イタリアの刑事施設(拘置所や刑務所)では、2022年の1年間だけで84件もの自殺が発生している*1。なかでも8月は14人が命を絶ち、2日に1件のペースという衝撃的な数字が記録された。イタリアの全人口にあてはめるなら、同期間に7万5千件の自殺が発生したことになる。この憂慮すべき事態について、イタリアのストリートペーパー『スカルプ・デ・テニス』が特集を組んで報じた。
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*1 イタリアの刑事施設内での自殺者数の推移(2000〜2022年)。自殺率は収容者1万人あたり15.4、ヨーロッパ46カ国の平均5.2と比べても突出している。 参照:https://www.statista.com/statistics/621127/suicides-among-prisoners-in-italy/
自殺者の多くは、外国人、依存症や精神疾患がある人、貧困による住所不定者など、大きな困難を抱え、社会から疎外されがちな人たちだ。少年や女性もいる。ちなみに、イタリアの刑事施設の収容者のうち、外国人が占める割合は31.3%、女性が占める割合は4.4%だ。“緊急事態”のはずなのに、人々の関心はそれほど広がっておらず、当局が発行する年次報告資料に淡々と数字が記録されているのが現状だ。
注目すべきは、自殺の多くが拘置所で起きていることだ。“裁判待ち”、つまり、まだ無罪となる可能性もある状況で発生している。2023年5月末時点で、イタリア国内で刑事施設に収容されているのは5万7千人強、うち1万4千人近く(約24.2%)が“裁判待ち”だ。住まいがある人は裁判待ちの期間、刑事施設に収容される必要はないという代替措置*2も用意されているが、経済的な理由からそれが難しい人たちは施設内にとどまったままだ。
*2 イタリアでは刑事施設の過密状態が深刻なため、約2万9千人(2021年1月時点)に保護観察、在宅起訴などの代替策が取られている。
専門職の配備や拘束以外の方法を
ミラノのサン・ヴィットーレ刑務所で自殺した2人の少年のうちの1人は、精神疾患者向け医療施設への移送を待っている最中で、直近の数週間で2度も自殺未遂を起こしていた。看守の多くが、薬物依存症や精神疾患のある人々への対応に必要なケアの研修を受けられていないことを踏まえると、事態が急速に悪化するのも無理がないのかもしれない。
しかし、「それほど費用をかけなくとも、効果的に介入できる方法がある」と語るのは、慈善団体カリタス・アンブロジアーナの刑事部門責任者イレアナ・モンタニーニだ。「何よりもまず、施設内処遇(刑務所や少年院での更生指導・教育)への依存を減らし、それ以外の方法をもっと増やすべきです。とくに精神疾患や依存症の人、小さな子どもがいる母親、妊婦などを、刑事施設内に長く拘束すべきではありません」
「修復的司法*3 に向けた動きを強化し、“刑は更生のためにある”という考え方を浸透させるべきです。もちろん、過ちを犯した人は、それに見合った刑に服さなければなりません。ただ実際には、社会秩序の維持を目的とした措置に偏っており、保護観察など代替措置の選択肢が増えているにもかかわらず、刑事施設に収容される人数が高止まりしています。この制度自体を変えていく必要があります」
*3 従来の刑事司法「応報的司法」に対し、犯罪を人々およびその関係の侵害ととらえ、被害者、加害者、コミュニティが、それらの修復、回復を目指すシステムを探求することを指す。
考え方を変え、制度を変える
さらにモンタニーニは続ける。「収容者は自由を制限されている状態なだけで、人権があるということを忘れてはなりません。それが大前提です。自殺を防ぐには、刑事施設は収容者を一人ひとり、個性を持つ人間として受け入れられる場所にしていかなければなりません。そのためには、十分な数のソーシャルワーカー、医療や精神疾患の専門家を配置する必要があります」
「また、収容者が大切に思う人と連絡を取れるようにすべきです。コロナ禍の緊急対応としてオンライン通話を許可したところ、多くのネガティブな事態を防げたとの報告もあります。なぜ収容者は、家族と週に10分しか話せないのでしょう。制限をゆるめ、必要ならいつでも家族に連絡できるようにすべきです。ヨーロッパの他の国々では、そうしている国もあります。実際、刑事施設で没収された携帯電話にはたいてい、通話履歴の一番上に母親や親しい人の番号があります」
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最近の自殺報道を受けて、イタリアの任意団体『公正のためのボランティア全国協議会(Conferenza nazionale volontariato giustizia)』がマニフェストを更新した。その最後の一文に重要な指摘がなされている。
“誰かが自由を奪われ、弱い立場に置かれたときに、家族の温もりが必要だと感じ、わずかでも大切な人と密に連絡を取れることは、刑事施設の人間性を示すうえで最も深い意味を持ち、第一になされるべきことだ。”
「これができるかどうかで、その国の文明度がわかると思います」とモンタニーニは締めくくった。
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あまりにも多くの人が、その必要もないのに刑務所に送られている
イタリアの人権団体アンティゴネでは、1998年に法務省より刑事施設の監視権限を受け、半年ごとの報告書を発行している。自殺者が増加している理由について、アンティゴネで働くソフィア・アントネッリに話を聞いた。
ーーイタリアの刑事施設内での自殺が増えているそうですね。
コロナ禍で、収容者の孤立状態は極限まで進みました。 家族との面会など、収容者の多くが必要とする活動の多くが中断されましたから。さらに、ソーシャルワーカーや医療スタッフなど施設内の支援サービスの人材不足も深刻です。
ーー 収容者にとって自殺を考えやすいタイミングがあるのでしょうか?
もっとも危険な時期は、刑事施設に入ってまもない頃です。とりわけ、初めて収容される者には、はかりしれない心理的負担がかかり、予測できない行動を起こす場合があります。その一方で、長い刑期の終盤もむずかしい時期です。長い刑期を終えて社会復帰するにあたり、以前のような人とのつながりはもう無いのだと悲観し、自ら命を絶つ人がいます。
ーーどのような対策が取られるべきでしょう?
刑事施設内で働くソーシャルワーカーの数を増やす必要があります。収容者のサポートに不可欠な存在ですから。またアンチゴネでは、収容者が現行の憲法および法律を尊重した環境に身を置けるよう、施設内の規則改正を定期的に訴えています。 最近では、家族との連絡に関する規則の見直しを求めました。 これまで、家族友人との電話は週に1回だけに制限されていましたが、コロナ禍でビデオ通話を導入した施設では、その後も継続され、新たな連絡手段として定着しています。
施設の外との連絡手段については、郵便も改善の余地があります。刑事施設では、今でも手紙が主要な連絡手段のひとつですから。適切な対策を講じれば、電子メールの利用も増やしていけるはずです。現在は、社会協同組合を通じ、料金を支払えば電子メールの利用が可能です。
Antigone
https://www.antigone.it/english/who-we-are
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「更生」という刑事施設の本来の目的に立ち返るべき
「2022年の自殺者数は、イタリアの刑事施設をめぐる危機的な状況を浮き彫りにしている」と語るトリノ市で収容者の人権監視委員を務めるモニカ・クリスティーナ・ガロにも話を聞いた。
ー自殺が急増している理由は?
コロナ禍の2022年夏は、収容者のためのアクティビティもわずかしかなく、刑事施設内は孤独と静けさに包まれ、恐怖と絶望ばかりがつのるむなしい時間が流れていました。パンデミックが落ち着いたものの、更生プログラムや教育・訓練活動の再開もスムーズにいっていません。ネガティブな感情にとらわれた収容者たちが、生より死を選ぶという極端な行為に走ってしまったようです。
パンデミックがマイナスに働いたのは間違いありません。家族との連絡を取るのがいっそう難しくなりましたからね。もう一つの要因は、受刑者の生活環境にあります。刑務所の過剰収容は深刻で、平均で110%、なかには200%超の施設もあります。居住空間はまったくもって足りておらず、社会復帰を目的とした活動はわずかしかなく、人との関係性などおかまいなし、ケアが十分にされていないのです。さらに、地域社会の関心の低さもあります。受刑者の置かれた状況を知ろうとする、出所者を温かく迎え入れるなどの努力が必要です。
ー刑務施設内の環境を改善するには?
精神疾患の専門医の数を増やすことと、外国人受刑者がぶつかる文化や健康面での悩みを適宜サポートできる人員を常駐させる対応が必要です。イタリア刑務局(Italian Prison Service)が、ビデオ通話の回数を増やし、家族とのつながりを維持しやすくする措置を取ると通達を出しましたが、それだけでは十分ではありません。受刑者同士での対話や議論ができる時間と空間を提供し、他者とコミュニケーションを取る機会をサポートしていくことが重要です。
ートリノ刑務所の状況はいかがですか?
イタリアの刑務所の悪い特徴がすべてそろっているといえるトリノ刑務所は、イタリア刑務局から「国内で最も複雑な刑務所」に分類されています。矯正施設として、衰退していく一方です。私たちの調査からは、現状維持に固執して、深刻な問題の抜本解決に向き合っていない現状が見えてきました。かつては、社会事業を立ち上げ、収容者たちに仕事を与え、社会復帰しやすくする取り組みがなされるなど革新的な時期もあったようですが、長年のうちに、外部との提携事業がさまざまな理由から打ち切られていきました。現在も、受刑者の仕事の機会をつくりだそうと模索しているのですが、いかんせん、こうした社会事業に投資しようと手を上げる企業がほとんどいないのです。現在1,400人超いる受刑者が半分くらいなら、本来の更生機能を取り戻し、社会復帰を目指した活動にもっと注力できるのかもしれませんが。
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「自由に電話をかけられれば、救われる命がある」刑務所内の神父からの提言
受刑者の電話利用を認めることで、多くの命を救うことができると主張するのは、ブスト・アルシーツィオ刑務所のダヴィド・マリア・リボルディ神父だ。2022年8月に立ち上げた自身のYouTubeチャンネルで、「受刑者が週10分だけでなく、いつでも電話できるようにすべき」と訴えた。
ーこのような提言をしようと思った理由は?
夜の10時にかかってきた1本の電話がきっかけでした。かけてきたのは、以前刑務所内で会ったことがあり、今は北欧で収容されている人物です。独房から携帯電話でかけてきたのです。「優しい声が聞きたかったから」というのです。彼には励ましの言葉が必要で、自分が必要としているものを求めることができた。同じ頃、私の担当刑務所内で、また悲惨な自殺が起きました。こんなにも自殺が起きる一因には、自由に電話ができないことも関係しているのではないかと感じたのです。大切な人と話せるタイミングを当局に決められることに、合理性はあるのでしょうか。そのようなニーズは突発的に発生し、即座にかなえられる必要があるものなのです。
ーしかし、携帯電話が犯罪に使われるのではという見方もあります。
現実的ではありません。イタリアでは、マフィア系犯罪組織の犯罪で有罪判決を受ける人と、それ以外の犯罪を犯した人では、異なる刑務所に入れられます。電話をかける自由を誰に与えるべきかは明らかなのに、実現できていません。2021年に刑務所で押収された携帯電話は1,700台以上で、そのほとんどが、大切な家族にかけるために使われていました。現制度では、個人の自由だけでなく、大切な人とつながりを保つ機会さえも奪われています。喪失感を与えたところで、人を良い方向に導けるのでしょうか。
<編集部補足>
本文内の数字は最新データを反映し、適宜修正しています。参照:World Prison Brief data
By Ettore Sutti, Giuseppe Bonelli, Enrico Panero
Translated from Italian by Marilisa Dolci
Courtesy of Scarp de’ tenis / International Network of Street Papers
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