取りづらくする。相手との距離が離れるほど、音量は小さくなるのだから。距離があくことで、難聴者が話を理解しようとする集中力を維持しにくくなるという研究もある*4。
*4 参考:The effect of hearing loss on source-distance dependent speech intelligibility in rooms
パンデミック前とは状況が一変、相手に近づく・口元を見る・通院に付き添うことも難しい
Image Source/Getty Images
研究からは、病院内が騒がしいと患者は重要な情報が聞き取りにくく理解がおそろかになること、その瞬間は聞こえても記憶に残りにくくなることが分かっている*5。米国のオレゴン退役軍人病院での各病棟の音環境を録音し、入院患者にテストを行ったところ、雑音レベルが低い場合でも、軽度〜中度難聴の入院患者が思い出せた重要単語は58%のみ。雑音が最も大きいケースでは30%にまで落ちた。これは医療従事者と患者のあいだのコミュニケーションに大きな影響を与えるものだ。
*5 参考:Effect of hospital noise on patients’ ability to hear, understand, and recall speech
マスク生活によって普段頼りにしていた視覚情報が使えず聴覚情報のみになると、これまでは「難聴」と診断されてこなかった “潜在的難聴者” の存在が明らかになってくるだろう*6。 また、難聴や聴覚障害のある人たちが、公衆衛生上の重要情報、利用可能なサービスなどの情報を得にくくなる可能性もある。 病院や介護施設、隔離施設にいて、突如として家族や友人のサポートを受けられなくなった人たちは特にだ。
*6 米国で5230名を対象とした調査では、難聴の域に入る測定が出たのが26.1%で、そのうち自身の難聴状態を認識していたのは16%のみだった。
Self‐Perceived Hearing Status Creates an Unrealized Barrier to Hearing Healthcare Utilization
聴覚障害者とのコミュニケーションで気をつけたいこと
マスク着用が必須であっても、スムーズなコミュニケーションを可能にするシンプルで効果的な方法を紹介したい。
・対人距離を取りながらも、お互いに「向かい合う」こと。
視線を合わせることで “つながり感” が出て、コミュニケーションに集中しやすくなる。・相手が聞き取れているかに配慮し、「ゆっくり」話す。
声を大きくしがちだが、より効果があるのははっきりした発音を心掛けることである。・こちらの言ったことが “聞こえた” だけでなく“理解できているか” を確認するため、自分の発言を相手に復唱してもらう。
「ティーチバック(teach-back)」と言われるこの方法は、医療従事者にとっても(対面、リモートともに)患者がきちんと理解しているかを確認するのに欠かせない。
・遠隔診療、ビデオ会議、オンライン授業などでコミュニケーションの質を改善するには「リアルタイム字幕」が有効だ。
・聴覚障害者や難聴の人に、コミュニケーション手段は何がベストかを確認する。
こちらの発言を理解しにくそうなら、「ことばを変えて」言い直す。
紙に書く、音声入力を試してみるのもよいだろう。・相手の話を聞き取りやすいよう、なるべく静かな場所を選ぶ。
・できればフェイスシールドや透明マスクを使い、視覚情報を得られるようにする。
・複数のコミュニケーション手段を提供できるようにする。
(例:書面、リアルタイム字幕、アシスト技術、手話通訳者の手配)・病院に行くときには当事者がコミュニケーションカードを持参する。 サンプル
難聴者とのコミュニケーションを図るには、上記のようなアドバイスを心掛けてもらいたい。コロナ禍においては思うようにいかないことも多いが、少しでも快適なコミュニケーション方法を選んでいきたいところだ。
地元の病院用にフェースシールドを作る聴覚学者ブライアン・ウォン
Bryan Wong, Au.D., CC BY
著者
Nicole Marrone
Associate Professor in Speech, Language, and Hearing Sciences, University of Arizona
※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年4月30日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
【オンライン編集部追記】
全日本難聴者・中途失聴者団体連合会からも、「新型コロナウイルスに関する要望 (声明)」が出されている。
新型コロナウイルスに関する要望
新型コロナウイルスに関する要望 (その2)
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