HIV・エイズは特別な病気ではない。 HIV・エイズ、イチからおさらい

12月1日は世界エイズデーだ。欧米のカップルや恋人たちは、ごく普通にお互いのHIV抗体検査結果を交換し合うという。だが、日本では、HIV抗体検査を受ける人はいまだに増えない。なぜ、誰もが検査を受ける必要があるのか? この際、HIV・エイズのことを徹底的に知って納得したい。本田美和子さん(国立国際医療センター)に、イチからおさらいのレクチャーを受けた。


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不安になる時間が大切

 たぶん、HIVに感染しているかどうか、検査を受けたことのない人がほとんどだと思う。

 「自分はぜったい大丈夫なはず」とか「HIV・エイズってゲイの人の病気でしょ?」みたいな声。このページを読んでるあなたからも聞こえてくるような気がするなぁ。

 実はそれって、この取材を始めるまでの自分がそうでした。自分は感染してない、大丈夫だっていう思い込みがあったんだね。それがいろんな勉強をしたり、取材を進めるうち「おや、待てよ。自分も検査をしたほうがいいのかもしれない」と心変わりしていった。そして実際に検査へ行ってみて、結果を待っている時「自分は感染してないって信じてる人でも、ぜったい不安になるはずだ!」って気づいたんです。誰でもない、自分自身がそうだったから……。  「その不安になる時間ってすごく大切なんですよ」

本田美和子さんがそう言って、にっこり笑った。

「結果が1時間くらいでわかる迅速検査でも1週間でわかる検査でも、待合室やカフェで待っているその時間を大切にしてほしいんです。そして、結果を聞くまでに自分の来し方を思い出してほしいの。今までに会った人たちや、やってきたこと。あれがまずかったかなって思い浮かべながら時間を過ごしてもらう。自分の行動と健康をかえりみるすごくいい機会になると思います」

 もしHIVとエイズのちがいをハッキリ説明できないとか、オーラルセックスでも感染する可能性があることを知らなかった、あるいはいろいろとわからなくて不安な人がいたら。今回は本田先生と一緒に、HIV・エイズのこと、イチからおさらいしてみませんか?  まずはとても大切な事実から始めてみましょう。

HIV感染、 死に直結する病気じゃなくなった

「私がHIVの診療を始めたのは10年以上前なんですけど、その頃、私の病院では、毎月どなたかがエイズで亡くなっていました」と本田さん。

「それが今はすごく治療が進歩して、HIVは死なない病気になったんです。20年以上前、カリフォルニアでHIV・エイズの症状が報告され始めた時は、若い人たちが理屈に合わない感染症を次々と起こして亡くなっていく、新しい病気の出現に社会も医師も騒然となりました。今でも 
①人から人へうつる 
②一度感染したら治らない 
③放置しておけば死につながる、
という病気の基本は変わらないんですが、この20年のうちによい治療薬ができたことで、HIVは死に直結する病気じゃなくなった。それは本当に素晴らしい進歩だと思います」

さらにいえば、日本は治療環境にとても恵まれた国なんだ。

純粋な薬代や血液検査で、ひと月にかかるお金は約20万円。それが健康保険で7割の負担軽減になると自己負担は約6万円。さらに「身体障害者手帳」を申し込むと、月の負担額を収入に応じて「2万円以下、場合によっては無料」まで下げることができる。  これは命にかかわる手当てだから、もちろん必要な支援だよね。だけどそれを支える税金にも限りがある。だから実際に感染する前に予防ができたら、それが一番の「特効薬」にはちがいないんだ。

「日本は治療環境が整っている一方、予防についてはまだまだ不十分なところもあるんです。だからHIVに感染する人たちがうなぎ上りに増えているんですよ」

HIV感染、 世界に逆行し増え続ける

ストップエイズキャンペーンが行われた92年には、HIV抗体検査を受ける人が14万人近くまで迫った。けれど、その後17年間、検査を受ける人の数は4万~6万人の間にとどまって、検査を受けた人の陽性数は上昇を続けてきた。

 そうして、本田さんの見せてくれたのが図1だ。

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 この最新のデータによると、08年にHIVに感染、新たにエイズと診断された人は1557人。全国累計で1万5千人を突破した恰好だ。実際には検査を受けていない人を含めると少なくともこの3倍かそれ以上の人が感染しているといわれている。

「世界でどれぐらい増えているかといえば、96~97年をピークにもう頭打ちの状態なんです。新規の感染者は世界の流れとして減ってきているのに、日本は世界の趨勢とぜんぜんちがった傾向にあるんです。アフリカでもアジアでも先進国でもほとんどの国でHIVに感染する人は減り続けているのに、日本のこの状況はとても残念だなあとしみじみ思います」

 その理由は一にも二にも、HIV・エイズについて自分たちが十分な知識を得ていないこと、そしてきちんとした予防ができていないことにある。

「HIVとエイズって実は違うんですけど、ふつうの人はなかなか区別をつけるのって難しいんですよね。それじゃあHIVとエイズの違いからお話ししましょうか」

感染後、数年間は無症状で、「いきなりエイズ」

「まず、自分の体の中に、ヒト免疫不全ウイルス、HIVが入り込んできます。そうすると普段から兵隊のように身体を守ってくれている『CD4』というリンパ球がHIVによって次々に破壊されていきます。このCD4がどんどんどんどん失われていくと、病気から自分を守ってくれる兵隊がいなくなってしまうので、まったく無防備になってしまうんですね。身体が無防備になってしまって結核や肺炎などの感染症を起こした状態が、後天性免疫不全症候群、『エイズ』です。つまり、身体の抵抗力を弱めて(CD4を破壊)、さまざまな病気を引き起こす(エイズの状態にする)原因がHIVなんです」(図2)。

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 ここでぜひ知っておいてほしいのは、たとえHIVに感染しても「その直後に風邪やインフルエンザにかかったのと同じ症状が出る」だけで、そのあとは「本当に何も症状のない状態が数年間も続いてしまう」ことだ。

 そのせいでHIVに感染していたとしてもついつい見逃されて、「エイズを発症して初めて、自分が感染していることがわかる『いきなりエイズ』の人も増えています。もちろんHIVには感染しない方がよいのですが、残念ながら感染してしまっても、健康が大きく損なわれる前にそれを知ることができればいいんです。よいタイミングで治療を始めれば、元気で充実した生活をずっと続けることができます。そのためにも、検査による早期発見が大切なんですが……」

 そう言われて胸に手を当てると、思わずドキッとしないだろうか。具合が悪いから検査に行くんじゃなくて、何も症状がないからこそ、この病気は検査に行かなくちゃならないんだ。

HIV感染、 性的接触が8割以上

次に、HIVに感染するきっかけについて見てみよう。HIVは非常に弱いウイルスで、生物の体内でしか生存できないから、お風呂やプール、一緒に鍋をつつく、抱き合う、軽いキスなどでは絶対うつらない。

 主な感染経路は次の4つだ。

①セックス

②母から子どもへ(母子感染)

③ドラッグ注射の乱用

④針刺しなどの医療事故

 この他にも、「薬害エイズ」のニュースでみんなが知っている「血液製剤」という感染経路がある。この血液製剤で感染してしまった血友病の患者さん約1500人を除いた感染経路別のグラフが図3だ。

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 これによると、HIV感染のおよそ8割以上がセックスをきっかけにしていて、その割合も異性間、同性間で20%ほどの違いしかないんだ。

「外国の例をそのまま当てはめることはできないかもしれませんが、アメリカも15年ほど前は今の日本と同じぐらい、男性が9割、女性が1割の、主にゲイの人の病気でした。ところが、ゲイのなかにはバイセクシュアルで女性との性交渉をもつ人もいます。今ではアメリカも患者さんの3人に1人が女性になっていて、日本もその傾向をたどるかもしれないと心配しています。実際に女性の患者さんも増えてきているんですよ」

「多くの人はいまだに『ふつうにセックスしてたら感染しない』って考えてるかもしれないけど、それは大間違いです。ふつうの性行為、粘膜と粘膜の濃密な接触さえあれば、人はHIVに感染するんです。それは男性器と女性器の接触には限らず、肛門を使った性行為や、性器を口に含んだり舐めたりというオーラルセックスも含まれます」

 たとえば、図4に注目してみよう。

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 予防措置というのは「コンドームを使っているかどうか」ということで、使わないで膣性交をした時に男性から女性にうつす可能性は0.1%ぐらい、女性から男性にうつす可能性はその半分ぐらいといわれている。なぜかといえば、男性の性器は先端だけが粘膜で、女性器の場合は全体がやわらかい粘膜だから、女性器のほうが傷つきやすいことが理由になるんだ。

 この数字だけを見て「なーんだ。HIVに感染する可能性ってすごく低いじゃん!」と考えた人も少なくないはず。

「でも、その1000回に1回がいつ起こるかは、誰にもわからないんですよ」。さらに唇に傷があるとか、口内炎があるとか。ヘルペスなどの性病にかかっていることでも感染のリスクが上がると本田さんはクギをさす。

 また、HIVは人から人にうつる病気なので、あなたが性的行為をする相手が1人でも、その相手が過去に10人性的な接触をしていれば、あなたが10人とコンタクトしているのと同じ意味をもつんだ。

HIV感染しても、 安心して子どもは産める

 そうそう。図4を見た時に「母子感染の確率って高いんだなぁ」と思った人がいるかもしれないね。「HIVに感染したら子どもを産むのってあきらめなきゃいけないのかな……」。そうやって落ち込んだり、もしかしたら私も……って不安になった人がいるかもしれない。

「そう思ってる方がたくさんいらっしゃるけど、ぜんぜんそうじゃないんですよ」

 えっ。どうしてですか?

「たとえば、妊娠中や出産時にHIVの治療を何もしていなくても、感染しているお母さんから生まれる子どもがHIVに感染する確率ってだいたい4分の1ぐらいなんです。もしお母さんがちゃんとお薬を飲んで、出産の時には帝王切開をしたり、それから母乳にもウイルスが含まれているのでおっぱいをあげずにミルクで育てれば、子どもへの感染はほぼゼロにすることができるの」

つまり、この数年間で治療薬がたくさん出てきたことは、単に病気の進行を防ぐためだけじゃなくて、母子感染の可能性を限りなく低くすることにも役立ってきたんだ。それは「医療の進歩」として数多くの生命を救うことになっている。

 でも、治療薬があることと、それを一生飲み続けることの大変さは、やっぱり別の問題になる。


「HIVの治療薬には強い副作用があって、一生付き合い続けなければならないんです。アレルギー症状が出たり、体内に結石ができたり、手足が異常にやせたり、うつやいらいらの精神症状が出たりと、HIVの治療薬の副作用はとても多彩で、多くの患者さんが何らかの副作用を経験しています。また、1日に2回飲むお薬は月に3回、1日に1回飲むお薬は月に2回飲み忘れると、耐性といって薬が効かなくなってしまうことがあるので大変です。夜中に薬がなくなったことに気づいて、夜中の2時半にタクシーを飛ばして来た患者さんもいました。いつもは不測の事態に備えてちょっと多めに処方するのですが、その時は仕事が忙しくて通院できず、手持ちの薬がなくなってしまったんです」

「話してくれてありがとう」

 ここでもう一度繰り返しておきたい。

 この病気は一度感染したら治らない。そして副作用のある薬を一生飲み続けなければならない。だから予防ができればそれが一番で、まずはコンドームを「避妊の道具」としてだけ考えるのをやめてみよう。そして粘膜と粘膜の接触を抑えてHIVをはじめとする性感染症を予防するためにきちんと使っていこう。それから忘れず「検査にも一度足を運んでほしい」というのが本田さんの願いだ。


「検査は全国の保健所や医療機関で受けることができます。保健所での検査は匿名で無料です。また有料にはなりますが、普通の病院や診療所でも受けることができます。迅速検査は結果が1時間でわかるのでおすすめですよ。陰性の場合はすぐに陰性だとわかりますし、もし判定保留で正確な検査が必要になった場合は、確認検査のために1週間ぐらいお待ちください。友だちとノリで行っちゃって自分だけ別室に呼ばれたらどうする? みたいなこともあるので、なるべく1人で行くことをおすすめしますね。もちろんどんな結果も一緒に受け止められるパートナーシップがあるなら、その方と行ってもいいでしょう」  
そして、最後に一言。本田さんからあなたに伝えたいこと。

「もし、ご家族やお友だちからHIVに感染していることを打ち明けられたら、そのことにぜひ感謝してほしいんです。話すのにとても勇気がいることを、あなたを選んで話してくれたのだから。信頼がなければできないことです。『話してくれてありがとう』って、そう言ってくださったら、私はとてもうれしいし、きっと打ち明けたご本人もすごくほっとすると思います」  


「それからこの病気についてあなたが知っていることを話してもらいたい。そしてもしできるなら、継続的にその人の力になっていただけたらなぁ、と思います。薬を飲み続けながらHIVとともに何十年というこれからの人生を歩んでいく、そのなかにはいろいろ大変なことがついてくると思うから。その時に『何でもいいから相談にのるよ。HIV・エイズは特別な病気じゃないよ』って言ってくれる、そういう相手であってほしいと思う。そして自分にできることは何だろうって、この特集を読んだあと、あなたにできる大切な一歩を考えてもらえたらうれしいですね」

(土田朋水)
 

Photos:浅野カズヤ

ほんだ・みわこ

内科医。国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センターに勤務。93年筑波大学医学専門学群卒業後、国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)、亀田総合病院に勤める。98年より米国フィラデルフィア市のトマス・ジェファソン大学にて内科レジデント、ニューヨーク市のコーネル大学病院老年医学フェローを経て現職。著書に『遥か彼方で働くひとよ』『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』(ともに朝日出版社)。ほぼ日刊イトイ新聞発行の健康手帳『Dear DoctorS』も手がける。


(2009年12月1日発売、ビッグイシュー日本版 132号より)


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