5月17日に発生した簡易宿泊所の火災に関して、「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さんが意見記事を投稿しています。5月29日に「稲葉剛公式サイト」に掲載された記事を、許可をいただいた上で転載させていただきました。「なぜ単身高齢の生活保護利用者が「ドヤ」に滞留させられていたのか?(稲葉剛)」と合わせて、ぜひご一読ください。
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5月17日に川崎市で発生した簡易宿泊所火災は、26日に入院していた男性が亡くなったため、死者が10人まで増えました。
現在、各マスメディアが火災の背景にある「住まいの貧困」に関する取材を進めていて、私のところにも数社が取材に来ています。
劣悪な居住環境で暮らす単身・低所得の高齢者が犠牲になる火災は、2009年の「たまゆら」火災、2011年の新宿区木造アパート火災など、過去にも何度も繰り返されてきました。
そのたびに単身・低所得の高齢者が「住まいの貧困」に陥っている状況は報道されていたのですが、残念ながら根本的な改善策は取られてきませんでした。
今回の火災をきっかけとした議論が一過性のものに終わらず、住宅政策の転換を促すものになることを心より願っています。
本来、生活保護利用者の一時的な居所であるはずの「ドヤ」(簡易宿泊所)に、多くの高齢者が長期滞在している問題の背景には、福祉事務所が高齢者をアパートに移すことに消極的であるという問題があることを私は指摘してきました。
私が理事を務める認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいは、この問題に関して、厚生労働省に緊急要望を提出しました。
簡易宿泊所等に滞在する生活保護利用者への支援に関する緊急要望
アパート入居のハードルが高い
ただ、アパート移行が進まない背景には、こうした「送り出し側」の問題とともに、「受け入れ側」の問題もあります。
「契約者(借主)が単身で入居される方の保証人は、契約者(借主)が病気で倒れ、誰も気づかないまま、死亡される事故が多発しておりますので、常に連絡を取り合い、安否を確認してください。死亡されて時間が経過しますと、貸主・近隣に迷惑を及ぼすばかりでなく、部屋全体を原状回復することとなり、莫大な費用負担が掛かりますので充分注意して下さい」
これは、以前、NPO法人もやいで、80代の男性のアパート入居の連帯保証を引き受けた際に、不動産店から提示された連帯保証人確約書の文面の一部です。 この男性は以前暮らしていた東京都内のアパートが老朽化により取り壊しになったため、転居をせざるをえなくなりました。しかし、不動産店を何軒回っても、高齢を理由に入居を断られ続け、地元の区役所がおこなっている住宅相談の窓口で相談。ようやく入居できる物件を見つけることができました。
しかし、その物件は二年間の定期借家契約で、上記の内容を盛り込んだ連帯保証人確約書に保証人がサインをすることが条件になっていました。 私たちが確約書にサインし、彼はようやく転居することができました。しかし、定期借家契約では、契約期間が終われば、居住権が自動的に消滅するため、二年おきに居住が継続できなくなるリスクが生じます。彼が寝たきりになり、孤独死の危険が高まったと家主が判断すれば、大家が再契約を拒否することも可能だからです。
NPO法人もやいでは、2001年からの14年間に、約2350世帯の連帯保証人提供をおこなってきましたが、単身高齢者のアパート入居のハードルは年々上がってきているように感じています。
アパートに入居できない高齢者はどこに行くのでしょうか。その答えの一つが「ドヤ」ということになります。大都市では高齢者向けの福祉施設も不足しているため、高齢者の居住環境としてはふさわしくない「ドヤ」に多数の単身高齢者が滞留するという状況が生まれているのです。
国土交通省が「安心居住目標」を発表!
川崎の火災が起こる一か月前の今年4月17日、国土交通省の安心居住政策研究会は「中間とりまとめ」を発表し、2020年度までの「安心居住目標」として、高齢者、子育て世帯、障害者の入居に拒否感を持つ家主の割合を半減する、という数値目標を掲げました。
日本賃貸住宅管理協会が2010年に実施した調査では、高齢者世帯の入居に「拒否感がある」と回答した家主は59.2%にのぼり、障害者のいる世帯、小さな子どものいる世帯に対しても、それぞれ52.9%、19.8%が「拒否感」を示していました。こうした現状に対して、同研究会は2020年度までの到達目標として、高齢者及び障害者のいる世帯については30%以下、子育て世帯は10%以下まで、家主の「拒否感」を減少させるという目標を設定したのです。
しかし、この数値目標に対して、不動産業者や民間賃貸住宅の家主の間では、戸惑いが広がっていると言います。どのような方法でこれらの世帯の入居を促進していくのか、という具体策が「中間とりまとめ」の中ではほとんど示されていないからです。
国土交通省は、住宅セーフティネット法に基づき、全国各地の自治体に設置されつつある居住支援協議会の活動を活性化させることにより、これらの世帯の入居を円滑にできると説明しています。各自治体の担当課、不動産関連団体、居住支援をおこなっているNPOなどで構成される居住支援協議会は、現在47の自治体に設置されていますが、国交省はこれを大幅に増やしたいという意向を持っています。
しかし、すでにある居住支援協議会の中には、意見交換のみをおこない、実質的な活動をおこなっていないところも少なくありません。高齢者の入居を円滑にするために必要な家賃債務保証や入居後の見守り、死亡時の家財整理といった分野にまで踏み込んで活動している居住支援協議会は全国に3地域にしかありません。
国土交通省には、数値目標を掲げるだけでなく、厚生労働省や業界団体とも協議し、どうすればこの目標を達成できるのか、具体的に詰めていただきたいと思います。
今から仕組みを作らないと大変なことに
単身・低所得の高齢者が安心してアパートに入居できる仕組みを作っておくことの重要性は、今後、ますます高まっていきます。
本来、高齢者の生活を支えるはずの日本の年金制度の給付水準は、「高齢になるまでに持ち家を取得している」、「夫婦両方の年金収入がある」ことを暗黙の前提にしてきました。
制度設計者たちは「高齢になっても単身で賃貸住宅に暮らしている人たち」がこんなに増えることを想定していなかったのではないでしょうか。
現在、生活保護世帯の約半数を高齢者の世帯が占め、その数と割合は年々増えつつあります。
今の雇用状況は若い世代ほど非正規率が高くなっていますから、将来ますます低年金・無年金の高齢者が急増するのは火を見るよりも明らかです。しかも、非正規の場合、住宅ローンの利用は困難であるため、高齢になっても賃貸住宅で暮らし続ける人たちが増えていくのは必至です。
単身・低所得の高齢者がアパート入居しやすくなる仕組みを今のうちから作っておくことは、将来の社会のためにも必要なことなのです。
ぜひ一過性ではなく、日本の賃貸住宅政策をどうするのか、という議論を巻き起こしていきたいと考えています。
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