米国テネシー州ジャクソンで暮らすエドワード・ミッチェル(34歳)は、17歳のときにひき逃げ事故に遭い、脊髄を損傷した。しかしそんな彼にも他の人たちと同様、食費や公共料金などの生活費がかかる上、自立した生活を送るには、住居のバリアフリー改修、介助サービス、話し言葉をテキスト表示させるツール、自分で運転して通勤できるよう車のカスタマイズなど、生活環境を整えるお金もかかる。
米国にはミッチェルのように働き盛りで障害を持つ人は約2千万人いて、障害のせいでかかる追加出費をやりくりしながら、日々の生活を送っている。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で米国内外の障害者施策を研究している社会福祉学准教授ザカリー・モリスらが、オンラインメディア『The Conversation』に発表した記事を紹介する。
障害者に28%の所得増が必要となる理由
非営利組織「全米障害者協会」が2020年10月に発表した最新報告書*1で、筆者らは障害のある18〜69歳の米国人にかかっている追加生活費を、4つの全国サンプル調査データを用いて概算した。その結果、障害のある成人が、同じ人数・所得で障害者のいない世帯と同等の生活水準を維持するには、現状より平均で28パーセント増の収入が必要であることが明らかとなった。
*1 参照:The Extra Costs of Living with a Disability in the U.S. – Resetting the Policy Table
これはもちろん、政府から給付される障害者手当を加えたうえでの数字だ。アメリカ人の平均所得に鑑みると、年額17,690ドル(約191万円)に相当する。各人の具体的な額は、障害の程度やどんな必要経費がかかってくるかによって異なる。
障害のせいでかかる費用を収入からマイナスすると、220万人が要支援対象の貧困層に
しかし、米連邦政府が定める「貧困ガイドライン」では、この追加経費が考慮されていないため、ミッチェルの収入を障害のない人と同等に扱うと、収入のかなりの額が障害に関する経費に充てられている事実が見過ごされてしまう。
この貧困ガイドラインは、社会福祉プログラムの受給資格の判断に使われている。障害者にかかってくる追加経費を正確に考慮されれば、さらに220万人もの障害者が貧困層に該当し、医療や食糧支援の受給資格が得られるようになると推定される。
貧困ガイドラインを下回るかどうかを判断する際に、世帯収入額を考慮する事例はこれまでにもたくさんある。例えば、「世帯人数」に基づく調整は自動的に行われており、そのおかげで、人数の多い家族は人数が少ない家族より世帯収入額は大きくても、さまざまな福祉手当を受ける資格が維持されている。
客観的には、3人家族より4人家族の方がお金がかかる。同じことが障害者のいる家族にも言える。住宅補助や医療保険サービスなどを申請する際の収入判定において家族の人数によって調整されるのと同様、障害者にかかる追加経費に関しても調整が可能なはずだ。
例えば、3人家族が食糧援助を受けるには、月額の収入額が2,353ドル(約25万4千円)、現金資産は2,250ドル(約24万円)を超えてはならないとされている。しかし、障害者が1人いる世帯であれば、現金資産を最大3,500ドル(約37万円)まで持てるようにすべきと考える。
筆者らの調査結果をまとめたインフォグラフィック
https://www.nationaldisabilityinstitute.org/wp-content/uploads/2020/10/extra-costs-disability-infographic.pdf
働ける障害者にも生活費支給される仕組みの必要性
障害があることで発生する追加の生活費をまかなう策として、障害者への生活費手当プログラムを新しく設けることも考えられる。現状、米国の障害者支援プログラムでは、給付金が支払われるのは、「当事者が1年以上仕事ができない」と証明できる場合のみなのだ。つまり、仕事ができる何百万人もの障害者は、追加の経費がかかっているのに一切支援を受けられていない。
米国外に目を向けると、英国では、仕事ができるかどうかにかかわらず、個別自立手当(Personal Independence Payment)プログラムのもとで現金が支給されている。スウェーデン、ニュージーランド、フィジーにも、米国にはない方法で、障害者の経済的安定を支援するプログラムが存在する。
【オンライン編集部補足】
なお日本では、精神または身体に重度の障害がある人を対象とした「特別障害者手当」が支給されている。中程度の障害者の所得保障が不十分という声もある。
参照:特別障害者手当について(厚生労働省)
著者
Zachary Morris
Assistant Professor of Social Welfare, Stony Brook University (The State University of New York)
Nanette Goodman
Director of Research, Burton Blatt Institute, Syracuse University
Stephen McGarity
Assistant Professor of Social Work, University of Tennessee
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年3月24日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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