「この詩を書いた女、頭おかしいんじゃね?」
シドニーにある男子校の授業で、米国の詩人シルヴィア・プラスの詩を読んでいると、ある生徒がそう強く批判した。教室にいたのは教師(筆者)を含めて全員が男性だった。生徒たちのディスカッションを促す立場にあった筆者は、ジェンダーに関する批判的意見が出てくることをある程度は予測していたが、ここまで露骨とは…。
オーストラリアのニューカッスル大学の研究者で教育現場にも立つコディ・レイノルズが、男子校で見られるジェンダー教育の課題についてオンラインメディア『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
michaeljung/iStockphoto
男子校ではジェンダーを扱うと反感を招く傾向が強い
教育現場で起きる「偏見」をテーマとした筆者の調査では、男子校ではジェンダー関連の話題が反感を呼ぶ傾向があるとの結果が出ている。冒頭のような意見を、このくらいの年齢の男子生徒にありがちなイキった発言と見過ごすわけにはいかない。男子校には、こうした男性の特権意識を守る慣習が根強くあることが多いのだ。
現在、シドニーの高校は性暴力にまつわる厳しい実態に衝撃を隠せない。「性的関係の同意」について学校での教育充実を呼びかけたシャネル・コントスの嘆願書に*1、数千人の女性たちの署名が集まり、自分たちが若い頃に受けた性暴力にまつわる体験談が次々と寄せられているのだ。
*1 ジェンダーや教育について修士課程を終えたコントスは、女子校時代に友人に起きた性暴力を振り返り、このアクションに至った。「シドニーの男子校生徒から性暴力を受けた、または受けた人を知っていますか?」とInstagramで尋ねると、24時間で200人が「YES」と答えたという。
しかし、元男子高校生にまわりでそういう行為をした人を知っているかを尋ねると、その数は激減したことから、男女間の認識ギャップが浮き彫りとなった。コントスがまとめた教育改善の嘆願書には、1カ月で3万人超の署名、体験談の証言も約5千に達した。
参照:’Do they even know they did this to us?’: why I launched the school sexual assault petition
この嘆願書では、男子校にはびこる女性蔑視的な発想の変革も呼びかけている。そうなのだ。私たちは、授業での教師の教え方を含めて、学校生活のあらゆる面に偏見があることを、まずは認識する必要がある。
男子校・女子校の教師や学校指導者(校長、教頭、指導主任)が前提としている学習の違いが、指導計画および実際の授業に影響を与えていることは、筆者のこれまでの調査でも明らかだ。特に男子校では、こうした違いが、女性の過小評価や、ジェンダーに関する否定的な固定観念を生み出しやすい。
男子校では文学教材に男性作家の作品が多い傾向
神経科学の研究では、男子と女子の考え方の違いは学習心理とは無関係であることが分かっている。にもかかわらず、「教材の選択」において性別に関する思い込みが影響していることを、複数の研究が明らかにしている。
メルボルン大学の報告書*2にも、教材が男性作家の作品に偏っている背景には、教師や学校指導者のあいだに、社会・政治・文化の重要な問題について考察および執筆する能力は男性作家の方が優れているという偏見が長年存在してきたため、と述べられている。
*2 教科書(2010-2019年)に登場する作家の男女比は男性64% vs 女性36%と圧倒的に男性が多い。しかし近年は、女性の比率が増加傾向にある。
参照:A Report on Trends in Senior English Text-Lists(P.12の表)
筆者が担当している英語(日本でいう国語)の授業でも、教材選びにこの発想が見て取れる。男子校では、男子にふさわしいと考えられる小説、ならびに男性作家の作品が好まれる傾向があるのだ。そのため、授業の中でジェンダーについて考える、議論に発展する機会が少ないように思う。
一方、男女共学校や女子校では、教材選びにおいて「男らしさを強調したもの」が指針となる可能性は低い。その分、ジェンダーの問題が可視化されやすく、議論のテーマとして相応しいはずだが、実際には授業内容やカリキュラム計画に議論の項目は入っていない。
男子生徒にもジェンダーを考える機会を
筆者は2015〜2016年、公立校・私立校の英語教師と教務主任あわせて130人以上に聞き取り調査を行った。男子校には他にもジェンダーへの前提が影響している要素があるかどうかを調べたかったのだ。すると、ジェンダー視点と成績に関する教師たちの意見が印象的だった。
ほぼすべての教師が、男子生徒はジェンダーを扱った小説を読む機会があまり用意されていないのでは、と見ていた。さらに、男子生徒はジェンダーについて(女性に関してだけでなく、男性自身についても)の考察を避けた方が成績評価は良くなるだろうとの意見だった。こうした意見を定量分析することは難しいが(教師の指導からすべての偏見を取り除くことは不可能なため)、成績を正しく評価するには、男子生徒たちのジェンダー分析視点を含めていくべきであろう。
多くの教師が意見したように、男子校の生徒はジェンダーの権利を意識する、または深く考える機会がほぼないのだとすれば、ジェンダーのアイデンティティについて文学的な議論をする能力が育まれないのも当然だ。
女性作家の作品を取り入れるだけで解決するわけではない
ならば、女性作家の作品や女性を描いた小説をもっと取り入れれば、男子校でもジェンダーについて語られるようになるのでは、対策は簡単ではないのかと思うかもしれない。だが残念ながら、問題はもっと深刻なのだ。
男子校の教師たちが言うには、女性を描いた小説を教材にしても、男子生徒たちはジェンダーに着目することはほぼなく、それよりも文章としてどう表現されているかや、女性主人公の体験をあくまで男性的視点から捉える傾向が強い。
この点についても、女子校や男女共学校では違う調査結果が出ている。教室内に女子生徒たちがいることで、彼女たちの口から直接思いを聞くなどして、男子生徒も女子生徒もジェンダー的視点の学びを得ているようなのだ。
筆者の授業内での実践でも、上記のような男子生徒の傾向が見てとれた。大学入試統一試験の授業計画にある、シルヴィア・プラスの『エアリアル』と、テッド・ヒューズ(プラスの夫)の『バースデイ・レターズ』の比較分析を実施したところ、男子校の生徒たちからは、プラスの女性としての生き方よりも、ふたりの不幸な結婚生活を語るヒューズの作品を支持する意見が多かったが、女子校と男女共学校の生徒たちは、男女ともに、プラスのフェミニストとしてのアイデンティティに関する意見が多く挙がったのだ。
さらに、男子校で教える複数の女性教師が、授業でジェンダーについて取り上げようとしたときの生徒たちの反応に恐怖を感じたと述べたのが気がかりだ。一部の発言力のある上級生が、そんなものフェミニストたちが考え出した、かたちだけの取り組みだろうと強く反論してきたという。シドニー東部のあるベテラン教師は、古典作品で女性が置かれた厳しい立場について考察するという課題を出したところ、男子校の生徒から、男性教師が採点してくれるんだろうな、でないとレポートは書かないと言い放った、とのエピソードを話してくれた。
ジェンダー教育の取り組み強化の必要性
上記のような現場の声を踏まえると、男子校のカリキュラムや授業の進め方を改革する必要が見えてくる。しかし授業のやり方によっては、状況改善の道が切り開かれる可能性は十分にある。小説が生徒の社会的共感力に影響を与えることを示したもの、英語の授業を通してインクルージョンの尊重が促され、ジェンダー平等への理解を深める結果をもたらしたことを示した先行研究もある*3。
*3 参照:
文学作品を通してジェンダーの公平性および民主主義を教える
Engendering Gender Equity: Using Literature to Teach and Learn Democracy(2007)
著者への共感で読む力を育むディスカッション戦略
Seeking a Balance: Discussion Strategies That Foster Reading With Authorial Empathy(2016)
女性蔑視的な思想の“芽”を取り除くため、学校としての取り組みを今すぐ始めるべきだ。そして教師である私たちも、ジェンダー問題を認識し、疑問を持つことを、授業の中でどう取り込んでいけるかに挑戦していかなければならない。
著者
Cody Reynolds
Researcher & Educator, University of Newcastle
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年3月3日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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