処方薬が原因で依存症に― 数十万人が死に至ったアメリカのオピオイド危機とは

「強い副作用がある」「使用にあたり厳格な注意が必要」とされた薬は、医師が処方箋を書き、薬剤師が調剤する。その薬のせいで、何十年の間にもわたって数十万人が死亡、というようなことはあってはならない。

しかしアメリカでは「正規に処方された鎮痛薬」が社会全体に深刻な危機を生み、数十万人が命を落とす事態となっている。いわゆる「オピオイド危機」だ。ドラッグと聞けばコカインやヘロインといった違法薬物を思い浮かべがちであるが、この問題の出発点は病院で処方された薬だったのだ。

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オピオイド危機とは―資本主義が生み育てた深刻な社会課題

1990年代後半、製薬会社は「医療はもっと痛みに寄り添わなわなければならない」として、強力な鎮痛薬オキシコドン(商品名オキシコンチン)を「依存性が低く、安全に使用できる」と宣伝した。医師たちはその説明を信じ、大勢の人々に大量に処方を始めたが、実際には強い依存性を持ち、使用者はより高用量を求めるようになった。

当初は痛みを抑えるために使っていた薬が、依存症者にとっては“離脱症状を抑えるために手放せない薬”に変わり、さらに粉末化して吸引する乱用まで広がった社会問題になったのだ。2000年代になり、各州で規制が強化されて処方薬が入手しにくくなると、正規の薬は高額になり、ブラックマーケットでも値段が跳ね上がった。その結果、ヘロインやフェンタニルといった違法薬物に移行する人が続出したのだ。

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その背後には、安全性を軽視した製薬会社の販売戦略と、規制当局や政治の無策があった。結果として、アメリカ全土に依存症と過剰摂取死が広がり、今も深刻な社会問題であり続けている。

オピオイド問題の「今」

この危機は過去のものではない。現在も多くの人が依存症に苦しみ、年間で数万人が命を落とし続けている。とりわけフェンタニルなど合成オピオイドによる過剰摂取死は急増しており、地方都市や労働者階級を中心に甚大な被害が続いている。

2000年代、ブッシュ政権は「ドラッグ対策」を強調したが、重点はコカイン・ヘロイン・大麻など伝統的な違法薬物であり、処方薬依存への対応は後手に回った。2010年代前半から、「処方薬乱用 → ヘロイン乱用」への移行が社会問題化すると、オバマ大統領は「オピオイド乱用防止計画」を発表し、対策を進めたが、予算は不十分で、被害拡大を止めることはできなかった。
2017年、当時の大統領ドナルド・トランプは「オピオイド乱用は公衆衛生上の非常事態である」と宣言した。大統領がこの薬物問題を国家的危機として位置づけたことは歴史的であったが、実際には恒常的な予算措置や法制度の強化には結びつかず、被害の拡大を止めるには不十分であった。

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さらに、トランプ政権のアプローチは「製薬会社の責任を追及する」というものでも、「失業、貧困、孤立といった依存症を助長する社会構造の改善」というものでもなく、薬物を乱用する人の自己責任とみなし、メキシコ経由で流入する違法フェンタニルの取り締まりといった治安対策に重点が置かれた。その結果、強いメッセージが発せられた一方で、実際の救済や治療支援は各州や地域に委ねられ、地域間の格差が残ったのである。

誰が責任を取るのか―決着のつかない裁判

この問題を象徴するのが、製薬会社パーデュー・ファーマに対する一連の裁判である。パーデューは、販売戦略において依存性を過小評価し、虚偽的に安全性を宣伝したとして、州政府や被害者遺族から数多くの訴訟を起こされてきた。莫大な和解金を支払うことになったものの、創業一族であるサックラー一族は一度も刑事責任を問われていない。経済的な負担を軽減するための破産申請や和解スキームが議論されるなかで、「誰も罰されないまま、被害だけが拡大した」と批判されている。

さらに、パーデューだけでなく、流通や他の製薬大手も、責任を問われる訴訟に直面してきた。これらの企業は「供給や監視の不備で依存症の拡大に加担した」とされ、各州政府との間で巨額の和解が進められている。

オピオイド問題を扱った映画・ドラマ

この衝撃的な社会問題は、近年になってドラマ・映画でも扱われるようになった。
その背景には、2007年にパーデューが連邦裁判で「虚偽の宣伝」を認め、刑事罰金と民事和解金を支払い、また2010年代後半になると、全米の州政府や自治体が相次いでパーデューや流通企業を提訴し、内部文書や営業マニュアルが裁判資料として公開され、「依存性を知りながら売り続けていた」証拠が一般にも知られるようになったことが背景にあると考えられる。

例として、3つの映画・ドラマを紹介したい。

1.『ザ・ファーマシスト』
― 個人発のドキュメンタリー(2020/Netflix)

ドキュメンタリーシリーズ『ザ・ファーマシスト』は、一人の薬剤師の視点から描いたオピオイド危機だ。主人公である薬剤師は、息子が薬物取引で殺されたことを契機に、不正にまみれた警察に任せておけず、自ら調査を始める。やがて彼は、自身の地域のあるクリニックで異常な量の鎮痛薬が処方されていることに気づき、問題を追っていく――。
主人公は元々記録マニアであり、人生を通して撮りためていた録音・録画をふんだんに使い、「一人の父親・ある家族の悲しみ」を起点とし、長年にわたり倫理をなくしたクリニックを追い、さらには巨大な製薬会社の責任追及につながる流れが特徴的だ。
主人公の人並外れた粘り強さに驚きつつ、一方でここまでの尋常ならざる意思と膨大な記録なくしては、この問題が明るみにも出なければ、裁かれもしないまま放置されていたかもしれないという事実に、絶望も感じる映画だ。

Netflix紹介ページ
https://www.netflix.com/jp/title/81002576

2.『ペイン・キラー』
―企業の罪と壊れる人々・家族が描かれる(2023/Netflix)

同じNetflixで配信されている『ペイン・キラー』は、実話を基にしたドラマシリーズ。製薬会社パーデュー・ファーマの販売戦略と、その結果として広がった依存症の実態を、製薬会社の経営陣・営業・被害者・医師など複数の登場人物の視点を交えて描く。
ドラマ仕立てであるがゆえに、それぞれの登場人物がかなりわかりやすくデフォルメされた「善」「悪」として描かれているものの、企業の利益追求がどのようにして「処方薬による国家的危機」に転じたかを、この問題に詳しくない人にも理解しやすい形で説明している。

Netflix紹介ページ
https://www.netflix.com/jp/title/81095069

3.『ペイン・ハスラーズ』
― 製薬ビジネスの裏側を描く(2023/Netflix)

映画『ペイン・ハスラーズ』は、2023年に公開された実在の事件をモデルにした作品。物語は、生活に困窮するシングルマザーが製薬企業の営業に関わるところから始まる。彼女は次第に成功を収めるが、その裏で販売される薬が人々を依存に陥れていく現実と直面する。
本作は、「営業の現場」を軸にしている点が特徴。薬を売ることで生活が安定し、成功を手にしたはずの人々が、やがて取り返しのつかない問題の一端を担ってしまう―。エンターテインメント性が強いが、それゆえに上の2つと比べると、多くの人に届きやすい作品かもしれない。

Netflix紹介ページ
https://www.netflix.com/jp/title/81614419
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『ザ・ファーマシスト』『ペイン・キラー』『ペイン・ハスラーズ』は個人の告発、ドラマによる複数視点の再現、営業担当の葛藤と、いずれも異なる切り口からオピオイド危機を描いている。しかし、共通しているのは「病院で処方された薬が人を依存症に陥れ、時には過剰摂取で殺してしまう事態を生み出した」という深刻な問題である。
そして今日に至るまで、多数の人々が依存症に苦しみ、被害者遺族は企業を相手取って訴訟を続けている。それでも創業一族は法的責任を逃れているという現実。オピオイド問題は「過去の事件」ではなく「現在進行形の危機」なのだ。

※日本でも、モルヒネ・オキシコドンは鎮痛剤として認可されているが、処方は厳しく管理されているため、アメリカ型の「流通過剰による大規模依存」は今のところない。「がん疼痛患者が十分な鎮痛を受けられない」課題の方が指摘されている。

サムネイル:Darwin Brandis/iStockphoto


アメリカのオピオイド危機は、「個人の薬物乱用」の話ではなく、「“儲けた者の勝ち”という資本主義のゆがみを放置してきた社会の失敗の結果だ。だが、これは決して対岸の火事ではない。日本でも、市販薬で薬物依存になる傾向が続いているという。

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