ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、高校や大学などで講義をさせていただくことがあります。
この記事では講義のエッセンスをお届けします。
「ホームレス」は、見た目だけではわかりにくい
はじめに佐野より、日本の抱えるホームレス問題について解説していきます。誤解されがちなことも多い課題について、お伝えしました。
「ホームレスの人」のイメージについて、とある学校の生徒の皆さんにアンケート調査を行ったところ、「汚い・不潔」「怖い」「お金がない」といった回答が多数でした。
路上生活をしている人にとっては、入浴できる機会が限られることがあり、マイナスな印象をもたれてしまう方もいます。ですが、ホームレス状態にあるすべての人がそうではありません。アメリカで俳優・モデルとして活動するマーク・レイさんは、家賃の高騰が続くニューヨークの街でファッションモデルや写真の仕事を続けるため、とあるマンションの屋上で6年間野宿生活をしていました。佐野はこの例をあげ、ホームレス状態とは見た目では判断できないこと、「ホームレス」も人格を表す言葉ではなく、あくまで“状態”を表す言葉であることを伝えていきました。
路上生活者だけが「ホームレス」なのではない
厚生労働省による調査結果では、全国の「ホームレス」数は減少傾向にあり、2022年に3,448人だったと発表されています。しかしこの調査方法には課題があります。一つは、ホームレスの定義が「公園、河川、駅舎などで野宿をしている人」に限られていること。もう一つは、調査方法が日中の目視調査であることです。
厚生労働省の定義の「ホームレス」の人数は減っているが・・・
つまり、現状の調査では見た目で「ホームレス状態らしき人」と判断するしかなく、着ている衣服や持ち物によってはカウントされない可能性があります。また、その時その場にいなければカウントされないため、仕事などで不在にしている人などは調査の対象にならず、実際の状況と乖離している可能性があります。
東京都は2017年、都内のネットカフェやサウナなど一時的に時間を過ごす場所で夜を過ごす利用者の調査を実施しました。その結果「住居を喪失している」と回答した人は、一晩で約4,000人にも登ったことがわかっています。
(「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」の結果より)
これを受けて、佐野は「ネットカフェで生活している人は、ホームレスにカウントできるでしょうか?」と会場に問うと、多くの学生がうなずきました。
また会場からは、「人との出会いやつながりを求め、あえて”拠点”をもたない生活をしている場合、ホームレスではなくハウスレスと言えるのではないかと思う。ホームレスの定義についてどう考えますか?」との質問が。
確かに全国を飛び回る仕事やライフスタイルとして、ホテルや友人宅を泊まり歩く人はいわゆる“ホームレス状態”には当てはまらなさそうです。
佐野は、「“ホームレス状態”とは、安心して休める自分の部屋や、守られて眠れる『家』と呼べる場所がないこと。」と定義し、どんな人もまずは安心して体を休められる場所を確保することが必要だと解説しました。
個人の理由だけではない、社会の構造が課題
ホームレス状態に至るまでには、失業・病気・家族の介護など、人によって理由や背景は様々です。「100人いれば、100通りのストーリーがあります」と佐野は語ります。
また、時代の変化により必要とされる仕事が変わるなど、社会の構造に変化がある時も、失業が増え、ホームレス状態に至る人が増えます。
「椅子取りゲームのように、減っていく椅子を取り合っているような状況だと思います。仕事がなくなるというのは、座っていた椅子がなくなること。雇用の流動化がすすむ中で、椅子の数が減って座れなかった人たちをどうするか、考えなくてはいけないと思います。」と力説しました。
“生活保護を受ければいい?“ホームレス状態から脱出することの難しさ
日本にはさまざまな福祉制度が存在しますが、実は生活保護制度の利用率は他国と比較してもとても低い状況にあります。生活保護の受給が必要とされる人のうち、実際に利用できている人は3割に満たないと言われています。その要因には、過度な水際作戦や自己責任論の広がりも影響しているでしょう。
特に路上生活者の多い大都市圏では、厳しい水際作戦にあい、生活保護受給に必要な手続きができないケースもあります。
佐野は「一度住所や連絡先がなくなると、すぐに仕事に就くのは難しいんです。いろんなものを失って、勇気を出して生活保護の相談窓口に行っても『もっと頑張って仕事を探して』と言われると、そこで諦める人も多い。それで野宿の状態が続くと、心身の健康面に影響が出る人も。もう一度頑張ろうという気持ちが奪われていくんだと思います。」と、ホームレス状態から1人で抜け出すことが難しい現状を伝えていきました。
そして会場からも質問が。「今日のお話を聞くまで、”生活保護を受ければいいのでは?”
と思っていました。水際作戦に対して、どのような解決策が考えられますか?」
これに対し「生活保護を受けるのは、私たちの大切な権利。それを発信し続けていく
ことが大事だと思います。」と回答しました。
また、水際作戦が起こる背景にも焦点を当てます。「声を上げ続けていくことで、丁寧に対応してくださる相談窓口も増えているように感じます。生活保護のケースワーカーさんの担当件数は膨大だと聞きます。そのような状況では、確かに1人相談者が増えるのも大変。こうした福祉制度の窓口で働く人の環境も整えられるような仕組みに、一緒に変えていけたらと考えています。」
家族が借金を抱え、体を悪くした。自分がなんとかするしかなかった
東京・渋谷東口B7出口付近でビッグイシューを販売するやまのべさんは、東北出身。学生時代、学校は好きな方で普通高校を卒業しました。実家は飲食店を経営していましたが、業績は芳しくなく借金を抱えていたといいます。
「借金があるなかで、父親が体調を崩して働けなくなりました。なので高校卒業して、すぐに就職しなければいけない状況でした。大学進学は選択肢になかったですね。親戚はほとんどいなかったので自分がなんとかしなきゃと思っていました。」
やまのべさんが就職したのは、運転免許を活かしたガソリンスタンドや運送会社など、自動車関連の仕事。ところがあるとき、運転免許取消しになってしまう事態に。他の職種を探そうにも、地方では車がないと移動もままならない状況。遠い親戚を頼りに、東京に出てきたといいます。
「当時、東北新幹線の終点・上野駅では、日雇い労働の手配者が集まっていました。声をかけてもらえると仕事につける。当時は高度経済成長期で、日雇い労働がけっこうありましたから。」
日雇い労働で働き、簡易宿泊所で眠る生活をしていたやまのべさんですが、時代の変化とともに日雇いの仕事は減っていき、収入が得られない状況に。労働者の仲間と行動をしながら路上生活に至ったといいます。
「新宿の炊き出しにいこうと歩いている途中で、たまたまビッグイシューの販売者を見かけたんです。その時は、雑誌が売れるとも思っていなかったんですが、事務所の連絡先を教えてもらって、電話をしました。」
次の日にはビッグイシューの事務所を訪れたやまのべさん。販売のレクチャーを受け、販売につながりました。
佐野からの「今はこうして皆さんの前でお話をしてくれていますが、当時のやまのべさんはもっと静かで事務所の片隅に座っているような印象でした。ビッグイシューにつながって、心境の変化はありましたか?」という問いに、やまのべさんは「それほど人は嫌いじゃないので、これまでも人と接する仕事を選ぶことも多かったんです。でも路上で生活していると、街の人に声をかけるわけにはいかないですよね。ビッグイシューを販売していると、お客さんと自然に会話ができます。それは、販売を始めてよかったことです。」と回答。
最後に佐野から、「もう20年近くビッグイシューを通じてホームレス支援に関わっていますが、社会の仕組みを変えて行くのは、私たちだけでは難しいと痛感しています。皆さんの力が必要です。ホームレス問題の根底にあるのは、さまざまな状況に置かれる人々の貧困問題です。目の前の人の助けになるなど、関心のあることをできることから始めてみて欲しいと思います。」とメッセージを伝えていきました。
「小さなことからできることを見つけていきたい」
学生の皆さんは、今回のお話をどう受け止めたのでしょうか?アンケートの一部をご紹介します。
上記のように、「『ホームレス』と『ホームレスの人』を分けて考えられるようになった」「今まであったネガティブなイメージがまちがったものだと気づいた」といったホームレスへの印象、言葉のイメージに変化があったという声がありました。
また、「貧困について社会全体で向き合っていく必要がある」という社会に目を向ける感想や、上記のように「最初の一歩をふみ出す大変さがあると思うが、小さなことからできることを見つけていきたい」といった声もありました。
記事作成協力:屋富祖ひかる
サムネイル: kinofushi/Photo-AC
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https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
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