地域の店の配達情報ポータルサイト/コロナ禍、お客さんの心を満たして商店街存続へ

コロナ禍でオンラインショッピングの利用が急増する一方、ネット上で販路を持たない小さな商店はますます危機に直面している。ドイツ北部ハンブルクでは、コロナ収束後の商店街を守ろうと、地域の店舗が配達情報を掲載できるポータルサイト「wir-liefern.org」を立ち上げた。


※この記事は2021-05-15 発売の『ビッグイシュー日本版』407号(SOLDOUT)からの転載です。

文具店「Carl Dames」
 

電話で注文受け、自転車で配達
SNSで近隣の店も宣伝

「あら、ハンジじゃない!」。レジの音に誘われて入ってきた白い短髪姿の買い物客に、店主はまるで旧友かのように声をかけた。ここは、かつてハンブルクの若い学生たちが教科書を買いに訪れた文具店「Carl Dames」。当時の常連客は何十年もの時が過ぎた現在も、バルテル夫妻との他愛ない会話を求めてこの店に通う。

バルテル夫妻がこの小さな文具店を経営するようになったのは28年以上も前、一つ前のオーナー夫妻が30年間支えてきた店を引き継いだかたちだ。1917年の創業以来、100年以上続いてきた文具店は今まさに危機に直面している。新型コロナの感染拡大で売り上げが40%低下したのも理由の一つだが、それだけではない。長い間、ブリッタとアンドレアス・バルテルは店の後継者を探してきたが、フォトアルバムや万年筆といった品々を扱う文具店を継ごうとする人は現れなかった。こうした商品は今、ネットで買う人が増えているからだ。

夫のアンドレアスは奇跡でも起きないかぎり店を閉めるしかないと思っていたが、妻のブリッタは希望を捨てなかった。2020年3月にドイツ国内の都市封鎖が実施されて以降、ブリッタは電話で注文を受け、商品を自転車で配達し始めた。さらに手作りのメッセージカードをインスタグラムで宣伝し、連帯の証として近隣の店の品物まで投稿。そしてオンライン上の活動範囲を広げるべく、自分たちの店をあるドイツ語ショッピングサイトに登録した。客は何十年もの時が過ぎた現在も、バルテル夫妻との他愛ない会話を求めてこの店に通う。

shop2
文具店「Carl Dames」店主のブリッタ・バルテル  Photos: Andreas Hornoff

このポータルサイト「wirliefern.org(ヴィエ・リーファン:私たちは配達する)」の目的はただ一つ。グローバル企業や大きな店舗では当たり前となったデジタルツールの恩恵を、地域の店でも受けられるようにすることだ。サイトはジャンルごとに分かれていて一見アマゾンのようだが、その理念は大きく異なる。

shop
ジャンルや地域から店を検索できる「wir-liefern.org」のサイト:https://wir-liefern.org/

利用料は無料、非営利団体が運営
各店舗が購入・配達方法を掲載

地域の店に特化したポータルサイト「wir-liefern.org」は、窮地に立つ数々の店にとって助け舟となる可能性を秘めている。その仕組みはシンプルで、店のオーナーが画像付きのプロフィールをサイトに掲載するというものだ。サイト自体は配達システムを持たず、各店舗のプロフィールページにそれぞれが決めた配達や支払い方法、店のHPや連絡先などの情報が書き添えられている。最大のポイントは、利用料が店舗側にも購入者側にも一切発生しないという点だ。サイトの運営は、中心市街地の活性化を支援する非営利団体によって行われている。

経済ジャーナリストのミリアム・ミュラーが「wir-liefern.org」の着想を得たのは20年3月末のこと。サイトURLのドメインを取得すると、SNSで協力してくれる技術者「デジタイザー」を募集し始めた。その代表格は、彼女の友人でもあるクリスティアン・ハッセルブリングだ。「wir-liefern.org はバーチャルな商店街のようなもの。利用する人が増えれば増えるほど、リアルな商店街が生き残る可能性も高まるのです」と彼は言う。

shop1
創設者のミリアム・ミュラー Photos: Andreas Hornoff

二人の原動力になったのは、ハンブルクで愛してやまない小さな通りだ。ヴィンターフーデからオッテンセンにかけての商店街にはさまざまな店が並ぶ。コロナ前、二人は店頭に置かれた品々を物色しながらこの街をあちこち散策するのが楽しみだった。

ミュラーは早い段階から、都市封鎖期間中に配達サービスを行う可能性のあったハンブルク中の商店をエクセルシートにまとめていたという。その数、多様な業種からなる650の店舗。そして二人は、サイトへの登録や協力を伝えるべく、指先が疲れ果てるまで各店舗や商工会議所、経済エネルギー省、組合やロビー団体へとメールを送った。学校の卒業を控えたミュラーの娘もチラシ配りを手伝った。さらにもう一人、デジタイザーとしてIT企業のCEOトーマス・ライヒェルトも加わり、サイト構築が進んだ。

これまでにポータルサイトへの登録を断ったのはペットショップだけとのこと。どの店も最初に尋ねる質問は決まっている。「利用料はいくらですか?」。一切無料だと伝えても真に受ける者はいない。ごく自然な反応だ。このベンチャー事業には起業家3人分の膨大な時間と人件費に加え、チラシや送料、電気代にインターネットの固定費もかかっているが、「サイトを立ち上げた目的は自分たちの利益追求ではない」と言う。

緑の党、経済大臣も
“地元消費”促すキャンペーン

難民を雇用してリサイクル素材からファッションアイテムを作る社会的企業「Bridge & Tunnel」も、wir-liefern.org に登録した店舗の一つだ。共同創業者のコニー・クロッツはこう話す。「中心市街地は、コロナ収束後に変貌を遂げると思います。規模の大小を問わず多くの店舗が経営の危機を迎えているので、新たなプラットフォーム(基盤)を確立しようとするwir-liefern.org は時代の象徴です」

現在、サイトには飲食店、本屋から日用品店、おもちゃ屋、宝石店まで見られ、登録範囲は国内数都市に拡大。利用者は地図上で自分の地域の店を見つけられる仕組みだ。こうした市民の動きとあいまって、緑の党が“地元消費”を促すキャンペーンを行ったり、最近では経済エネルギー省大臣が自国や地元の商品を積極的に購入するよう訴えた。それを聞いたミュラーは「私たちの話だ」と思ったという。

ネットへの参入により集客の拡大を実感している文具店「Carl Dames」のブリッタは、激しい憤りとともに語る。「私たちはアマゾンに立ち向かわなければなりません。配送業者を搾取し、製造業者に不利な契約を迫る現代の奴隷システムを知れば(※)、どれほどの人が支持しようと思うでしょうか? アジアで生産される商品との価格競争にはかないませんが、私たちのお店に並ぶ商品はどんな搾取も行っていません。たとえば立体地図だってハンブルクで印刷され、パッケージされているものです」

常連客に「またね、ハンジ」と声をかけるブリッタ。朝の数時間を店内で過ごしてみれば、商店街の“死”が決してメタファー(暗喩)ではないとわかるはずだ。

店に足を運ぶ人のほとんどは単に物を買いに来るだけではない。人々が抱えているのは、顔と顔を合わせて交流し「心も満たされたい」というニーズであり、その時こそ「wir-liefern.org」の出番であろう。

※ 近年、各国で配送業者や倉庫従業員の不当な労働環境・賃金改善を求める声が高まっているほか、日本でも公正取引委員会が、アマゾン側に有利な契約条項についてたびたび改善を指示している。

(Annette Bruhns, Hinz&Kunzt /INSP /編集部)








ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

募集概要はこちら