街中の貧富を可視化する―写真家ロバート・ガンパートの作品『ディビジョン・ストリート』

 2022年3月、写真家ロバート・ガンパートはサンフランシスコ市内に広がる経済格差をテーマとした新刊『ディビジョン・ストリート』を発表した。近隣に住んでいても、持てる者と持たざる者は越えられない深い溝に隔てられている。プロジェクトの経緯について、ガンパートが語った。


2016年2月7日、サンフランシスコで第50回スーパーボウルが開催された。その直前、当時の市長は警察官と公共事業局の職員を市内の観光地に動員し、路上生活者たちを立ち退かせ、観光客の目の届かないエリアへと移動させた。これを機に、私はプロジェクト「ディビジョン・ストリート」に取りかかった。(ディビジョン=境界)

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バーモントストリートから移ってきた路上生活者。路上生活者が自分で運べないものはすべて警察が没収する。
生活を束縛するものをなくして手助けしている、が警察側の言い分だ。2016年3月1日

この街のホームレス人口は増える一方で、市内のいろんな場所にテント村ができている。私は、サンフランシスコの変わりゆく”文化”、建設ブーム、そのかたわらで増え続けるホームレスの人たちを撮ってきた。彼らの写真だけでなく、当事者へのインタビューや街で耳にした会話、広告メッセージ、壁の落書き、詩などを通して、サンフランシスコの変容ぶりを感じ取っていただけるだろう。

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ディビジョン・ストリートには数多くの路上生活者がたむろしている。2016年2月16日

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ディビジョン・ストリートでテント暮らしをするコーリー・トロスクレア(46歳)。2017年2月16日

こうした変化はサンフランシスコのみならず、世界のいろんなところで起きている。とはいえ、著しい貧富の格差や路上生活者の強制退去は今に始まったことではない。サンフランシスコの起源は1848年に始まったゴールドラッシュにあるが、今日のサンフランシスコにおいては(世界の諸都市と同じく)、もはや金はハイリスクの“危険な投資”で、それよりも企業の開発担当者にぺこぺこと頭を下げてへつらう方が確実な道なようだ。

企業モダニズム

歴史学者ドン・パーソン(1955-2018)は、2005年の著書『Making a Better World: Public Housing, the Red Scare, and the Direction of Modern Los Angeles(より良い世界のために:公共住宅、赤の恐怖と近代ロサンゼルスの方向性)』の中で、1950年台初頭に公営住宅をはじめとする社会政策が「公共モダニズム(community modernism)」から「企業モダニズム(corporate modernism)」にシフトしたと述べている。「企業モダニズム」においては、住宅は個々人の所有物で、富と地位を象徴するものとみなされ、公営住宅や手頃な価格の家賃は犯罪や怠惰さの温床で、そこに住む人々は“好ましからざる者”とみなされる。

パーソンが取り上げたのは、1953年にロサンゼルスで公営住宅をめぐって起きた、“権利としての住まいを提唱する人たち”と“再開発を推進する企業”との間の闘争だ。当時も今も、人種、”共産主義”、所有物をめぐる闘いが繰り広げられている。当時勝利をおさめた企業利益が、グローバル化が進んだ2020年代の世界においても、いまだ優位を保っている。

1930年代後期から、サンフランシスコは「公共モダニズム」の中心地だった。すなわち、労働者たちは労働組合に守られた割の良い仕事に就き、住民は公費による各種プログラム、手頃な価格の賃貸住宅、清潔な道路、社会的・経済的に多彩な文化を享受できた。しかし今や、この街の経済的・社会的な景観は「企業モダニズム」によって作り変えられてしまった。

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 路上生活者が休憩しているバス停には、「確定申告で還付金を受け取ろう」のメッセージ広告が掲げられている。
2015年2月12日

労働組合の水準に見合った賃金の仕事は消え、経済はIT産業の浮き沈みに左右されるようになり、不動産投機が無節操におこなわれている。これらは、公共政策が「企業モダニズム」に迎合してきた結果であろう。はびこる不動産開発により住宅価格は高騰するも、行政サービスは(企業の方ばかりを見て)住宅支援に十分な財源を充てようとせず、多くの人たちを路上生活に追いやっている。『ディビジョン・ストリート』は、そうした変化を考察した作品である。

ディビジョン・ストリート

私が「ディビジョン・ストリート」と呼ぶエリアは、サンフランシスコの東端、IT企業やスタートアップが集まる SoMa(サウスオブマーケット)地区の中心地から始まる。そこから西方向に走り、デュボスアベニューとマーケットストリートが交差するところまで続く。再開発されたハイテク地区を背にディビジョン・ストリートを歩くと、倉庫、建材屋、画材屋、コーヒー焙煎所が混在し、かつてのサンフランシスコを彷彿とさせる景色が続く。この街でよく見られた、廊下のない2〜4階建ての安アパートが広がるのだ。

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SoMa(サウスオブマーケット)地区の南端には、常に20〜25人ほどがテント暮らしをしている。
奥にはゲーム会社ジンガのビルが見える。

『ディビジョン・ストリート』には、ホームレスなどの当事者による語りが欠かせなかった。街角に残されたメッセージ、地域のSNSへの投稿、メディアの見出し、政治家による見解…多くの人々との協力を得て成立した作品は、ひとにぎりの富める者たちとその他大勢の犠牲になる人々という、コミュニティの分断(ディビジョン)のメタファーでもある。今やこうした分断は、サンフランシスコだけでなく、米国、そして世界各地に存在する。

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ディビジョン・ストリートで暮らす路上生活者でトランスジェンダーの女性キャシー(51歳)。

『ディビジョン・ストリート』
  https://robertgumpert.com

By Robert Gumpert
With thanks to Quiver Watts from Street Sheet
Courtesy of International Network of Street Papers
All photos credit Robert Gumpert








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