「灘中生が視野を広めるためにすべきこととは何ですか?」/ビッグイシュー販売者に灘中学の3年生が質問

ビッグイシュー日本では、学校や各種団体などに出張して、ホームレス問題や取り組みへの理解を深める講義をさせていただくことがあります。

今回は兵庫県神戸市にある灘中学校へ。担当教諭の片田先生より、有限会社ビッグイシュー日本スタッフの吉田と、国立大卒の販売者・うえださんを講師として道徳の授業にお招きいただきました。


前回から3年ぶりとなる訪問で、中学3年生が参加しました。

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路上生活者は減ったが、ホームレス状態になるリスクの高い人は増えている

まずは吉田が「ホームレス」という言葉の定義について、誰が「ホームレスなのか?」という説明をしていきました。

「灘中生」といえば「かしこい」「天才」といったイメージでとらえられることが多いでしょう。しかし一人ひとりに注目すると、好きなことはそれぞれ違いますし、社交的な人もいればシャイな人もいるし、運動が得意な人もいれば苦手な人もいます。

「ホームレス」にもそれと同じことが言えます。「暗い」「汚い」などと思われがちですが、明るい人もいればこざっぱりしている人もいて、ひとくくりにはできません。ホームレスとは人格を表す言葉ではなく、“家がない”という状態を表す言葉に過ぎないのです。

厚生労働省の調査によると2007年から路上生活者の数は減少傾向にあります。しかし、注目したいのは高齢者、非正規労働者、離職者、ひきこもりの人、障害を持つ人、生活保護受給世帯の数です。こうした人たちは感染症、病気・けが、借金などで「ホームレス」になるリスクが潜在的に高い人とされます。

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参考:ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果 – 厚生労働省

日本ではこのようにリスクの高い人たちの割合が高く、「自己責任論」で済ませることには無理があります。

そのため、自分の身近にある、社会の構造のひずみに気づくこと。例えば所得格差が広がると、健康水準が低くなり、犯罪が増えるなどして、貧困層だけでなく社会のどの層も大きなストレスを受けるという説もあります。(「格差社会の衝撃/リチャード・ウィルキンソン」より)
そんな状況に対して、「このままの社会でいいのか」と社会のあり方にまずは目を向けることが重要となります。

有限会社ビッグイシュー日本とNPO法人ビッグイシュー基金という2つの団体が、雑誌制作を軸にしたホームレス状態の方の支援事業を行っていること、ホームレス状態の方それぞれの意向に沿って、仕事の提案(雑誌販売など)や、生活全般についての支援を通して、自立に向けた取り組みを行っていることを説明していきました。

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これを聞いた生徒さんからは「ホームレス状態の方がゼロになる社会の仕組みづくりって可能ですか?」との質問が。吉田からは「すぐには難しいですが、ゼロに近い状態にすることは可能だと思います。」と回答しました。

寝る時間もないほど、多忙を極めた仕事。すべてを失い、家を出たうえださん

次に大阪府・JR茨木駅西口の販売者うえださんのホームレス状態になるまでの体験談です。

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うえださんは兵庫県出身の50代。高校卒業後、国立大学に進学し、数学(代数学、符号理論)を専攻し卒業。プログラミングは今でこそ小学校からの必修科目となっていますが、当時世間ではまだスマホもインターネットもない時代。そんなときからうえださんはプログラミング技術を身につけ、ソフトウェア開発企業に就職しました。企業向けソフトウェアの開発を手掛け、部下を持つマネジメント職も勤めます。その頃うえださんは仕事で行ったシリコンバレーで、のちのGAFAの有名人たちと対面したこともあるとか。

40歳過ぎの頃は、朝は会議と営業先をまわり、午後〜夕方ごろ帰社。それからは部下の仕事の進捗チェック、部下が帰ったあと、ようやく自分が担当する開発の仕事を進め、真夜中を超えて帰宅。睡眠時間がほとんどない…といった激務が続いたそう。

こうした生活がたたり、ある朝突然身体に限界が来て、うえださんは起きられなくなってしまいます。2年間の休養後、なんとか仕事に復帰してからも、以前のようなパフォーマンスにまで上がらなくなっていました。うえださんは会社への貢献が以前のようにできなくなったという理由で、自ら辞職を願い出ました。

その後数年間、うえださんは次第に人と関わらないような生活へ。そのうち貯金もなくなり、すべてを失い、リュック1つを背負って路上生活になりました。これが2020年の話です。

路上に出ても、やすらげる場所はないとわかった

「ホームレスになることはわかっていたが、あきらめていた」。うえださんは家を出る前はそう考えていたと言います。路上に出たあとは、しばらくは路上で寝ることもできず、「家がないということは、やすらげる場所がないんだ」と悟りました。

ある時うえださんは、持っていたスマホで、無料で泊まれる場所を検索。「ビッグイシュー基金」がWebサイトで公開している「路上脱出SOSガイド」(※)が目に入り、ビッグイシューの販売の仕事があることを知り、うえださんはビッグイシュー大阪事務所を訪ねたのです。


(※)路上生活する人が生きのび、ホームレス状態から脱出するために必要な情報を冊子にまとめたもの。ビッグイシュー基金が制作・発行。大阪、東京にはじまり、札幌、名古屋、京都、福岡、熊本の各地でも作られ配布されており、ウェブからのダウンロードも可能。

https://bigissue.or.jp/action/guide/

その頃うえださんは、大阪の中之島の高速道路下の公園で、地べたで寝泊まりをする野宿生活でした。

ビッグイシュー販売者としてコツコツお金を貯め、現在はビッグイシュー基金が「ステップハウス」(*)として借り上げているアパートに住んでいます。家賃は月1万5000円(うち10000円は自立のための積立金)です。

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販売者うえださん(左)と、有限会社ビッグイシュー日本スタッフの吉田(右)

灘中生徒のみなさんとの質疑応答

授業後半は質疑応答です。さすがは難関中学、多くの生徒さんが興味津々でたくさんの質問をしてくれました。

Q:「ホームレスになる前に、アルバイトや生活保護という選択肢はなかったのですか?」
うえださん:当時の自分は、社会とのつながりが薄いほうへ流れていったんだと思います。役所に行って支援を受けるという考えが全くありませんでした。

Q:「ホームレス状態になることに抵抗はなかったのですか?」
うえださん:抵抗はなかったというか、違う世界に飛び込む感覚でした。「ここで終わってもいいかな」という、あきらめがあったかなと振り返って思います。

Q:「自殺したいと思ったことはありますか?」
うえださん:あります、何回も。でも、ビッグイシューの販売をやると、スタッフさんや、お客さんなど、顔見知りや知り合いが増えた。そうやって絆ができてくると、やっぱり生きなアカンな、という思いに変わってきました。

Q:「プログラマ―だったときと、今の月収ってどれくらい違いますか?」
うえださん:10分の1くらいだと思います(笑)ボーナスを入れると、もう少し違いますかね。

Q:「プログラミングの仕事をやっていたときの給料でもらったお金と、雑誌を売って得たお金の違いってありますか?」
うえださん:正直、以前の仕事でやっていたときは、全くお金に関心はありませんでした。現金ではなく振込なので、ただ通帳の数字が増えていくだけ。私が感動したのは、お客さんに雑誌を買ってもらって、現金を受け取ったとき。そのお金の重さと温かみが、ビッグイシューのときのほうが他に比べようがないほどあります。ありがとう、という言葉も嬉しいです。

片田先生「みなさんの親御さんも、私たち教員も給料は全て口座への振込だと思います。実際に物を売って、お金を受け取るという経験をしたことのない大人はかなりいます」

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片田先生

Q:「ホームレス状態のときって、または販売のとき、通行人はどう見えていましたか?」
うえださん:みんながんばっているなぁ!という“下から目線”で見ています(笑)販売のとき、変な目で見られるのは仕方がないと思っています。むしろ良くても悪くても、関心を持ってもらえることが嬉しいです。

Q:「大変な思いを経験したあとで、好きなことで生きていきたいと思いますか?」
うえださん:いろんなことを経験したあと、自分が見えていなかったことがわかりました。自分を大切にしなければ、と。みなさんも社会に出てみるとわかると思いますが、仕事、家庭、家、税金の支払い…いろんなものを背負ってきてしまうんです。

それを全部捨てて、社会から離れた。寂しいけど、今の自分は何も背負っていなくて軽くなった、とも感じました。その後、これでいいのかな?そうじゃないよな、と考えが変わってきました。

今後、「これは自分に合っている」と感じる仕事をしたいと思いますが、自分という存在を再認識させてもらう、良い機会をビッグイシューに与えてもらったと感じています。

Q:「今の目標としていることはなんですか?」
うえださん:社会復帰をしたいというのがあります。(ステップハウスを利用することで)住民票が取れたので、選挙に行こうと。いつかは仕事に就き、税金も納めてという生活に戻ろうと思います。

Q:「灘中生がもっと経験を積み、視野を広げ、価値観を新しくするために、これをやっておいたほうがいいと思うことはありますか?」
うえださん:いい質問をありがとうございます!やっぱり、自分を知ることが大切だと思います。周りの目を気にし過ぎなところが、今の若い人たちにもあるかなと。親の目、先生の目、友達の目、それを気にすることも大事なことなんですが、自分を深く知ることが、相手を知ることにもつながると思います。

うえださんから灘中生のみなさんへメッセージ

「自分の体験から得たこと、失敗から学んだことは、『嫌いなことで死なない』こと。『好きなことで、生きていく』ことは、自由があって、誰もが望んでいること。じゃあ、それができなかったとき、好きなことで生きていけない人は、どうするの?と思うんです。だから、みなさんには嫌いなことをやって死なないでほしい。無理をしてでもやる必要のあることって何もないし、嫌なことなら拒否をすることも大事」

「嫌なものを見て、それを攻撃するのは間違っている。ただ違いを認めれば良いだけ。理解できなければ、距離を置けばいい」

――と、体験談の最後にメッセージを送りました。

講義後のアンケートから

体を壊して仕事ができず、収入がなくなってしまうのは、誰でもありうることだと思いました。そこから社会復帰できる制度が充実すれば良いなと思いました。

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ホームレスの人が減っていることに驚くとともに、その予備軍がまだまだたくさんいることに懸念を抱いた。格差社会は富裕層も貧困層も損をするということにショックを受けた。

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「ホームレス」とは状態を表す言葉でしかない、ということにすごく納得しました。また、ホームレス状態になる要因の多くは個人の努力ではどうしようもないことだとわかりました。

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その他にも下記のような感想が。

様々な経験をしているので、説得力がすごいなと思いました。ホームレスの人の印象も変わり、楽しかったです。

ホームレスになるまでの過程や、ホームレスになる際の心情等を全く知らなかったので、目からうろこだった。

うえださんが、かつてホームレスの人だったとは信じられないほど明るかった。

ホームレスの方にも色々な方がいるとは思いますが、うえださんは、今とても前向きに話されていて、僕の中のイメージが変わりました。

うえださんが終始リラックスした雰囲気だったこともあり、生徒さんには、うえださんの人柄も伝わり、そのホームレス体験からさまざまに感じたことがあったようでした。

記事作成協力・都築義明

格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 

参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」

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