巨大企業が隠蔽するPFAS汚染を暴いた映画『ダークウォーターズ』。モデルとなった弁護士ロバート・ビロットに聞く

環境汚染と深刻な病との因果関係を暴露し、巨大化学企業デュポン社に数億ドルの賠償金を支払わせた弁護士ロバート・ビロット。巨大企業との闘いは、映画『ダークウォーターズ―巨大企業が恐れた男』にもなった*1。昨今、沖縄や東京・多摩地域、大阪・摂津市などでも汚染が問題になっていることを受け、映画公開時に『英ビッグイシュー』誌に掲載されたビロットのインタビュー記事(2020年2月掲載)を紹介する。


*1 米国公開 2019年11月、日本公開2021年12月。

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映画『ダークウォーターズ』で主演を務めたマーク・ラファロ。[Focus Features]

20年以上にわたる闘いを続けてきた男ロバート・ビロットは、決して怒りっぽい人間ではなく、穏やかにゆったりとした口調で、この訴訟について幾度も説明することに慣れたようすだ。致死性の化学物質にさらされてきた小さなコミュニティに正義をもたらすべく、訴えを聞き入れようとしないシステムを相手に闘った経緯について話を聞いた。

企業を守る弁護士から、命と健康を守る弁護士へ

1998年、ビロットはオハイオ州シンシナティにある名門法律事務所で、企業の環境問題専門の弁護士として出世街道を歩んでいた。「担当していた訴訟の大半は依頼側である企業を弁護するもので、連邦または州レベルの環境法令遵守に直面している化学企業などがクライアントでした」と語る。「自分が関わっているシステムを理解できていると思っていました。でも、そのシステムの“外”では、未規制の、危険性の高い化学薬品という世界があったのです。それを知ったのは、テナント氏が私の事務所を訪れたときです」

ウィルバー・テナントはウェストバージニア州の農家で、つてを頼ってビロットに連絡を取ってきた。「祖母の紹介で彼と会うことになったんです」とビロットは振り返る。ビロットは子どもの頃、同州パーカーズバーグにあるテナントの農場近くで暮らしていた時期があったのだ。

テナントの家畜の牛は、次々と苦しみもだえ、不審な死に方をしていた。皮がめくれあがり、口から白い泡が流れ出し、性格も攻撃的になった。ある子牛は、目が明るい青色になって死んだ。テナントは、大手化学企業デュポン社による水質汚染が原因ではないかと疑った。近隣の埋め立て地に有毒廃棄物を垂れ流しているのではと考えたのだ。

ビロットは、いつもとは違うタイプの依頼人と会ったときのことを「最初は単純明快な問題に思えました」と振り返る。「法人顧客向けにしてきたのと同じことができるだろうと考えました。つまり、企業から許可を得て、埋立地から浸出されているものは何なのか、その上限値はどれくらいなのかを突き止め、比較的短期間で真相にたどり着けるだろうと」

11万ページの資料を整理し、企業側が危険性を把握していたことを突き止める

だが、そうはならなかった。問題となっている物質は、テフロン製品(フッ素樹脂の一種で、防水コーティング加工に用いられる)に使われている有毒な化学物質PFOA(ピーフォア/ペルフルオロオクタン酸、PFASの一種)であることが判明したのだ。ビロットは法廷でデュポン社に対し、この物質に関するすべての資料を公表するよう申し立てた。

入手した資料――半世紀前のものを含め11万ページに及び、整理に数ヶ月を要した――から、デュポン社は7100トンものPFOA沈殿物を埋め立て地に廃棄していたこと、その埋め立て地からテナントの土地に排水されていたことが明らかとなった。しかもデュポン社は、数十年前から、PFOAがさまざまな健康被害を及ぼすおそれがあることを把握していたことが分かった。

「テナントの家畜、家族、土地に大きな被害をもたらしていたのが規制されていない化学物質だとは思ってもみませんでした」とビロットは振り返る。「周辺地域全体の飲み水だけでなく、地球全体の飲み水、人々の血液にもPFOAが蓄積されていることが分かったんです」

ビロットはまず、環境保護庁(EPA)などの規制当局に対し、健康被害を及ぼしうると警告する972ページに及ぶ文書作成に取り組んだ。「デュポン社は私が情報を漏らさないよう、連邦裁判所に箝口令(かんこうれい)を出してもらおうとしました」とビロットは言う。しかしその試みはうまくいかず、結局、環境保護庁から1650万ドルの支払い――PFOA製品によるその年の収益の2%にも満たない――が課された。

工場周辺の約7万人の住民を原告に集団訴訟、賠償金を勝ち取る

そんな制裁では満足できなかったビロットは、2004年に再び、工場周辺の約7万人の住民を原告団とする集団訴訟を起こし、「6年間の健康影響調査にかかる費用を負担する」との合意を得た。その調査を確実なものとすべく、ビロットは公私すべてを捧げ、全力で取り組んだ。その甲斐あって、PFOAと複数の疾患(腎がんや精巣がんなど)との関連性が明らかになった。その後の2017年の訴訟では、3500人以上を原告とする人身傷害請求を起こし、デュポン社から6億7100万ドルの賠償金を勝ち取った。

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映画『ダークウォーターズ』でウィルバー・テナント役を務めたビル・キャンプと主演のマーク・ラファロ。[Focus Features]

ここでヒーローが拳を突き上げ、物語の幕を閉じることもできた。だが、そうはならなかった。「この事実を環境保護庁や米国民に公表してから19年が経つというのに、いまだに飲料水に含まれるこの化学物質について、政府は強制力ある基準値を制定していないのですから」とビロットは嘆く。

飲料水の問題であるはずが、これらの規制は、PFOAや他の化学物質にも関わる政治的な問題となり、大々的なロビー活動ならびに既得権がはびこっているのだ。トランプ大統領(当時)の環境保護への無関心さも仇となった。ビロットもそつなく指摘する。「この間、政権がいくつも変わりました。当局から、『取り組んでいます』『調査中です』とのコメントを聞かされ続けて20年になります」

地球上の誰もが“他人ごと”ではすまない汚染

ビロットは引き続き、防水性ジャケットやひげ剃りクリームなどの日用品から見つかり、健康上の悪影響があるとされるPFAS(ピーファス/有機フッ素化合物)*2をめぐって、複数の企業を相手取った新たな集団訴訟を進めている。「私はこれらの化学物質が血中に蓄積している人々、つまりは米国民のほぼ全員を代表して、この訴訟を起こしています」と話す。ビロットが目指すのは、これら化学物質の健康影響調査を目的とした独立科学委員会の設立で、その費用を企業側に負担させたいと考えている。

*2 ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物など5千種もの有機フッ素化合物の総称。

今、彼は望みを抱いている。「ようやく米連邦政府レベルでの議論が始まろうとしています。EUや英国議会なども、これは緊急事態だと認識し、対策が進みつつあります」

そうこうする間にも、日々、新しい化学物質は市場に出回る。「私たちは安穏としていられません。自ら能動的に動き、このシステムがどう機能し、どこが機能していないかをしっかり理解し、改善を働きかけていく必要があります」

映画『ダークウォーターズ―巨大企業が恐れた男』
監督:トッド・ヘインズ
ビロット役:マーク・ラファロ
弁護士ロバート・ビロットとデュポン社の訴訟を追った作品で、『I Won’t Back Down(引き下がらない)』という楽曲で幕が閉じる。「強力な利害関係がはたらいて、こんなシステムができあがったのでしょう。非常に困難かつ長い闘いとなるでしょうが、一人の人間の働きかけで劇的な変化を起こすことができる、真実は必ず明らかにされる。最後に勝つのは真実です」とビロットは話す。

<PFAS汚染とは>

  • PFAS(ペルフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル物質)は生体内持続性が高く、自然界で分解されるまで数千年かかるため、「永遠の化学物質」とも呼ばれる。PFOAは、4700以上の工業用化学物質からなるグループに属する物質。
  • PFASを含むものに、防水性の衣服・靴、防汚の制服やシャツ、耐油性のベーキングシート、ボール紙製の食品包装材などがある。
  • PFASにさらされることによる健康上の悪影響は、ヨーロッパ経済圏で年間440億〜710億ドルになると見積もられている。
  • 米国人の99%の血中にはフォーエバーケミカルが含まれ、今や世界中が同じくらいのレベルだと考えられている。
  • EUの水に含まれるPFASを包括的にモニタリングする仕組みはないため、英国やヨーロッパ全体のPFAS汚染の実態は分かっていない。
  • PFASの中には、半減期(生体内に取り込まれた薬物などの半分がその効力を失うまでの期間)が1000年以上に及ぶものもあるとみられている。
  • 研究では、PFAS物質と健康上の悪影響(膵臓がん、精巣がん、腎臓がん、甲状腺疾患など)の関連性が指摘されている。
  • PFASは、自転車のオイル、フッ素樹脂加工の調理器、ペンキ、洗剤用品、化粧品にも含まれる。

Sources: Green Science Policy Institute; darkwaters.participant.com

By Simon Ward
Courtesy of INSP.ngo / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue

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