暴力は“感染症”に酷似、予防・治療できる。11ヵ国以上で24~86%の暴力事件を減少させるNGO「キュア・バイオレンス」の取り組み

 アフリカで結核やHIVの問題に取り組んだ疫学者が、米国に帰国して気づいたこと。それは、暴力が“感染症”に酷似することだった――。暴力の“予防・治療”に驚くべき効果をあげるNGO「キュア・バイオレンス」を、在米ジャーナリストの岩田太郎さんが紹介。


※下記の記事は『ビッグイシュー日本版』295号(SOLD OUT)からの転載です。

 
 米国の疫学者・内科医ゲイリー・スラットキンによって2000年に立ち上げられた「キュア・バイオレンス(暴力の完治という意味)」*は、目の付け所がユニークだ。

Cure Violence

 都市部などで先鋭化する暴力の原因を、暴力の主体である「悪党ども」や「ろくでなし」に見いだすのではなく、結核やHIV・エイズなどの感染症の広がりによく似た特徴をもつ「健康問題」として捉えなおしている。だから、暴力をふるう者への接し方も、相手を価値のない人間として見る処罰主義ではなく、「病に悩む患者に対する予防・治療」が基本になる。

tookapicによるPixabayからの画像
tookapic / Pixabay

 目的はただ一つ、医療と同じ「いのちを救う」ことだ。医学や社会への深い洞察に基づき、「疾病管理」のアプローチを応用して専門スタッフによる早期発見・介入プログラムを実施している。

 具体的には、暴力の広がりが感染症と同じ「人と人の接触」で広がっていくため、銃撃事件などが発生した際は、トレーニングを受けたスタッフがただちに現場へ急行。報復や復讐といった新たな暴力の感染を防ぐため、当事者や家族、友人たちとの仲裁に入る。また、病の“発生源”ともいうべきリスクの高い地域やグループ、個人と面会し、専門スタッフが信頼関係を醸成。感染の予防を行う。活動の生まれたシカゴでは、各家庭をこまめに訪問し、地域全体で声かけを行うことで、初年度に銃撃が前年比67%減少した。

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Paul Barlow / Pixabay

 メッセージは明確だ。「あなたには、価値があるんだよ」「私たちは、家族だから」「地域の一員として、私たち一人ひとりに責任がある」と、少人数の集まりで参加者に語り掛け、暴力の芽となり得る悩みを聞く。一昔前、教会やモスクが担っていた役割に似ている部分がある。

 こうして米国各地に市民の連帯が広がるなか、キュア・バイオレンスはこれまで殺人件数など暴力行為を41~73%減少させてきた。まさに「上医は国を医す(病気になる以前に、病の源を治す)※」のアプローチだ。

※ 上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す

 この予防医学的な活動は、さらに国境を越えた市民の連帯活動へと発展を遂げてきた。最初に拡散するきっかけとなったのは、米国が仕掛けた戦争で人心がすさみ、暴力行為の収拾がつかなくなっていたバスラやサドルシティーなどイラク都市部の荒廃だった。08年のことである。現地イスラム文化に内容を適応させ、その後5年間で延べ1万4千人と接触を行い、1千件に上る介入で暴力を防いできた。

 イラクでも成功をおさめたキュア・バイオレンスは、カナダ、メキシコ、コロンビア、ホンジュラス、エルサルバドル、ジャマイカ、ケニア、南アフリカ、シリア、英国など深刻な暴力問題に悩む11ヵ国以上のネットワークに広がり、暴力の国際的な感染を予防している。

 内戦で疲弊するシリアにおいては、訓練を受けた2千人以上の市民が、宗教指導者などと共にアウトリーチをかけ、絶望的な状況に希望をもたらし始めた。

 ホンジュラスでは13年に市民連帯が立ち上がり、重点を置く3地域において、銃撃を前年比73~86%減らすことに貢献した。

 メキシコにおいては、米国国境に近いシウダーフアレスで14年に暴力予防活動を始めた。同市は「世界一危険な都市」という不名誉な異名をとるが、キュア・バイオレンスがやってくると、初年度に殺人が前年比24・3% 減少し、2年目にはさらに13・1%減った。

 暴力の連鎖や、社会の理解不足に追い詰められ、絶望しか見いだせなかった地域に、キュア・バイオレンスは「暴力伝染の予防」「暴力の治療」という、人道的な手法で希望の光をもたらす。暴力を疾病と見ると、対処法が変わる。何より実際の殺人や銃撃を、従来の方法より効果的に減らせる。国際社会に、その共通理解に基づく連帯が広がりつつある。
 (岩田太郎)

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