従来の動物園といえば、世界のいろんな場所から連れて来られた動物たちが、鉄格子をはめたコンクリートの檻に入れられ、刑務所を思わせるものがあった。健康状態は悪くはないのだろうが、多くはじっと宙を見つめ、小さな檻の中を落ち着きなくうろうろしているようすに悲しくなったものだ。
しかし近年は、動物が野生に近い生息環境に置かれ、種本来のふるまいを目にすることができる施設が増えている。この間の変化について、動物の生態や心理を専門とするドレイク大学のマイケル・J・レナー教授による『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。
動物園や水族館の関係者の間で、「動物の飼育」への考え方が根本的に変わってきた。単に動物を飼育するだけではなく、「アニマルウェルフェア(動物福祉)*1」というより高い基準を満たすことが求められているのだ。これはかつてなかった尺度で、動物園や水族館の認定および評価方法が大きく変化したことを意味する。近年みられるこうした動きは、動物の生態や幸福に関する科学的理解の発展のたまものであるとともに、動物園の野生生物保護に対する熱心な取り組みの現れでもある。
*1 感受性を持つ生き物として動物に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法をめざす欧州発の考え方。
2021年、アイオワ州デモイン市のブランク・パーク動物園で新しく取り入れられた道具で遊ぶライオン。
Nick Moffitt, Blank Park Zoo, CC BY-ND
「単なる展示」から「ランドスケープ・イマージョンモデル」へ
古代エジプト時代に誕生して以来、動物園のあり方は時代とともに変化してきた。
かつてロンドン塔の中にあった英国王立動物園(1200年代初め〜1835年)は、棚に展示されたトロフィーのようなものだった。長らくヨーロッパの貴族の娯楽として庭園内に外来の動物が陳列され、一般市民に公開されたのは18世紀後半のことだ。遠くから変わった動物を見て楽しむ、「移動しないサーカス」のようなもの。ヴィクトリア朝時代(1837-1902年)になって、動物園は娯楽の場所となっていった。米国でも、1874年にフィラデルフィアで初の大衆向け動物園が開園した。
1900年頃、パリ植物園内でゾウを見物する人々。
ND/Contributor/Roger Viollet via Getty Images
初期の動物園では、なかなか動物を長生きさせられなかったが、20世紀前半になってようやく動物の健康に力を注ぎ始め、動物園の設計に陶磁器タイルなど殺菌消毒できる素材を使う「バスルーム時代」をもたらした。
そしてこの50年ほどで、動物園は野生生物の保護や教育施設として大きく発展。植物、水、岩山といった自然環境の要素を使い、動物が実際に生息している環境に観客が浸れるよう演出する「ランドスケープ・イマージョンモデル」が注目されるようになった。野生の生息地と似た環境で動物を見せ、見物人もそこにいるかのように感じさせるようになったのだ。
登る、掘る、走る…動物園でもその種ならではの行動を見せることが求められる。
Doris Rudd Designs, Photography/Moment via Getty Images
最高レベルの認定を受けた施設は約1割にとどまる
施設を最善の状態に開発・維持するための認定制度も設けられている。北米にある動物園および水族館にとっては、米国動物園水族館協会(AZA)の認定を受けることが最高レベルの評価を意味する。
しかし、米国農務省に認可された約2800の施設のうち、協会の認定を受けた施設は250にも満たない(2021年12月時点)。認定を受けるには、協会の理念に沿った健全な事業運営と、教育や野生生物保護と研究の分野でも意義深い活動を行わなければならない。そして最も核となるのが、飼育環境下における動物の良質な「クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)」を実現できているかどうかだ。
この数十年間、病気予防、繁殖、長寿といった「動物の健康」に関する取り組みがフォーカスされてきた。協会でも、物理的な空間、温度帯、清掃の頻度など、客観的な基準を発表している。この広範で細かな規定は、動物園や水族館のさまざまな種の専門家からなるワーキンググループが科学的エビデンスに基づいて考案したものだ。そして、2018年度に改定された最新基準からは、「動物園や水族館はアニマルウェルフェアの達成を示すこと」との新たな目標が導入されている。動物が健康であるのはもちろんのこと、登れる動物なら登る、掘る動物なら掘る、走る動物なら走るといったように、その種ならではの行動を見せなければならない。
動物のウェルフェア水準向上のために
この60年ほどで、動物の認知能力に関する科学的理解は飛躍的に深まった。科学的な研究からは、「環境の良し悪しが脳と行動の両方に影響を及ぼす」ことがわかっており、それを踏まえて、動物園や水族館がより高い飼育基準を正式採用するに至っているのだ。一方、施設で働く職員も、その種の野生での生態をしっかりと理解していないと、“よい環境” を整えられない。アニマルウェルフェアの実践には、広く深い知識が求められる。多くの動物園や水族館では、数百種もの動物を飼育している。それぞれの種は生態系の中でその種ならではの役割を担っているため、ある種にとっての理想的な環境が他の種にもそうであるとは限らない。
2020年、ボストンのニューイングランド水族館にて飼育員に歯みがきをしてもらっているアザラシ。
Joseph Prezioso/AFP via Getty Images
いろいろな動物のウェルフェア水準を引き上げるには、さらなる時間と研究が必要である。協会の認定を受けた動物園と水族館では、世界100か国以上で実施されている研究に毎年2億ドル以上を寄付しているが、野生生物の保護に関する研究には、これをはるかにしのぐ資金が必要だ。ヒガシクロサイは何歳で母親から一人立ちするのか? フラミンゴのヒナが病気から快復した後、その成長に影響が出ていないことはどうしたらわかるのか? ニホンザルの群れの中に環境改善のために取り入れたアイテムが本当に役立っているかどうかはどう評価したらよいのか? 動物のウェルフェア度を向上させるには、こういった問いに対する答えが求められる。
協会の新しい基準の背景にあるもうひとつの要素は、種の保全における施設の役割だ。通常、飼育下の動物は野生で生きる仲間よりも長生きする。その数を増やしつつある絶滅危惧種にとって、動物園と水族館はいわば“救命ボート”だ。もはや、単に生かしておくだけでは十分ではない。“絶滅危惧種を救う”施設側の努力は、ハズバンダリートレーニング*2を取り入れるなど、動物の心身の健康に配慮した環境を用意することで初めて実を結ぶだろう。
1930年頃、動物園に捕らわれたフクロオオカミも、現在では絶滅したとされている。
Topical Press Agency/Hulton Archive via Getty Images
*2 これまで麻酔を使って動物たちの心身にストレスになっていた治療や健康管理も、トレーニングを用いることで、より安全に定期的に実施することを目指す取り組み。
著者
Michael J. Renner
Professor of Biology, Psychology, and Environmental Science & Sustainability, and director of the program in Zoo & Conservation Science, Drake University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年1月4日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
あわせて読みたい
-
平和・協同
見捨てられたペットや家畜を命がけで守るーウクライナでの動物保護活動
東日本大震災の際に、避難区域からペットたちを救出する活動をした人たちの存在はニュースなどで取り上げられたが、他国の戦争・紛争における動物支援活動には光が当たりにくい。ウクライナでの動物保護活動を追ったチェコのストリートペ […] -
公正・包摂
動物園・水族館にも「アニマルウェルフェア」の尺度を
従来の動物園といえば、世界のいろんな場所から連れて来られた動物たちが、鉄格子をはめたコンクリートの檻に入れられ、刑務所を思わせるものがあった。健康状態は悪くはないのだろうが、多くはじっと宙を見つめ、小さな檻の […] -
気候・自然
「ミート・パラドックス」―肉食を減らしたいけど減らせない人へのアドバイス
肉や乳製品を食べるときに、その影響にまで真剣に思いを馳せる人はごく少数派だろう。しかし、世界規模で多大な影響があるとの警鐘が鳴らされ続けている。英アングリア・ラスキン大学心理学部で「種差別」(ヒト以外の生物に対する差別) […]
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。