経済優先で12万人の死亡者を出しているブラジル。「沈黙」で抗議する国民の切なる思い

 新型コロナウイルスの感染者400万人超と世界最悪レベルの感染拡大が起きているブラジル*1。この背景には、パンデミックの危険性を軽視するボルソナーロ大統領の姿勢が大きく加担している。感染防止策を巡って、約1ヶ月の間に2度も保健相が代わるなど政治も混乱、事態は悪化の一途をたどっている*2。


これに「沈黙の力」で対抗しようとするキャンペーンが展開されている。社会福祉団体、人道団体、宗教団体らに加え、ブラジル・サルバドール市で発行されているストリート誌『アウロラ・ダ・ルア』もこれに参加、現在進行中の災禍に警鐘を鳴らしている。

*1 ブラジルの人口は約2.1億人。9月9日時点で感染者 4,147,794名、死亡者 126,960名(ジョン・ホプキンス大学発表)
*2 2020年9月9日現在、現役軍人のエドゥアルド・パズエロ保健相代行が保健省を仕切っている。その間に専門知識のある医療人材が追い出され、20人前後の軍人が幹部として指名されるなど、批判の声が強まっている。

ブラジルのコロナ災禍

2020年1月時点では、人々は新年が明けたことを希望を持って祝っていたはず。だが、目に見えない厄介なウイルスの出現があっけなく歴史の流れを変えた。

世界人口の半分以上がロックダウン生活を強いられ、経済は急停止。予想を超える感染拡大により、これまでに約89万人の命が失われている(9月9日時点)。アジアから発生し、ヨーロッパを麻痺させ、アメリカ大陸へと拡がったこの感染症。パンデミックの新たな「震源地」とされたブラジル*3では、国内ほぼすべての州で人々の生活に甚大な影響を及ぼしており、社会的・経済的な影響が国を不安定化させている。

*3 5月22日、WHO(世界保健機関)は「南米が新型コロナ感染症の新たな震源地になっている」と発表。

この混乱の真っただ中にありながら連邦政府の動きは何につけても鈍く、ウイルスとの闘いに直面している州・地域政府からは「無策」としか映らない。機能不全に陥ったかのような政府は、自国の保健省が課した「マスクの使用」や「隔離政策」に疑問を呈すなど足を引っ張り続け、経済停滞などありえないと、国民には通常の活動に戻り、仕事も再開せよと促している。この事態にどんな対策を打つのか、方向性も調整も戦略的計画もない中で、国民の間には自暴自棄感と不安ばかりが強まる。そうしてる間にもウイルスは蔓延し、苦しみや喪失感、死の痕跡ばかりを残していく。

「沈黙」の抗議活動

この悲惨な状況から抜け出せる道をどうにか見つけ出したい、未来を変えていきたい、多くの抗議活動がオンライン上を含めて繰り広げられている。

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バイーア州サルバドールにある聖三位一体第三会教会
提供/『アウロラ・ダ・ルア』誌 

バイーア州サルバドールにある聖三位一体第三会教会の地域メンバーたちが打ち出したのが「#SilêncioPelaDor(苦痛のための沈黙)」というキャンペーン。「沈黙の抗議活動」と言われても、多くの人はピンとこないかもしれない。普通、「沈黙」は “受け身” とされる行為なのだから。だが彼らにとって、「沈黙」は国内に広がる苦しみを鳴り響かせる有効な手段なのだ。

キャンペーンの参加方法は簡単。自宅からでも3つの手順を踏むだけ。

1. 新型コロナ感染症の犠牲者とその家族たちとの連帯を示す「沈黙」の時間を取る、
2. 文章、写真、絵などでその思いを表現する、
3. その作品をハッシュタグ#SilêncioPelaDor をつけて投稿する。

キャンペーン主催者のエンリケ・ペレグリーノは、国の至るところで人々が味わっている計り知れない苦しみを “鳴り響かせ” たい、一人ひとりの「沈黙」が集まって数百・数千の沈黙となり、国全体に鳴り響かせたい。この「沈黙」が大きな声となって首都ブラジリアにまで届き、政府が具体的な対策を取ってくれること、ウイルス封じ込めに向けた政治的協調を呼び起こせることを願っている。

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 SNSキャンペーン

「この沈黙は私たちなりの政治活動です。この行為によって抗議活動の一翼を担うだけでなく、亡くなった方々への敬意を示しています。毎日大勢の命が奪われているのは、この国の政府が科学的助言に基づいた対策を講じてこなかったためです」エンリケは話す。

かつては多くの人々が行き交っていた教会の吹き抜け階段も、今は「沈黙」が支配している。痛みと哀れみの沈黙、現実を目にして憤っている人々の沈黙が。「この活動に参加しているおかげで、こんなときでも、世界中で湧き上がる不満や痛みに心を寄せることができています。大勢の命が失われている事態に平気でいられる人たちは、他者の苦しみに思いを馳せることを知らないのでしょう」地域住人の一人ジュセは語る。

統一長老派教会のソニア・モタ牧師も、「沈黙」は抗議のあり方として効果があると考えている。「行動を起こさない沈黙ではなく、むしろ雄弁な沈黙です。聖書にも、深く傷ついた時に沈黙を守る、人の注意を引くためにあえて沈黙する場面などがあります」

彼らの「沈黙」は遠くスイス・ジュネーブにある世界教会協議会の本部にまで届き、イオアン・サウカ総幹事からもメッセージが届いた。「すべての命が大切です。この恐ろしい状況がもたらした人命の損失ならびに苦難を嘆き、ブラジルの人々が沈黙する。この行為が力強いメッセージとなって、政府に“人間の尊厳を守る” という最も重要な責務を思い起こさせることを願っています」

平和、平等、社会正義をもたらす活動を応援するメディアとして、『アウロラ・ダ・ルア』誌も、希望の灯をともすこのキャンペーンに参加していることを誇りに思っている。「沈黙」によって生まれた波が無視できないほどの大きなうねりとなり、ブラジル政府が人の命を尊重した具体的な対策を取ることを願っている。

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キャンペーンに参加する『アウロラ・ダ・ルア』誌スタッフと販売者
提供/『アウロラ・ダ・ルア』誌

By Iris Queiroz
Translated from Portuguese by Claire Reid
Courtesy of Aurora da Rua / INSP.ngo








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