自殺は集団として長期的に予防すべき問題

 ひどく悲劇的な出来事にもかかわらず、世界中では40秒に1度の割合で自殺が発生している現実がある*1。人命の早過ぎる喪失はもちろんのこと、自殺が起きるたびに、家族や友人、まわりの人々を含めて100人以上もの人々が何らかの負の影響を受けていると示す研究もある。

*1 Suicide: one person dies every 40 seconds

自殺を考えている人の多くは、長期間にわたり、激しい心の苦しみと闘っている。それは、人生におけるさまざまな逆境かもしれないし、精神疾患かもしれない。それゆえ、自殺を防ぐ上でもっとも重要なのは、苦しい時期を過ごしている人や心の病を患っている人たちを適切にサポートすることである。

この20年で実施されてきた研究エビデンスからは、自殺の引き金となるのは、命を落とす直近の事柄だけではないこと、自殺へ駆り立てるものはそれまでの人生を通じて蓄積されていくものであると示されている。人生の初期段階で起きた出来事が長期的に災いし、大人になってから自殺に至ることがあるのだと。

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自殺に駆り立てる気持ちは人生の長い時間をかけて積み上げられるもので、出生前や幼児の頃の状況から始まっているおそれがある。(Shutterstock)

リスクはいつ生まれるのか

90年代、英国の疫学者デビット・バーカーは、低体重または早産で生まれた子どもは、大人になったときに心疾患や代謝性疾患などの慢性疾患を発症する可能性が、そうでない子どもよりも高い傾向にあることに注目、DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説(別名:バーカー仮説)の基礎となる報告を行った。

胎児期という重要な時期にさらされる影響が、その人の短期的および長期的健康に大きな影響を及ぼしうるとのこの知見は、早期段階で介入すれば長期的結果をも改善することができるとの見方を促した。妊娠前・妊娠中のからだのケアを促すガイドラインを設ける契機になると同時に、幼少時の出来事が長期的な健康問題にどのような影響を与えるかをもっと理解すべしとの科学的関心が高まっていった。

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幼少期の要因が自殺と関連しているなら、自殺予防策は早期に始められる必要がある。

筆者が関わっているLIFESPAN研究プロジェクト*2にて、出生前および周産期に見られる諸要因と後年の自殺ケースとの関連性を調査したところ、7つの要因に大人になってからの自殺との関連性が見られ、DOHaD仮説を支持する結果が得られた。特に強い影響をもたらしていたのが、親の学歴の低さ、社会的・経済的条件の低さ、若年齢での妊娠など親に関する特徴だった。ただし、これらはあくまで疫学的研究の結果である。個々人にあてはめて考えるのではなく、集団で捉える必要がある。一定の集団内において、そうした人々のリスクが平均して高めであるということを理解していただきたい。

*2 LIFESPAN研究プロジェクト https://www.lifespanproject.net

幼少期のリスク要因

幼少期の要因が数十年後の人生で起きる行動に影響を与えている、その背景を理解するには、以下の視点にも目を向けたい。

1つ目は、「社会の仕組み」に関するもの。社会的・経済的要因(貧困、教育水準の低さなど)は健康を決定づける重要な要因で、世代から世代へと伝えられやすい。経済事情に恵まれない家庭に生まれた子どもは、質の高い教育、医療、人生のさまざまなチャンスの恩恵を受けにくい。そのため、大人になってからも経済的・社会的問題にぶつかるリスクが高く、それが自殺リスクを増大させかねない。これは言い換えると、大人の自殺リスクを増大させる経済的・社会的問題は、ある部分では、子どもが生まれた家庭の社会経済的状況の延長ともいえる。

これは、親の教育レベルなどの社会経済的指標にもあてはまる。若くて学歴の低い親は、自分の子どもに幸先の良い人生のスタートを切らせられるだけの物質的および感情的リソースを十分に持ち合わせていないことが多い。そのため、こうした親たちに適切なリソースを提供すれば、その子どもたちが大人になったときの健康レベルを向上させられる可能性がある。

2つ目は、「脳の発達」に関するもの。バーカー仮説では、子宮内で逆境にさらされた胎児は、それなりの適応反応を示して厳しい環境を生き抜こうとする。しかし、子宮内でサバイバルした経験によって、人生で起こるストレスにうまく対処し、たくましく生きていくための「レジリエンス」と呼ばれる力がそがれる恐れがあるのだ。したがって、低栄養、感染症ホルモンに影響を与えうる要因を意識して減らしてやることが重要となる。胎児の頃に逆境を経験した子どもたちのレジリエンスを高めようとする試みが、その後の人生における問題を防ぐ可能性があるということだ。

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胎児が逆境にさらされると、子宮の中の厳しい環境を生き抜くために適応する。(Pixabay/Canva)

公衆衛生政策としての自殺予防を

健康上の問題を減らし、社会的コストを最小化する上で、「早期予防」は広く認知された方法だ。その早期予防のためには、健康問題が顕在化する前に、ある集団におけるリスク要因を取り去る、または、減らすことが重要となる。

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レジリエンスといわれる人生のさまざまなストレスに対処する力は、自殺や精神的な問題を防ぐ上で重要な因子である(Shutterstock)

この観点で見ると、自殺防止に求められるのは、「集団としての予防策」と「個人への介入」の統合である。自殺予防は短期的ではなく長期的な視点でとらえ、人生の長い旅路において自殺を引き起こしにくくする取り組みが必要となる。子どもの成長を助ける環境を用意し、レジリエンスを育む公衆衛生政策を取り入れられれば、長い時間をかけて蓄積される自殺リスクを減らせる可能性がある。

著者
Massimiliano Orri
Assistant Professor, McGill Group for Suicide Studies, Department of Psychiatry, Faculty of Medicine and Health Sciences, McGill University

Marie-Claude Geoffroy
Assistant Professor, Department of Educational and Counselling Psychology and Canada Research Chair in Youth Suicide Prevention, McGill University

THE CONVERSATION

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年10月6日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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