サイバーセキュリティに関する人材は不足がちで、特に女性が少ない分野だ。この点に注目した教育者と研究者の共同チームが、小学生女子向けの教育プログラムを開発した。開発メンバーであるフロリダ大学で教育テクノロジーを専門とするカーラ・ドーソン教授らが、その背景とプログラムについて『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
アトランタ市の小学校のある日の放課後――3人の女の子(全員9歳)が暗号解読のタスクに取り組んでいる。「クリプトコミックス (CryptoComics) 」の登場人物をサイバー空間から助け出そうとしているのだ。
クリプトコミックスとは、サイバーセキュリティ分野のキャリア教育を目的に開発された小学生向けのカリキュラムで、特に有色人種の女子になじみやすいキャラ設定になっている。パズルやゲームの謎解きをとおして、サイバーセキュリティや暗号の作成・解読の「暗号理論」について学べる。教育者と研究者(教育工学、STEM教育など)による共同チームが考案したこのプログラムには、電子コミックやアプリのほか、石に古代文字を書く、目に見えないインクを作るなどオフラインのアクティビティも組み込まれている。サイバーセキュリティ分野で活躍する女性のストーリー紹介もある。
研究者としてカリキュラム開発に携わった筆者たちは、このプログラムによって子どもたちのサイバーセキュリティ分野への関心がどれくらい高まるかを追っている。実際に期待どおりの効果があったかどうかを評価できるのは何年も先のことだが、初期調査からは、「サイバーセキュリティの仕事について知識が深まった」との結果が出ている。子どもたちからは、「サイバーセキュリティの仕事はハッカーから私たちの生活を守ってくれるから好き」「チームで協力して暗号を解読するのが好き」といった声が寄せられた。
サイバー攻撃の日常化。1日あたり2校で発生
オフィスで働く大人、公共Wi-Fiを使う人、銀行、学校に通う子ども……今やサイバーセキュリティはほぼすべての人に関係している。米国の学校がサイバー攻撃を受ける事例も急増しており、2020年は登校日あたり2校でサイバー攻撃が発生した*1。
*1 サイバー攻撃数は2016年から5倍に増えた。コロナ禍でのリモート学習環境の普及により、さらに攻撃被害に遭いやすくなっている。参照:Schools Brace for More Cyberattacks After Record in 2020
このような事情にともない、サイバーセキュリティ分野のキャリア需要が高まると見込まれている。米政府も、今後10年ほどで当分野の雇用が33%増加すると予測している。しかし、この分野のキャリアに就く女性はまだまだ少なく、情報セキュリティアナリストに占める女性の割合はたったの11%だ。その理由のひとつは、女子にとって、コンピュータサイエンス分野での仕事がイメージしにくいことがある。しかし小学生への教育により、サイバーセキュリティなどの理系キャリアに抱く意識を変えられることは調査でも明らかになっている*2。そこでクリプトコミックスでは、 小学3〜5年生の女子向けに、放課後のカリキュラムに取り入れて、サイバーセキュリティについて楽しく学び、将来の職業としてイメージしやすくなることを目指している。
*2 参照:Computer Programming Effects in Elementary: Perceptions and Career Aspirations in STEM
3人の女の子の冒険を通して暗号技術を学ぶ
漫画は、3人の女の子(アキラ、カーリー、バイ)が、アキラの祖母が持っていた西アフリカのおみやげの箱を見つける場面から始まる。アキラが自分のタブレットでその箱の写真を撮ると、その瞬間、3人は不思議なサイバー世界に連れて行かれる。
謎解きに取り組む3人の女の子(アキラ、カーリー、バイ)とジャバリ/CryptoComics, CC BY
物語の語り手はアキラ。3人の女の子と、タブレットで3人とコミュニケーションを取るアキラの弟ジャバリの物語を追いながら、生徒たちは暗号や文字を解読し、暗号理論の歴史やサイバーセキュリティの基礎を学び、3人をサイバー世界から救い出す。
6つの章から成り、暗号・記号の基本から、安全性の高いパスワードの作り方へと難易度が上がっていく。暗号技術の歴史も出てくる(ナバホ・コードトーカー*3、WAVES*4 など)。ギリシャのスキュタレー、西アフリカやネイティブアメリカンのピクトグラム、フリーメーソンのピッグペン暗号など、世界の多様な暗号技術も紹介している。
*3 第二次世界大戦中に機密情報の送受信に携わった先住民ナバホ族の言語が話せる海兵隊員。
*4 第二次世界大戦中に女性の暗号研究者が所属した米海軍の部署。Women Accepted for Voluntarily Emergency Service:米国海軍婦人部隊の略。
さまざまな文化のシンボルや暗号に重要な情報が秘められている/CryptoComics, CC BY
どうすればハッカーから自分のデバイスを守れるのか。コンピュータプログラムや推測で作ったパスワードのパターンを片っぱしから入力していく「総当たり攻撃」、偽のEメールを使って偽サイトへのリンクをクリックさせる「フィッシング詐欺」、安全なパスワード設定でさまざまな攻撃から身を守る方法……ゲームとシミュレーションを通してサイバーセキュリティを学んでいく。
3人は英政府暗号学校 (現在の英政府通信本部、GCHQ) にタイムトリップし、米国海軍婦人部隊の隊員ドロシーや、第二次世界大戦中の実在の暗号研究者アラン・チューリングと出会う。3人はドロシー、アランとともに、スパイが持っていた手紙を使ってブリーフケースの暗証解読を試みる。 生徒たちも一緒に解読に取り組む。このアクティビティを通して、ソーシャルエンジニアリングとは、ハッカーが個人情報(生年月日や家族の名前など)を基にパスワードなどの秘密情報を盗み出すのに使う手法だと学ぶ。
サイバーセキュリティ分野のキャリアへの布石として
クリプトコミックスはこれまで、米国南東部の16校の放課後プログラムとして取り入れられ、200人以上の小学生 (うち73%が女子) が利用した。初期調査からは、子どもたちがカリキュラムを楽しんでいること、暗号化および復号化のさまざまな方法を学んだこと、サイバーセキュリティ分野の仕事を意識したこと、さらにはクリプトコミックスで得た知識やスキルを日常生活にも活かせていることが分かった。
教師たちからも、生徒が暗号化や解読などの概念を「すばやく理解でき」、女子たちの「ターニングポイントになりえる」とのコメントをもらっている。「読むのが苦手なのでオーディオ版があるとよい」との生徒の声もあったので、声優を使ってオーディオブック化もすすめた。
サイバーセキュリティ分野のキャリアには大きなチャンスが眠っている。クリプトコミックスが子どもたち、とりわけ女の子たちの将来のキャリア選択に寄与してくれたらと願っている。
クリプトコミックス公式ページ
http://cryptocomics.org
著者
Kara Dawson
Professor of Educational Technology, University of Florida
Pavlo Antonenko
Associate Professor of Educational Technology, University of Florida
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年12月14日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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