近年、緊縮経済下で2010年以降自殺者が急増しているというギリシャ。その原因となる社会背景や、自殺者数を減少させた国々の取り組みについて、ギリシャ唯一のストリートペーパー(※)である『シェディア』のレポートをお届けします。
自殺といえば、私たちの住むこの日本は自殺者数が多い国としても有名です。1998年から毎年年間3万人を超えていた自殺者数は、2012年にようやく3万人を切り、27,858人になりました。行政や民間によるさまざまな取り組みが、この減少の背景にあります。
日本の取り組みも一部紹介されておりますが、世界各国の取り組みもとても参考になる記事です。
※「ストリートペーパー」とは、ホームレスの人の仕事をつくり自立を応援する事業。雑誌を発行しその販売をホームレス状態の人の独占販売とすることで仕事をつくる。世界に同様のしくみの雑誌が120誌以上あり、日本では『ビッグイシュー日本版』がある。
自殺率の急増で露わになった、ギリシャのスティグマ(恥の意識)と予防的処置の欠如
緊縮経済下のギリシャで、2010年以降自殺率が急増している問題について、『シェディア』誌が取り上げている。貧困や失業、ホームレス状態で生活をしている人たちの間でうつ病が広がっているが、自殺を防ぐための国の方策は何もない。ギリシャ唯一のストリートペーパーであるシェディアは、他国が自殺問題にどのように取り組んでいるか、また、自殺やうつ病に対してギリシャ社会が持つ偏見やスティグマを調査――その偏見やスティグマが、いかに助けを必要とする人たちの声を上げにくくさせているか、その状況を探る。
記事:スピロス・ゾナキス
近年、ヨーロッパで最も自殺率が急増した国はどこか?
ギリシャである。
ギリシャ統計局によると、同国で正式に記録された自殺件数は、経済危機の間に30%増加した。2010年には377件であった自殺者数が2013年には533件になり、自殺未遂は、年間8,000件から10,000件に上ると推計されている。それでも、ジョージア(人口10万人あたり3.8人。ヨーロッパ全体の平均は10万人当たり12.3人)に次いでヨーロッパで最も低い自殺率を維持しているギリシャ(人口は約1000万人)は、自殺対策のための組織的な政策をまったく立てていない。一方で、世界各地の28か国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、英国、米国、日本、韓国など)では、国を挙げての自殺予防策を講じている。
各国で講じられている自殺予防策の柱となっているのが、
‐自殺リスクのある人びとを手遅れになる前に見つけ出し、治療を提供する。
‐メンタルヘルスと希死念慮のある人に関する情報や意識を社会に広める。
‐警察官、教職者、聖職者、メンタルヘルスの専門家など要となる職にある人びとに幅広い教育プログラムを企画する。
‐自殺の助けとなるものへのアクセスを制限する(致死性のある薬の処方の厳格化、銃の所有制限、橋に保護フェンス設置など)
‐自殺を報道する際にメディアが責任感を持つこと。
最後に挙げた2項目の役割は特に重要である。たとえば、ウィーンの地下鉄で投身自殺が急増し、メディアがその現象を大々的に報じたのち、オーストリア自殺予防協会は自殺件数を減らすため1987年にキャンペーンを実施した。効果はただちに現れ、自殺率は80%減少した。オーストラリアではバルビツール酸系睡眠鎮静薬(安静と眠気をもたらす抗うつ薬の一種)の過剰処方を禁じる法律ができたことで、やはり自殺率が減少した。
20年間で35%減少、世界に先駆けて総合的な自殺予防策を実施したフィンランドモデル
1986年、フィンランドは世界に先駆けて総合的な自殺予防策を実施し、メンタルヘルス専門家やソーシャルワーカー、プロテスタントの牧師、教職者、軍関係者、警察官など10万人が関わった。提唱者たちは、失業者の再雇用、再訓練のためのプログラムを提供し、自治体の社会保障制度を用いて住宅供給を行うとともに、入院治療が中心であった精神病患者への治療をメンタルヘルスケアセンターでの通院治療に転換することを求めた。
その一方で、学校ではいじめをなくすためのプログラムが組まれ、精神病患者を親に持つ子どもたちの心のケアが行われている。さらにベトアプ・プロジェクト(「励ましと支援」)では、うつ病の予兆が見られる孤独な高齢者が、自殺や、薬物・アルコールの過剰摂取をしてしまうのを防ぐのを目的としている。
このプロジェクトでは、コミュニティーセンターで美術や演劇、体操などの教室や、創作などを行い、高齢者に活動の場を提供している。おそらくフィンランドの自殺予防政策の最も興味深い点は、従業員にメンタルヘルスサービスを提供するよう雇用主に義務付ける「労働衛生についての法律」だろう。
そのため、全国に1,025のメンタルヘルス施設があり、そのうち498が企業直属の施設である。そして非常に好ましい成果が上がっている。フィンランドの自殺率は1990年には1,520件だったのが、2007年では995件と、およそ20年間で35%も減少した。
1993年以来1人の自殺者も出していない小さな町、アリエプローグの町をあげた取り組み
また、注目すべきは、米国の6州(ペンシルベニア、コネチカット、ジョージア、メイン、ユタ、ワシントンの各州)が、フィンランドモデルにならい、若者の自殺を予防するためのプログラムを学校に導入することを定める法律を成立させたことである。スウェーデンもフィンランドの政策にならい、1993年に自殺防止計画を策定。
その結果、2011年には1980年以来最低の自殺件数を記録した(常に1,600件を超えていたのが1,378件となった)。スウェーデンのこの計画は、自殺リスクの高い人を地域で支援するシステムを基本にしている。
最も象徴的な例は、1993年以来1人の自殺者も出していないスウェーデンのアリエプローグという小さな町だろう。たとえば、心理社会的な問題全般を取り扱う町のメンタルヘルスセンターには、各方面の専門家や担当者が常駐しており、精神疾患を持った患者の経過観察や、就職のあっせん、ドメスティックバイオレンスの被害者への住居提供や保護などを行っている。同時に、町役場はうつ病の危険のある高齢者のためのデイケアセンターや夜間学校、スポーツクラブ、アルコール依存症のためのプログラムなどを行う施設を運営している。
また、「フォルツァ・アリエプローグ」というソーシャルワーカーや聖職者、教職者、政治家らで作られた組織では、自殺を防ぎ、アルコール依存やいじめと戦うための教育プログラムを提供している。
この心理的介入と社会的介入の組み合わせこそ、英国が2012年に採択した自殺予防計画の基本である(もっとも2013年の自殺件数は4,727件で、2012年の4,513件から増加したが)。この計画には、具体的には精神疾患を持つ人を労働市場に再び紹介したり、債務を免除したり、アルコールの摂取量を抑えたりするプログラムが含まれている。
また、ボランティア団体のサマリタンズなど全国50もの活動団体が、希死念慮のある人達のための緊急電話相談を行っている。電話をかけると適切なトレーニングを受けたスタッフのいる移動ユニットや、地域のメンタルヘルス事務所、臨床訓練を受けた一般開業医につながる。サマリタンズでは、いくつもの刑務所で受刑者に訓練を施し(訓練を受けた受刑者らは「リスナー」と呼ばれ、1,540人にのぼる)、自虐的な受刑者仲間の精神・感情面の支援も行っている。
「のぞみローン」日本の場合
日本は、2006年に世界で初めて自殺予防に関する法律(自殺対策基本法)を施行した。自殺件数は年間34,000人に上り―そのうちの60%が失業者―その現象は大きな社会問題となっていた。その対策は、メンタルヘルスケアへのアクセスを拡充することと、自殺傾向を示す債務者に対して金融的支援を実施する地方自治体を増やすことに重点が置かれた。
たとえば、自殺防止策の一環として多重債務者救済のための独自の貸付制度「のぞみローン」を2008年に導入した宮城県栗原市では、全国平均の2倍以上(人口10万人に対する自殺死亡率は48.6人で、全国平均が24.2人)だった自殺死亡率が09年には31.6人となった。
市が「まずは相談」と呼びかけ、必要であれば生活や貸付、法律相談につなぐワンストップの窓口をつくる他、ボランティアが、自殺の名所などをパトロールして自殺を未然に防いだり、生活困窮者に食料や宿泊先を提供したり、職探しを手伝ったりしている。2012年に自殺件数が1997年以来はじめて3万人を切って27,858人に減少した理由も、これら対策にあるのだろう。
カナダのケベック州の自殺対策も大きな成果を上げている。
トレーニングを受けた内科医や薬剤師、看護師、判事、警察官、軍人、聖職者、教職者が自殺の危険がある市民を察知し、メンタルヘルスサービスのネットワークに繋げた。それにより、ケベック州の2012年の自殺件数は、1999年と比べて40%減少した(人口10万人あたり22人から13.1人)。
うつ病や自殺にまつわる偏見が自殺予防を妨げる。必要なのはあらゆる面からのアプローチ。
では、ギリシャの自殺対策の概要はどうだろう?UMHRI(ユニバーシティ・メンタルヘルス研究所)の心理学者リリー・ペッポウは、社会の認識改善を目指す「反スティグマ」研究プログラムを行う研究所のメンバーである。
彼女は、ギリシャにおける自殺予防の最大の障壁は「うつ病や自殺にまつわるスティグマ(恥の概念)や偏見」と考えている。「希死念慮は通常、精神病理学的な問題が土台にあるのですが、一般的には個人の性格の弱さが原因とされてしまっています」
「その結果、治療が必要なうつ病症状を持つ人の3人に1人しか精神科の治療を受けません。もちろんこれは、精神疾患への社会の認識が不足していることと、メンタルヘルスサービスが充実していないことの両方が原因です」彼女は説明する。
さらにペッポウは、UMHRIが行った調査結果を引用する。それによると、ギリシャ人のうつ病の患者数は、2008年に人口の3.3%だったのが2009年には6.8%、2011年になると8.2%、そして2013年には12.3%へと増加の一途を辿っている。また、希死念慮を抱える人、つまり自殺を考える人は2008年には2.4%だったのが、2009年に5.2%、2011年では6.7%と推移している。実際に自殺を試みた経験がある人の数は、2008年の0.6%から2009年の1.1%、2011年の1.5%へと増えている。
「この増加は、うつ病が関係しているかどうかよりも、失業や経済的困窮と密接な関連があるのは明らかです。もう自殺が精神疾患の結果に過ぎないと片づけることはできなくなっています。無力感と絶望にさいなまれた人たちの社会的苦悩の結果でもあるのです」ペッポウは言い添えた。
ペッポウは、自殺予防にはあらゆる面からのアプローチが必要とし、さらに「一般開業医や薬剤師といった人たちに適切な教育を行い、銀行や公営保険事務所、税務署などの拠点にメンタルヘルスの専門家を配置することによって、うつ病を抱えたり、(経済的困窮から)希死念慮を持つ人たちを、手遅れになる前に見つける体制を向上させる」ことを勧める。
さらにペッポウは「その他のアクションとして、希死念慮のある人たちを専門にケアする基本的なメンタルヘルス施設を充実させたり、社会の認識を高めるためのキャンペーンを行ったり、精神疾患が深刻化する危険性の高い、経済危機によって最も打撃を受けやすい社会の脆弱層(ホームレスや失業者、低所得者や債務者など)を手厚く保護する社会政策を行うなどの対策があるはずです」
ペッポウは、保健省からの補助金が打ち切られたため2014年に終了するまで、研究所が運営していたうつ病患者のための電話相談の相談員もしていた。
「自殺の95%は本当は防ぐことができたのではないだろうか?」 ギリシャで社会的排除と戦うNGO「クリマカ」に所属する心理学者アリス・ビオラツィスはそう主張する。クリマカはギリシャで唯一、自殺予防のための24時間ホットラインを運営している。2007年に設立されたこのNGOは、自殺を防ぐためのデイセンターも運営し、希死念慮のある人たちの精神状態を見守っている。
ビオラツィスは言った。「自殺を考えている人は、たいてい何らかのサインを周囲に発するものです。自殺を話題にしたり、自分の持ち物を手放したり、社会から自分を隔絶し引きこもったりします。衝動的に自殺することはほとんどありません。そばにいる人たちがそのサインに気づけば、命を救うことができます。2014年に、私たちは11,206件の相談電話を受けましたが、そのうち2,144件は明らかに介入を期待しているものでした」
同じ年、自殺予防センターでは個人とグループで合計3,300回のセラピーセッションを行ったとビオラツィスは言う。
「セラピーに加えて、わたしたちは自殺の前兆となる行動を見分けるための教育プログラムを、プライマリーヘルスケアに携わっている内科医や聖職者、教職者、警察官といった人たちのために実施すると同時に、互いに助け合って喪失の悲しみと罪悪感を乗り越えようとしている自死遺族(友人や親族を自殺で失った人たち)グループの支援もしています」ビオラツィスは言い添えた。
「残念ながら、ギリシャではいまだに自殺の話題はタブー視されています。自殺による死は、スティグマや偏見を恐れる家族によって隠されてしまうこともあります。実際の自殺者数は誰にもわからないままです」
うつ病経験者が訓練を受けて自助グループのコーディネーターとなる先駆的自殺予防プログラム:「うつ病と闘う市民」
「うつ病と闘う市民」と名づけられたギリシャの先駆的なプログラムは、うつ病経験者に自助グループのリーダーになる訓練を受けてもらって、スティグマ(恥の意識)に取り組み、うつ病(と希死念慮のある人)に苦しんでいる人たちを支援するモデルを作ろうとしている。
この計画は、地域発展およびメンタルヘルス協会(EPAPSY)とギリシャ気分障害協会(MAZI)、そしてノルウェーのザルテン精神医学センターの協力によって2014年8月に初めて実施された。
「現在までに、自殺未遂を経験した5人を含む100人が、自助グループのコーディネーターの訓練を受けています」EPAPSYの会長で心理学者のパナヨティス・コンドロスは説明する。
EPAPSYはアテネ(ハランドリ、カリテア、イラクリオ、ランプリニ、マルーシ)とキクラデス諸島(パロス、アンティパロス、シロス、ティノス、ケア、アンドロス)から選んだ地域で活動している。最初のグループは10月にスタートし、うつ病と診断されているかどうかに関わらず、参加を希望する人は誰でも受け入れている。
このグループの目的はメンタルヘルスサービスの代わりとなることではなく、患者は家庭内に隔絶されるべきという、これまでの認識を変えることにあるとコンドロスは言う。カギとなるのは連帯である。
「最終的な目標は、このグループ内での活動により、あるいはこのグループ内でのやりとりを通じて患者が適切な精神医療を求めることによって、うつ症状が軽減することです」コンドロスは言う。
彼らは、服薬のみという従来の治療プログラムでなく、社会と連帯することによって、うつ病の治療ができる(ひいては自殺を防止できる)というメッセージを発信したいのだ。
「国際的な経験からわかってきたように、うつ病に対処するために個人的に培ってきた対策だけでなく、知識や個人の体験、感情をわかちあうことによって、参加者は社会に属しているという思いを強くします。友人を作り、希望を再発見し、人生の満足度を向上させているのです」
ギリシャ語から英語への翻訳ダナエ・ジーマン/国境なき翻訳者
INSPニュースサービスの厚意によりwww.INSP.ngo / Shedia
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