15年前の東京電力福島第一原子力発電所の事故で、子どもたちへの被曝防護策を怠ったなどとして、福島県の学校に通う子どもや親が原告となり、国や東京電力、県・自治体を訴えた「子ども脱被ばく裁判」(2024年に敗訴)。この7月、原告・支援者らによる書籍出版を記念したイベントが大阪で開かれ、裁判を振り返った。
原発事故直後の仮処分申請から
法廷で明らかになった問題を執筆
安全な地域で教育を受ける権利の確認と、無用な被曝による精神的苦痛に対する賠償を求めて、市民と科学者、法律家が連携した日本でも珍しい「子ども脱被ばく裁判」は、2024年に最高裁で原告敗訴で終結した。しかし原発事故に伴う放射能の影響、特に子どもへの影響は解決していないことから、原告や支援者らが法廷で明らかになった問題を執筆して書籍『あきれ果てても、あきらめない』(泉町書房)を7月に出版した。

これを記念して「作家と読者の集い」(主催・隆祥館書店、大阪市)が同月に開かれ、原告や被災者、福島から関西へ避難している人など当事者や支援者合計約50人が参加し、3時間以上もじっくりと語り合った。
同裁判は、安全な地域で教育を受ける権利の確認を求めた行政訴訟「子ども人権裁判」(原告38人)と、子どもへの被曝防護策を怠り無用な被曝を強いたことを理由として国家賠償を求める「親子裁判」(同200人)からなる。その前段階として原発事故の3ヵ月後の2011年6月、郡山市の小中学生14人が、安全な環境で教育を受けるため、同市に子どもを疎開させることを求めた仮処分申請(ふくしま集団疎開裁判)を申し立てた。
その申し立ては仙台高裁で却下されたが、この時の決定には「東電福島第一原発付近一帯で生活居住する人々、とりわけ児童生徒の生命・身体・健康について由々しい事態の進行が懸念される」との一文があった。この日のパネリストの一人で、弁護団共同代表の井戸謙一弁護士は「決定を受け、裁判官をルビコン川のほとり(重大な決断を下す直前の、後戻りできないところ)まで連れてきたが、渡らせることはできなかったという感想を当時話した」と語った。

申し立てた子どもたちや保護者、支援者らはこの決定に逆に奮起し、14年8月に「子ども脱被ばく裁判」を起こした。
一生、不安を抱える健康被害
体の中に機関銃があるようなもの
この裁判は、被曝させられたことそのものへの賠償を求めたことで注目された。「いつ健康被害が出るかわからない。その不安を抱えて一生を送らなければならない。そのことについて償いを求めた前代未聞の裁判」と井戸弁護士。
「無用な被曝」を強いた違法行為として原告は、①放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI」のデータ隠ぺいによって避難が遅れたり、誤った方向へ避難した②安定ヨウ素剤を飲ませなかった③年20ミリシーベルト(mSv)基準による学校再開④事故後に福島県放射線健康リスク管理アドバイザーを務めた山下俊一氏による安全宣伝、を挙げた。
証人尋問が行われ、山下氏と福島県立医大教授の鈴木眞一医師が法廷に立った。井戸弁護士ら原告側弁護団は法廷で「年100mSvでも、毎時100マイクロシーベルト(μSv)でも安全である」という発言を繰り返した山下氏に真意と矛盾をただした。山下氏は「『年100mSv』は1年だけの話、『毎時100μSv』は『10μSv』の言い間違いだった」と証言。しかし事故直後、福島県内各地では実際に毎時10μSvを超える地点が多数あり、「100になっていないから大丈夫なんだろう」と子どもを外で遊ばせた家庭もあったという。集会でも井戸弁護士は「これは間違いでは済まない。本当に悪質です」と指摘した。
鈴木氏は「福島以外でも検査すれば要治療の小児甲状腺がん患者の多発が福島と同様に発見される可能性がある」と証言。10年に山下氏は別の研究者との共著作論文で「日本や欧米のデータでは、小児甲状腺癌は極めて稀な疾患であり、年間100万人に1~2人といわれる、その大半は思春期以降で、10歳未満に発生する事はさらに稀である」(日本内科学会雑誌 第99巻 第4号・平成22年4月10日)と記しており、両者の証言の違いに衝撃が走った。
また裁判で原告側は、わずかな放射線でも膨大な数の細胞に傷が生じ、その多くが修復されるとしても、修復の失敗が将来のがんにつながる可能性は残ることや、事故で飛散した高濃度放射性セシウムを含んだ粒子が水に溶けない微粒子(セシウムボール)として存在する問題にも言及。こうした粒子が体内に入り、肺などの組織に付着すれば、長期間にわたってごく近くの細胞に放射線を浴びせ続ける可能性があるなど、科学的な研究とデータで内部被曝の問題も議論した。亡き夫で核物理学者の巌氏から内部被曝についての話を聞いた水戸喜世子さんは、「体の中に機関銃があるようなものです」と言う。

放射能に対しては大人よりも脆弱性が高いのが子どもだ。「まだ被害が目に見えていなくても、危険を内包している。被害が目に見えるようになったら、もうおしまいです。裁判官は内部被曝の危険性についてしっかり聞いたはずです」
被害者・被災者と歩む決意
被害の救済と再発防ぐ連帯
内部被曝の危険性は判決には反映されなかったが、再び災害や人為的ミスで、原発事故が起こり、環境中に放射能が拡散した時、市民が内部・外部被曝にさらされる可能性があることに変わりはない。
裁判で敗訴が確定しても、法廷での証言や議論の内容、明らかになった事実まで消えるわけではない。それは今後、市民が放射能から身を守るための方策として広く共有され役立てられるべきだ。
井戸弁護士は「原子力を推進する側は、事故が起きた際にどのように放射線被害を小さく見せるか、どうすれば住民を避難させないで日常生活を続けさせるかを、あらかじめ準備していたのではないか。これに対して市民は、何の備えもないまま、自分と子どもを守ろうと、のたうち回って苦しんだ」と言う。水戸さんは「被害を一番よく知っている被害者の声を、私たちはいつまでも大切にしなければいけない」と、引き続き被害者とともに歩んでいく決意を語った。会場には小出裕章さんや原発賠償関西訴訟団原告団代表の森松明希子さんも姿を見せ、賛意を述べた。
日本社会全体が今、ルビコン川のほとりに来ているのではないか。このまま災害大国・日本で原発を続けていっていいのか。被害を過小評価し、救済をおざなりにしていいのか。勇気を持って川を渡る時は来ている。「あきれ果てても、あきらめない」は福島県いわき市出身の講談師神田香織さんの言葉から。司法の結論を超えてもなお続く、多くの人々の苦しみを無駄にせず「あきらめずに被害を救済させ、再び被害を起こさせない」という強い決意を表している。
(文と写真 藍原寛子)
メイン画像:7月に大阪市・隆祥館書店で開かれた、書籍『あきれ果てても、あきらめない』の出版記念トークイベント
※『ビッグイシュー日本版』535号「ふくしまから」より転載しました。
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