娯楽目的の大麻は合法化、違法薬物所持はソーシャルワーカーへ:米国シアトルの薬物問題への新たな取り組み

アメリカの貧困拡大とともに増える薬物依存と犯罪。刑務所では収容しきれなくなっているほどです。そこで、警察や検事、ソーシャルワーカーが連携し、薬物常用者が薬物依存に至った根本的な問題の解決に着手しはじめたのです。

依存症の問題は厳罰化では決して解決しません。日本でももっと長い目で一人一人の将来や地域のあるべき姿を見据え、依存症に対する理解を深める動きが加速すればいいと願いつつのご紹介です。さて、シアトルではどのようなアプローチをしたのでしょうか。

Sorgenfri joe woods fra michigan

処罰より寛容なアプローチを。米シアトル、薬物問題への取り組み

ワシントン州シアトルでは2012年に大麻の娯楽目的での使用が合法化された。一方、違法薬物の使用に関しては、薬物所持で逮捕した容疑者を訴追する際にLEAD(法令施行支援)プログラムによる代替手段を提示している。同プログラムは犯罪行為を減少させることを目的とし、「*ハウジングファースト(まず住居を提供する)」の原則を採用している。

このプロジェクトが力を入れているのは、「ハームリダクション」──薬物使用をただちに取り締まったり、禁止したりするのではなく、個人と地域社会へのダメージを軽減するために働きかける寛容なアプローチだ。こうした取り組みが実際に、特に貧困層やホームレスの薬物使用者に功を奏している点について、同プロジェクトの代表、クリス・ナイロップ氏に話を聞いた。

*「ハウジングファースト」:安心できる住まいに入居してもらうことから始め、必要なサポートを後付けでしていく手法。アメリカ、ヨーロッパ、北欧などで現在基本となりつつある新しい支援の形。
従来型の福祉はホームレスの人々に対し、まずシェルターや施設などに入所させ、依存症や精神の病気を治すのを優先、それができたらアパートへ転居させていた。しかし、施設やシェルターは相部屋が多く、精神疾患などさまざまな問題を抱えている人にとって心落ち着く場所とはなりえず、路上とシェルターを行ったり来たりしてホームレス状態が長期化する人を増やしていることが問題視されている。「ハウジングファースト」は従来型をひっくり返した手法だが、アメリカなどではこれまでと比べ3倍も経済的かつ効果的であるとの調査結果がでている。

スターバックス発祥の町で拡がる格差

米北西端にあるワシントン州最大の都市シアトルには数多くの大企業と富豪が集結している。航空大手ボーイング、オンラインショッピングサイトのアマゾン、マイクロソフトもそうだ。

シアトルは世界最大のコーヒーチェーン、スターバックス発祥の町でもある。市内の有名なパイクプレイスマーケットにある1号店は観光名所にもなっている。しかし、ありがたいことに、世界的な同チェーン店が提供する各国共通のサービスよりもっと独自のスタイルと、高品質な淹れたてコーヒーを売り物にする小ぢんまりとしたカフェもこの街には点在する。

クリス・ナイロップ氏の取材を行ったのもそうしたカフェだった。ナイロップ氏は、これまで何十年にもわたり、シアトルのホームレスや薬物使用者の生活環境改善に積極的に取り組んできた社会活動家だ。シアトルでは富が平等に分配されているとはとてもいいがたい。シアトルが位置するキング郡の面積はデンマークの国土面積に匹敵するほど広大だが、ホームレス問題はそれよりも大きな問題となっていると言える。

シアトルでは、住宅街以外のどんな狭い場所──公園や線路脇の草地、車の往来の激しいバイパス道路の下──でもテント暮らしをしている人をよく見かける。そうしたテント暮らしを余儀なくされる人々は最大100人に上るが、それらの人々は同じ場所に定住することを許されず、場所を転々と移動するというシアトル当局からの条件のもと、ときどき教会の敷地を利用したりしながら生きている。

検察と警察、ソーシャルワーカーが協力して開発。LEAD(法令施行支援)プログラム

シアトルでは、都市計画のあおりを受けて中・低所得世帯向け住居が減ったことが社会問題化している。代わりに増えたのは、オフィスや高級で見栄えのするアパートだ。

「薬物使用で捕まり、罰せられるのは、貧困層、ホームレス、マイノリティーの人々です」とナイロップ氏は言う。

長年、シアトルで薬物常用者を相手に支援活動をしてきたナイロップ氏は、人がどのように「薬物との闘い」の犠牲になっていくかを目の当たりにしてきた。米国の受刑者数は世界でもトップである。薬物使用はその点にも貢献してしまっている。法律家たちによる支援団体、「米市民擁護協会」によれば、世界人口の5%が米国に住んでいるが、世界中の刑務所収容者数のうち、実に25%が米国の刑務所にいるのである。

さらに、貧困であること、ホームレスであることと、薬物を使用していることには相関性がある。そして、薬物を所持していれば常に収監されるおそれがある。 「こうした根拠をもとに、私たちは薬物との闘いの代替案としてLEADプロジェクトを推奨しました。2009〜2010年に私たちはこのプロジェクトに推進するための交渉に着手し、2011年に活動を開始しました」とナイロップ氏は言う。

LEADは、法令施行支援(Law Enforcement Assisted Diversion)の頭文字だ。検察と警察、ソーシャルワーカーが協力して開発したこのプログラムによって、警察当局は薬物所持と売春容疑で逮捕した容疑者に代替案を提示することが可能となった。目的は、プログラムに参加してもらうことによって犯罪行為を減らすことにある。

逮捕されたら二択。「刑務所に行く?それともソーシャルワーカーに会う?」

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「薬物所持で逮捕した容疑者が初犯だった場合、担当した警官は選択肢を提示します。刑務所に行くのと、即座に対応してくれるソーシャルワーカーに託されるのと、どちらがいいかと」と、ナイロップ氏は説明する。

「このプログラムに参加する86%は路上生活者です。彼らにとって最初に解決すべき問題は、住まいを見つけることです」

ナイロップ氏によれば、LEADプログラムは「ハウジングファースト(まず住居を提供する)」の原則を採用している。まず確保するのは住まい。それから、必要な支援を提供していくやり方だ。しかし、彼らが自分で払える安い家賃の部屋があるかどうか。米国ではそれも難しい問題だ。

「私たちは、他にもさまざまな問題を抱えている人々にも対応しています。おそらく彼らが薬物を使用してしまうのは、問題を抱えているからなのです」とナイロップ氏は言う。

警察は薬物常用者を犯罪者ではなく、助けを必要とする人間とみなすようになった

プロジェクトへの参加はすべて自由意志によるもので、強制ではない。 「プロジェクトに参加したからといって、彼等に薬物を断つように要求したりはしません。それでも参加者の56%が治療を受け、薬物をやめたいと希望しています」とナイロップ氏は言う。

2011年に始まったこのプロジェクトに参加した人数は、シアトル全体のホームレス人口や薬物常用人口のうちのほんの数パーセントに満たない。とはいえ、薬物常用者に対する従来の対処法に一石を投じるという意味で、このプログラムはすでに成果を挙げている。成果の一つとして、まずは警察官の考え方が変わった。警察官らは、パトロール中に薬物常用者に出会うと、相手を取り締まるべき犯罪者としてではなく、助けを必要としている同じ人間と考えるようになった。

「警察では、ハーム・リダクションに関する議論も生まれました。私たちがLEADを始めた当初、警察の薬物使用者に対する態度は非常に否定的なものだったんですけどね」とナイロップ氏は言う。

参考:ハーム・リダクション(Harm Reduction)とは

ナイロップ氏はさらに、このプログラムの対象は薬物だけではないと説明した。「私たちは売春の問題にも取り組んでいます。売春をしている女性たちの大多数は薬物依存症で、薬物を買うお金を稼ぐために体を売っているからです」

オバマケアがもたらした効果

「このプロジェクトの参加者が新たに罪を犯していないという事実を政策決定者たちにきちんと見せることが不可欠です。シアトルでは、プロジェクト参加者の再犯率が従来に比べ58%減少していることがわかりました。つまり、地域社会が負うべきコストが大幅に削減されているということです。また、このプログラムは参加者の生活の質を向上させてもいます。ホームレス状態の人々が住まいを確保するのだから、それは明白です」とナイロップ氏は言う。

オバマ大統領が推進した医療保険制度改革は、このプログラムに重要な役割を果たしてきた。多くのプログラム参加者が保険制度を必要としている。いわゆる「オバマケア」と呼ばれるこの改革がなければ、彼らが治療費を払うことはできなかった。

ナイロップ氏は、今に薬物戦争にパラダイムシフトが起きるのではないかと考えている。

「依存などの問題を抱えたままの人々をただ逮捕し、刑務所に収容することを繰り返しても、事態は一向に良くならないし解決もしないことに多くの自治体が気づき始めています」

INSPのご厚意により/ Hus Forbi

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