女子サッカーの役割は、男子サッカーとは異なる。「解放」のプラットフォームとして期待される女子サッカー、2021年秋にプロリーグ「WEリーグ」開幕

 2020年11月、スポーツメーカーのナイキジャパンが、アスリートの実体験をもとに3人のサッカー少女の苦悩や葛藤を描いた動画「動かしつづける。自分を。未来を。The Future Isn’t Waiting.」を公開し、大きな話題を集めた。2021年秋には、日本初の女子サッカープロリーグ「WEリーグ」も開幕するなど、スポーツを通じたジェンダー平等や女性のエンパワメントへの関心は、ますます高まっている。


ナイキのCM動画

WEリーグのWEにはWomen Empowermentと「わたしたちみんな(WE)が主人公として活躍する社会を目指す」という意味が込められている。マイノリティの居場所として、自分らしさを表現する場所として、女子サッカーはどのような役割を果たすのか。またWEリーグが、日本の女子サッカー界の発展にいかに貢献するのか。

今回は、サッカーを通じたマイノリティの居場所づくりをしていたビッグイシュー基金の活動から生まれたダイバーシティサッカー協会が、元プロサッカー選手や現役サッカー選手といったゲストを招き、「女子サッカーと女性のエンパワメント」について考えた。


この記事は、2021年3月9日に開催されたオンラインイベント「Women Empowermentと女子サッカー」のレポートです。

ゲスト:
大滝麻未さん(ジェフユナイテッド市原・千葉レディース所属、一般社団法人なでしこケア創設者)
野口亜弥さん(元プロサッカー選手、順天堂大学スポーツ健康科学部助教、一般社団法人S. C. P. Japan設立者)
星野智幸さん(小説家、ダイバーシティサッカー協会アンバサダー)

共催:NPO法人ダイバーシティサッカー協会  S. C. P. Japan
司会:鈴木直文(一橋大学教授、ダイバーシティサッカー協会代表理事)


女子サッカーだからこその魅力、「解放感」。

小説家でダイバーシティサッカー協会アンバサダーを務める星野智幸さんは、ホームレスサッカーチーム「野武士ジャパン」やダイバーシティカップへの参加を通じて、サッカーを通じたマイノリティの居場所づくりについて関心を持つようになったという。

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ダイバーシティサッカーには、ホームレス当事者や精神疾患を抱える人など、様々な困難や背景のある人が集う。しかし、当日一緒にサッカーをしていると、その人たちがどういう困難を抱えた人たちなのかという事は特に意識をしなくなる。それよりも、一緒にサッカーをしたのだという気持ちだけが強く残るのだ。これがダイバーシティサッカーの持つ「解放感」という魅力なのだと星野さんは話す。

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ダイバーシティサッカー協会が主催するフットサル大会「ダイバーシティカップ」の様子

星野さんは、女子サッカーにもこのような「解放感」を感じるようだ。

男子サッカーのファンでもある星野さんだが、「男子サッカーを見ていると時々苦しくなる」という。それは男子サッカーの持つ「男はこうあらねば」というメッセージ性にあると星野さんは話す。

男性にとって、スポーツとは奨励されるものであり、それを極めることが男性として価値のあるものとされてきた。つまり、男性にとってスポーツがある種の「規範」を作るものとして存在していることが星野さんにとっての苦しさに繋がっていたのだ。

一方で、女子サッカーにはそれとは正反対の「解放感」があると星野さんは話す。女性はこれまでスポーツを基本として作り上げられてきた「規範」から外れた存在だったが、その女性たちがサッカーというスポーツを通じて、自分らしく生きる場を作り出してきた。そういった女子サッカーの中に星野さんは「解放感」という魅力を見出したのだという。

男子サッカーにはない魅力を生かした
女子サッカーならではの発展とは

元プロサッカー選手で、現在はスポーツを通じた共生社会の実現を目指すS. C. P. Japan共同代表を務める野口さん。中学生の頃は、学校のサッカー部から「女子はできないよ」と入部を断られたり、近くに女子サッカーチームがなかったりといった困難の中で、両親の助けを借りながら、なんとかして好きだったサッカーを続けてきた。

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こういった経験によって、野口さんは男子サッカーの制度の方が整っているからこそ、男子サッカーにはあって「女子サッカーにはないもの」という視点で女子サッカーを見てしまっていたが、星野さんの言うように「解放感」といった男子サッカーにはなくて「女子サッカーにあるもの」という視点で女子サッカーの魅力を探ることが必要だとコメント。

さらに、女子サッカーの発展について野口さんは、賃金や待遇、実施環境などについては男子と同様の制度を整える必要があるとしたうえで、必ずしも女子サッカーが男子と同様の発展をする必要はないのではと話す。

例えばマイノリティの居場所という魅力は男子サッカーでは作ることが難しくとも、女子サッカーの持つ重要な魅力となる。

「自分らしさ」を女子サッカー界だけでなく、社会に発信する。
海外女子サッカーに学ぶプロ選手の発信力

星野さんがダイバーシティカップを通じて感じた「サッカーをしているとお互いがどのような困難を抱えているかを気にしなくなる」という解放感について、一般社団法人なでしこケア(以下「なでケア」)創設者の大滝さんは女子サッカーでも同様のことがあると話す。

なでしこリーグの現場では、選手たちは「ただサッカーが好きだから」という理由で集まっている。そこに「こうあるべきだ」という考えは存在しない。「好きなことで集まっている」からこそ、自分を飾らずにそれぞれが自分の個性を表現することができているのだと。

大滝さんは、こういった女子サッカーの魅力、「自分らしさを発信できること」を女子サッカーというコミュニティ内に留めず、もっと外の世界にも広げていくことを今後の課題として考えている。

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大滝さんはFIFAマスターや海外リーグでの経験から、ミーガン・ラピノー選手に代表されるようなアメリカの選手たちの発信力の高さを実感している。彼女たちはプロとしての責任、スポーツを通じて社会に何を伝えたいのかという目的意識をしっかりと持っている。ここは日本の選手も学ぶべき点であると大滝さんは言う。

ミーガン・ラピノー選手のスピーチ動画

これに野口さんも同意。野口さんによると、アメリカではサッカーと社会の分断がほとんどないそう。だからこそ、アメリカでは女子サッカー選手が社会に対し、同性パートナーの素晴らしさや、同一賃金の重要性について声を上げることもあるのだと。

アメリカの選手による発信力が高い理由には、彼女たちは大学時代からプロサッカー選手による表現が社会でどういったインパクトを持つのかについて、教育されている事が挙げられる。野口さんはこの点は、今後の日本女子サッカー界でも実現していけるのではと考えている。

マイノリティの居場所としての女子サッカーを日本で作り出すためには。
今後の女子サッカー発展に向けたWEリーグへの期待

大滝さんはなでしこリーガーたちが女子サッカーに対する思いをアクションに移すことを手助けするために設立した「なでケア」での活動から、国内の女子サッカー界における今後の課題について話した。

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大滝さんは、「なでケア」という場所ができたことで、これまで「何かしたい」と思っていたが、何もできなかった選手たちが行動を起こす事ができるようになったのは大きな一歩だと話す。しかしながら、そういった思いを持たない選手たちにどのようにして思いを持ってもらうか、どのようにして「なでケア」の活動に参加してもらうかが今後の課題でもある。

この点について、今回のWEリーグ創設が良い影響を与えるのではないかと大滝さんは期待している。WEリーグが創設され、選手たちは「プロサッカー選手」になる。これを機に女子サッカー界の発展について考え、「なでケア」を通じてアクションを起こしていく選手が増えていってほしいと大滝さんは話した。

2021年秋に開幕するWEリーグ。日本の女子サッカー界はもとより、社会に起きる変化に注目したい。

取材協力:野村拓馬

サムネイル写真:Chuck Underwood/るPixabay
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ダイバーシティサッカー協会では、今後も様々なゲストを招いてライブ配信を行う予定です。

オンラインイベント「Women Empowermentと女子サッカー」動画アーカイブ

――ゲスト紹介――


大滝麻未さん

大学卒業後にフランスのプロサッカーチーム「オリンピック・リヨン」とプロ契約を結ぶ。2015年に現役を引退、2017年にFIFAマスター*1を取得。そこで学んだことを日本の女子サッカーに還元したいとの思いから、2017年に現役復帰。女子サッカー界のさらなる発展のためには選手の立場から行動を起こさなければならないと考え、2019年に一般社団法人なでしこケアを設立。
「なでしこケア」のホームページ
https://nadecare.jp/


野口亜弥さん

大学卒業後、アメリカ留学を経て、スウェーデンの女子プロサッカーチームとプロ契約。現役引退後、留学時代から関心を持っていた「スポーツを通じた社会課題解決」に携わるためにザンビアでボランティア活動を行う。帰国後、「スポーツと開発」や「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」を専門に研究する傍ら、「スポーツを通じた共生社会づくり」を実現するために、一般社団法人S. C. P. Japanを設立。
「S. C. P. Japan」のホームページ
https://scpjapan.com/


*1 2000年に開設された「スポーツに関する組織論、歴史・哲学、法律についての国際修士」。10か月の間にイギリス・イタリア・スイスにある3つの大学を回って学習し、幅広くスポーツ界で活躍する人材を育成することを目的として設立された。


星野智幸さん

1965年アメリカ・ロサンゼルス市生まれ。1988年早稲田大学卒業。新聞社勤務後、メキシコに留学。1997年「最後の吐息」で文藝賞を受賞しデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2003年『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2015年『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞。2010年から路上文学賞を主宰。近刊に『だまされ屋さん』。

(参考サイト)
ダイバーシティサッカー協会のホームページ
https://diversity-soccer.org/

WEリーグ公式サイト
https://weleague.jp/

FIFAマスターについて(Wikipedia)